第2話

 それを拾って周りを見回せば、帽子を目深に被った人がこちらに手を伸ばしかけたまま固まっている。

 

「どうぞ」

「……あ、はい。ありがとうございます」

 

 渡すものも渡したし、軽く頭を下げて通り過ぎようとしたのだが手を掴まれ、再び足が止まる。

 

「あの……?」

「君、木下(きのした)高校の生徒だよね? 私が今日ここに来ているの、誰にも話さないで貰ってもいいかな?」

「はあ……別にいいですけど」

 

 初めはこの人何言っているんだろうと思ったりもしたが、顔が見えた時に理解した。頭がおかしい人だと思っていたのは同じ高校に通う桜内葵先輩だ。

 先輩は校内外を問わず、女の子たちから大人気でファンクラブもあるらしい。


 運動が得意で、よく助っ人なんかもしているらしく、それで広く知れ渡っているとか。

 勉強も不得意ではないらしく、トップではないが上位に入っているとか。

 聞いてもいないのに話してくる友人のお陰で情報だけならある。


 そんな先輩が一生徒である僕のことを知っているのは、少し前にちょっとした接点があったからだろう。

 

「ありがとう。お礼に何か取ってあげよう」

「いえ、特にいらないので」

「それじゃ僕の気が済まないんだ」

 

 ……それってお礼じゃないような気がするんだけど。

 このまま互いに譲らないのは逆に面倒なのでこちらが早くに折れるしかないか。

 

「なら、さっきまで先輩がやっていたやつで」

「えっ?」

「えっ?」

「い、いや、何でもないよ」

 

 明らかに動揺しているようだが、僕にとって何も心当たりがない。

 案内……といってもすぐ近くの台までついて行って景品が何か確認すれば、白くて丸いアザラシのぬいぐるみが。

 

「こ、これはそろそろ誕生日が近い友達のためであって、たまたまなんだ」

 

 聞いてもいないのに先輩の口から言い訳が止まらない。

 今更、僕相手に言い訳などしても意味がないというのに。

 先ほどまであったカッコいい雰囲気とのギャップに思わず笑みがこぼれてしまう。

 

「ど、どうして笑うんだい?」

「いえ、可愛いなと思いまして」

「…………本当、嬉しいことを言ってくれるね。そんなことを言ってくれるのは君だけだよ」

 

 思わず口に出てしまったが、先輩は驚いた後に笑みを浮かべてありがとうと述べた。

 その笑みは学校で見かけていた時よりも可愛らしいように見える。

 

「それじゃあ、気を取り直して始めようか」

 

 そう口にして台に向き合った先輩だが、二回三回と失敗していく。

 一度も上手く捉えられないまま五回目の失敗を見て、気づかれないようにそっと息を吐く。

 

「変わってください」

 

 今度は百円でなく、五百円を入れようとしていたので退いてもらい、財布から百円だけだして導入する。

 

「あはは……実はこう言ったゲームは苦手なんだ。今まで断ってきたんだけど、そろそろ限界だから練習しようかなと」

 

 苦手ってレベルじゃないような気がするも、それは口にしないでおく。

 ゲーセンに行かないって話も友達が話していた情報の一つとしてあるが、本当はこうして隠れて通っていたりする。

 言い訳を口にしながらもしっかりとアームに掴まれた景品が気になるらしく、ずっと目で追っていた。

 

「わっ、すごい!」

 

 無事取れた景品を取り出せば、手を叩きながら褒めてくれる。知り合いのほとんどが一、二回で取れるような人たちだから少し新鮮な感じである。

 

「これ、あげます」

「受け取れないよ。もともと私が君に上げるつもりだったんだから」

「僕の家にたくさんあるので大丈夫です。先輩は可愛いもの好きですよね? なら素直に受け取ってください」

「わ、私は別に可愛いもの好きって訳でも……」

「どうしてそんなに隠したがっているのか分からないですけど、前も言ったように可愛いものが好きでもいいと思いますよ。勝手につけられたイメージを壊さないようにって疲れませんか?」

 

 半ば強引にぬいぐるみを押し付け、返品は受け付けないと手を後ろへと回す。

 

「バイトまでの時間つぶしに付き合ってくれたお礼です。僕はこれで失礼しますね。……クレーンゲームは上手い人に聞きながらやった方がいいと思いますよ。あとは動画見たりとか」

 

 時計を見ればいい時間なので先輩に言いたいことだけ一方的に伝え、その場を後にする。

 店を出る前に一度だけ振り返り見れば、破顔しながらぬいぐるみを抱きしめる姿が見えた。

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