第3話

 また茹だるような暑さの中を歩き、向かったバイト先はゲーセンと同じように冷房が効いていた。

 こちらはゲーセンと違ってガンガンに冷やされているわけではない。落ち着けば動いても汗をかかない程度に設定されている。


 そんな中で常連さんと話をしたり、一見さんにゆっくりして貰ったりと忙しくなることもなくバイトを終えた。


 翌日もバイトがあったが、午前から一日入れていたためゲーセンに立ち寄る時間はなかった。


 土日と過ぎ、本来なら学校へ行くのだが、夏休みのためゴロゴロとできる。

 バイトはいつも月曜日には入れないため、今日は一日暇なのであるが……この暑い中、冷房の効いた部屋を出てゲーセンに向かうのも億劫なため、やる気は出ないが午前中は少しでも宿題を進めておくことにした。


 勉強はできるわけではないが、できないわけでもない。成績も調子がいい時は上の下ぐらいには入れる。

 時折教科書を開いたり、集中が切れてスマホを弄ったりしながらも全体の一割……の半分は進んだのではないだろうか。

 これをあと二十回繰り返せば終わる計算だ。


 親は普通に仕事のため、作り置きしてくれたお昼を食べた後はペンを持つことなんてなく、ゲームのコントローラーを握りっぱなしで過ごした。




 そして夜。

 親は帰ってきて風呂に入り、ご飯を食べて少しゆっくりした後。十一時前には布団に入って眠りについている。

 疲れて起きていられない、というわけではなく。余程のことなどがない限りは毎日規則正しい生活をしていた。

 それを僕にまで押し付けてこないのはとても嬉しい。


 でないと、ちょっとした趣味である深夜散歩ができないから。

 この趣味も高校生になってから認められたんだけど。

 だいたい一時間くらい、ふらっと出て帰ってくるだけ。持ち物はスマホにイヤホン、二百円しか入っていない小銭入れ。後は家の鍵ぐらいか。


 いつもは次の日に学校が休みの金曜か土曜にやっているが、夏休みなのでそんなこと考えなくても良い。


 熱帯夜であるが念のために薄手のものを羽織り、靴を履いて外へ出れば。それほど遠くないどこかで蝉が鳴いている声が聞こえてきた。

 その声を聞いて蒸し暑さが少し増した気がしながらも家の鍵を閉めてイヤホンを耳に挿し、何の気なしに歩き始める。


 普段見慣れて何も抱かないような景色も夜に出歩いてみれば胸の内に様々な感情が湧いて出る。

 それは夜を出歩くといったいけないことをしている背徳感であったり、物語の世界に入ったような特別感、興奮。そして街灯や月明かりの届かない闇への本能的な恐怖。

 それらが新鮮な感覚を僕へと与えてくれる。


 僕は自分自身を平凡だと思っているけど、こうして夜を出歩くたびに本当は少しだけ違うのかもしれないと考え。

 そんな自分に酔っている。


 一般的なイメージの厨二病を発症したことはないけれど、これも一種の厨二病と言えるかもしれない。


 強い光に意識が向いてそちらをみれば、いつのまにか少し広い道路に出ていたようだった。

 歩く時は考え事をしているか、何も考えずに歩き。周りの景色を意識してみることはない。

 雰囲気を感じて散歩しているだけのため、夜の景色も見慣れたらもう終わってしまう。

 だからよくこうして光が強い通りへと出ることがある。


 スマホで時間を確認すれば三十分を軽く過ぎていたので、今日はこの辺りにして家へと帰ろう。

 その前に夜とはいえ夏のため、コンビニでスポーツドリンクを買っていく。

 脱水とか何かあれば夜の散歩が出来なくなるかもしれないため、こういったことには気を使わないといけない。


「あれ?」


 コンビニを出たところで声が聞こえ、そちらを見れば先輩がそこにいた。

 格好と首に巻いたタオル、少し乱れた呼吸から走っていたのだろう。……ただ、先輩の家はこの近くではなかったような気がするが。


「こんばんわ、先輩。ランニングですか?」

「こんばんわ。その通りランニングだけど……格好を見ればすぐ分かっちゃうよね」


 自身の格好を見下ろし、えへへと笑う姿も自然体で格好良く、男として負けたような気さえする。


「私は見ての通りランニングだけど、君は?」

「僕は……散歩、ですかね?」

「ふふっ。どうして疑問形なんだい」

「どうしてですかね。……先輩の家ってこの辺りじゃないですよね? わざわざこんなところまで?」


 この時間で車もほとんど通ってないし、大丈夫だろうとパーキンブロックへと腰掛けると、先輩も同じようにすぐ隣にあったやつへ腰を下ろす。


「確かに少し離れたところだけど、少しだからね。いい距離を走れるルートを見つけたんだ」

「そうだとしても、女の子が夜に一人ってのはどうかと思いますけど」


 買った飲み物を一口飲み、乾いた喉を潤わせていたら隣の反応がないことに気づいた。

 顔を向ければ嬉しそうな、恥ずかしそうな表情を浮かべながらこちらを見ていた先輩と目が合う。

 いや、顔が赤いし目も僕を見ているようで見ていない気がする。

 飲み物も持っていないようだし……。


「……先輩、軽く脱水になってます? よかったらこれどうぞ」


 もしかしたらこのコンビニで買う予定だったのかもしれないが、僕と会ってそれがずれている。

 前にも似た状況があって口つけた飲み物を渡した時、先輩は気にしないと言っていたから大丈夫だろう。


 お礼を言って受け取った先輩は前と同じように気にした様子はなく、口を付けて半分ほどまで飲んでいく。


「これ、一口しか飲んでいなかったよね。新しいの買ってくるから待っていて」

「半分あれば気にしないので大丈夫ですよ」

「なら今度、何かお礼をしないとね」


 気にしなくてもいいんだけど、言っても聞かないのは分かってるので頷いておく。


「それじゃ先輩。いきますよ」

「どこにだい?」

「夜道に一人は危ないじゃないですか。送っていきます」

「……ふふっ」


 立ち上がった僕を見上げていた先輩は少しの間をあけて笑みをこぼす。

 そして座っていた部分を叩きながら立ち上がり、飲み物を差し出し。


「それじゃ、しっかり守ってね。──私の王子様」

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