第6話 上屋敷緋色は真実を見る
双剣が舞う。ダガーが飛ぶ。
魔物の返り血がこびりつき、全身を赤黒く染めた二人は、呼吸だけで通じ合うようになっていた。
無限の繰り返しで生き返りにも習熟していく。緋色までもが意識を落とした瞬間に生き返り、即座に戦闘を再開できるほどに。
黄泉国で鍛えられた鬼人たち。
地上に戻り、蘇生を失ってもその力は抜きん出ているが、二人に戻るつもりはない。
黄泉国こそ、緋色とイズルの墓場なのだから。
「──たまげた。本当に辿り着いちまうとは」
ノイズが走り、声が聞こえた。
これまで一度として見ることのなかった人工物──重厚な石扉の前で、迷宮意思は二人へ賞賛を送る。
「死神。ここが終わりってこと?」
「ああ、そうだ。おめでとう。奥の門番さえ殺せば、あんたたちは晴れて自由の身だ」
ニヤニヤと、笑う気配を隠さない声。
とはいえ表情も何もないのだから、何に対して笑っているのかは判断がつかない。考えても仕方がないか、と緋色は考察を放棄した。
すぐさま剣を抜けるように構えながら、緋色は扉へ触れる。
重いが、動かせないほどではない。徐々に徐々にと扉が開いて、真っ白な霧の立ち込める空間が二人の前に広がった。
「霧? ──緋色!」
反応はやはり、イズルが早い。
霧が能動的に、まるで意識を持っているかのように動き始めた瞬間、イズルは緋色へ手を伸ばした。
二人の手は繋がるものの、無駄な足掻きに過ぎない。
霧は緋色とイズルを包み込んで、二人にまつわる記録を再現する。
──姫宮イズルは、贄だった。
命の使い道は生まれたときから決まっていた。地下深く、光のない座敷牢で、水と魔素を啜って生きていた。
時たま地下にやってくる男たちから言葉を学び、自分が死ぬために生まれた命なのだと教えられた。
イズルが生まれて十三年。真っ暗な座敷牢で、男たちはイズルを「姫宮」と呼んで身体を触るようになった。
今もあの行為の意味は分からない。不快な感覚だけを覚えている。
イズルが捧げられたのは二十二歳のとき。目隠しをされたイズルは、冬の夜に、生まれて初めて外に連れ出された。それが月明かりということをイズルは今も知らないけれど、光があまりにも眩しくて痛かったのを覚えている。
連れて行かれたのは黄泉国。またもや地の底に押し込まれたイズルは、最初の死を迎えた。
──上屋敷緋色は、死体だった。
生まれたときには死んでいた。死産の赤子として取り上げられて、埋葬の手続きの最中に息を吹き返した。
魔素によって、強引に生き延びた死体。
家族は緋色自身には真実を知らせず、普通の子供として育てた。
笑わず、泣かず、怒らず、感情を見せず、異常なまでの努力を続ける姿を見て、家族は緋色が死体であることを嫌でも理解させられた。
最年少の医療探索者。賞賛を浴びる緋色の姿を、家族は遠巻きに見ていた。
緋色が黄泉国へ救命活動に入った翌日。未帰還の知らせを聞いたとき、兄がポツリと呟いた。
やっと、いなくなってくれたのか。
誰一人、彼の言葉を否定しなかった。
「──は、はは、ははははは! ああ、こりゃ傑作、俺が知る限りの最高傑作だ!」
ケタケタと、地の底に響く笑い声。
現実へ戻った緋色とイズルの目の前には、豪奢な打掛をまとった骸骨が。
骸骨は二人を前にして、カタカタと骨を震わせ笑い、大太刀を握りこむ。
「姫宮もお嬢ちゃんも、初めから命じゃなかったってことか! そりゃあ生きたいなんて望みがあるはずもない! 延々と付き合ってきた甲斐があるってもんだぜ!」
「……イズル」
「はい、あたしは大丈夫」
緋色とイズルはお互いを支えに立ち上がり、獲物を構える。狙うのは、黄泉国に座する骸骨。
二人の旅路を見届けてきた骸骨は、大きな口を開けて笑った。
「さあ。収穫の時だ」
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