第5話 上屋敷緋色はイズルを知る
「──なあ、お嬢ちゃんたちよ」
双剣で魔物の首を裂く。迸った血液が形をとって、緋色の右手を絡めとる。
さらに背後から迫る別個体。緋色一人ではどうしようもない攻撃だが、今はイズルという相方がいる。
言葉すら必要とせず、イズルのダガーが魔物を壁に縫い付ける。
生まれた猶予で緋色は血液を切り裂き、源である心臓を破壊した。
「どうして、あんたたちは死にたいんだ?」
一体、どれだけの時間が経ったのか。
進めば進むほどに、やはり黄泉国に棲息する魔物は強大かつ、特異なものになっていった。
緋色はもちろん熟練者であるイズルも、数え切れないほどに生き返った。戦い、殺されて、生き返って、また戦う。その繰り返し。
魔物の殲滅を終えて、束の間だけ訪れた休息時間。耳障りな声がやってきた。
「姫宮はともかく、お嬢ちゃんまでまだ生きてるとはなあ」
ザシュッ、と音を立てて、ダガーが迷宮へぶつけられる。干渉できない相手に攻撃を仕掛けたくなるほどに、名字呼びはイズルにとっての禁忌らしい。
「ははっ。分かっちゃいたが、心の底からイカれてるよ、あんたたち」
「欲求のベクトルが通常と異なっているだけだよ。それが狂っていると言われればどうしようもないけれど」
「自覚が出てきたか。こりゃいい」
会話を重ねるにつれて、迷宮意思の干渉が止む瞬間のノイズが聞き取れるようになってきた。
緋色は歩きながら、イズルへ話しかける。
「そういえば、話していなかったね。私は、物心ついた頃から死に焦がれていた」
「……そんなに早くから?」
「ああ。けれど、精神の不調というわけではないはずだ。生きるのが苦しいから、その結果として死を求めていたわけじゃない。私は私が正しくあるために、死を求めている」
言葉にしてから、果たしてこの感覚は伝わるのだろうか、と懸念を抱く。
昔から抱いていた曖昧な感覚を、黄泉国で無数の死を積み重ねることで言語化できるようになってきた。
上屋敷緋色にとっては、死こそが正常なのだ。
命が尽きる瞬間、「戻ってこれた」という安堵が頭を占める。きっと、生物が生きることで感じている安堵を、緋色は死に浸ることでしか浴びられない。
とはいえ、極めて個人的な感覚だ。同じように死を切望するイズルにも伝わるかは怪しい。
イズルは視線を中空に向けて、ぼんやりとした口調で言った。
「あたしは、どうだろう。あたしにとって死ぬのは義務であって……うん、緋色が言っている感覚とは違うかもしれません」
「義務?」
「はい。あたしは、死ぬために生まれたから」
感情を波立てる様子もなく、イズルは言う。
「あたしは生贄でした。この迷宮への捧げ物だったんです」
「生贄──人柱?」
イズルは平然と頷く。その仕草で、緋色は少しだけ理解した。
迷宮への人柱は何百年も昔の悪習だ。当事者が生き残っているはずもないが、ここは黄泉国。人柱に生への欲求がないのなら、あり得てしまう。
何百年と彷徨って、魔物を屠ってきた。だからこその圧倒的な力量。
「あたしが死んだところで、黄泉国をどうにかできるはずがない。そんなことはもう分かっているけれど、あたしには、ここで死ぬ以外の目的がないんです」
「……そういうことか」
死に焦がれる緋色と、死ぬことだけが目的の
イズル。動機こそ違えど、目指している場所は変わらない。
「なら、イズル。この呪いが解けたら一緒に死のうか」
「はい。きっと、最高の終わり方です」
一緒に生きよう、とはならない。
緋色とイズル、お互いに生へ執着できない理由があるのだから、そんな言葉が出てくるはずもない。
二人はひたすらに、死を目指して奥深くへ落ちていく。
終わりは着実に近付いていた。
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