その瞬間、せき込む紗枝の手を取り、走り出す。

 白い煙の尾を引きながら仏間から出ると、廊下を進み、玄関で靴を履くと、外に飛び出した。

 転びそうになりながらも、祖母の家から走り出す。振り返ると、真っ白になった伯父さんたちが僕に向かって叫んでいた。その言葉すら置き去りにして、僕たちは走り出す。

 走る。走る。走る。

 祖母の声が追い付いて、僕に怒鳴った。

『お前! 自分が何をやったかわかっているのか!』

「うるせええっ! さっさと地獄に行ってろクソババア!」

 祖母の声をかき消して、そう叫ぶ。

 一緒に走る紗枝も、興奮したのか、「あっはっはっは!」と天を仰いで笑った。

 道路に出た瞬間、車が走りこんできて轢かれそうになる。身を捩ってひらりと交わし、端に逸れつつ、また高らかに笑った。

 もう聞こえないよ。

 嫌なことは聞こえない。

 声が出るよ。

 心の声だ。

 輪郭を伴った、僕の心臓だ。

「なあ! 紗枝!」

「なあに?」

「結婚するか!」

「しようしよう!」

「セックスでもするか!」

「しよう!」

「酒が飲みたいんだ!」

「私はまだ無理!」

「タバコはやめとく!」

「それがいい!」

 めちゃくちゃなことを叫びながら、僕たちは走った。

 走って、走って、走って…、すべてを置き去りにした場所にたどり着く。

 振り返ると、地獄の炎みたいな色の夕日が見えた。僕たちを飲み込もうと、雲が迫ってくる。夕闇の肌寒さが背中にかみついて、足元を掬う。

 それでも僕たちは、笑うことを止めない。走ることを止めない。

 生きることすらも、止めない。

 きっと、これから僕が進む道は、茨の道なんだと思う。

 だけど、僕には声がある。

 隣には、彼女がいる。

 この声を使って、寂しいときは寂しいって。嬉しいときは嬉しいって。

 形にするんだ。

 そうしている間は、きっと大丈夫だろう。

 きっと、泣きながら生きていける。

 とりあえず、今日の晩御飯は、カレーの辛口で。


        完

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テルミーグランマ バーニー @barnyunogarakuta

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