「……………」

 頭の中でなんとなく、祖母の姿を形作る。

 祖母は腰が曲がっていた。毛量はあるけれど、ゴマをまぶしたみたいに、白髪が目立っていた。腰はそこまで曲がっていない。だけど、不摂生のせいか、ちょっと太っている。服はよれよれで、履物はいつも黒いサンダルだった。

「………」

 そんな祖母が、僕の隣に立って、僕の一挙手一投足に睨みを利かせているような気がした。

 きっと祖母なら、この状況、なんて言うだろうか?

『馬鹿げてる。虐められるような芯の弱い女に好かれて、お前はうれしいのかい? そんな女なんか突き放しちまいな。その女と一緒にいたら、お前まで馬鹿になっちまう』

 こんなところだろうか。

 あくまで僕が想像した言葉だ。祖母が言ったわけじゃない。

 わざわざ、祖母の姿を脳内に作り出して、彼女を貶すようなことを想像するなんて、とても失礼なことをしたと思う。本当に申し訳ない。それでも、これから僕が発する言葉に「説得力」ってやつを持たせるためには、必要なことだった。

「あのお、ミヤビさん?」

 僕がいつまでたっても固まっているのを見て、紗枝が泣きそうな声で言った。

「もしかして、私のこと…」

「好きだよ」

 彼女から言葉が出るよりも先に、そう言う。

「大好きだ」

 紗枝のおかげで、再び出せるようになった声。ちょっと低くて、ちょっと掠れている。そんな声で、彼女への思いを、次々に口にしていった。

「君はとても、いい子だね。本当に、優しい子だ…。顔が小っちゃくて、肌がきれいで…、身体も柔らかくて、いいにおいがする…」

「なんか、恥ずかしい…というか、気持ち悪いんだけど」

 それでも、続ける。

「料理もよくできて…、気遣いができる…。猫みたいに奔放で、でも、僕のそばにいてくれる」

「………いや、そんな…」

 そうだ、自分から歩み寄ってくるくせして、いざ歩み寄られると恥ずかしがるその謙虚な様もまた、紗枝の素敵なところだった。

「紗枝、君は前に言ったね。『命を助けられた恩を ありがとう…なんて言葉で済ませるつもりはない』って…」

 脳裏に過る、あの夜のこと。

 僕は熱を孕みながら脈動する心臓に手を当てて、頷いた。

「僕も、紗枝に命を助けてもらったよ…。この感謝は…、『好き』なんていう言葉で、表していいものじゃない…」

「…………」

「君が僕のそばに居てくれるまで、僕はずっと、この恩を返していくことにするよ」

 静かに手を伸ばし、トランプに触れる。

 顔を赤くして、目を回しながら天井を見ていた紗枝も、釣られてトランプに手を伸ばした。

 引いたカードを、お互いに見せ合う。

 僕が、クローバーのクイーン。彼女は、ダイヤのジャック。

「僕の勝ちだ」

 僕は柔らかな声で笑うと、カードを静かに脇に避けた。

 口元に手を当てて、ごほん…と咳払い。下唇を舐めて湿らせると、これから発する言葉を、喉の奥で研磨した。息を吸い込んで熱を加え、揺らめく蛍光灯の明かりに沿うように、まっすぐと彼女に向って放った。

「僕の実家に、来てほしいんだ…」

「え…」

 思いもしなかった言葉に、紗枝は目を丸くした。カードを持ったまま固まり、顔を真っ赤にしながら震え始める。

「…なに、言ってんの? それって、嫁げって?」

「いや、そういうわけじゃないんだ」

 まあ、君がそうしたいのなら、それでいいのだけど…。

 少し誤解を招くような発言をしてしまったことを申し訳なく思いつつ、僕は言葉を紡いだ。

「少し、過去と決別したくてね…」

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