⑦
僕と目が合うなり、泣きそうな顔になる。
「…ごめん、ミヤビさん」
「いや…」
僕は足元の小石に目をやった。
「紗枝のバスタオル姿が見られなくて安心したよ」
そう冗談を言ってみたが、Tシャツの下には冷汗が滲んでいた。ガラスの件はどうでもいい。僕に非があるわけじゃない。被害届を出せば良い話だ。そもそも、うちの大家さんはこのくらいのことでは怒らない。
問題は、紗枝が僕のアパートに通っていることが、彼らにばれた…ということだった。
僕はそのことについて、頬に冷汗を伝わせたのだった。
顔を上げると、紗枝はまだバスタオル一枚でおろおろとしていた。
僕はそっと、ガラス戸を開ける。その微かな衝撃で、一部のガラスが崩れ落ち、カシャン…と乾いた音を立てて砕けた。そのまた微かな振動で、連鎖的に他の破片も崩れた。
破片を踏まないようにして部屋に入った僕は、とりあえず、紗枝に言った。
「紗枝、とりあえず、服を着よう」
「あ…」
紗枝も思い出したように、頬を赤らめた。
彼女が服を着るのを待ってから、階段を降りて管理人室の扉を叩いた。眠る支度をしていたのか、寝間着姿の管理人さんが出てくる。少し悪いなあ…と思いながら事情を説明すると、彼女は「それは大変だ」と言って、すぐに来てくれた。
後のことは、本当に早かった。
すぐに警察がやってきて、現場検証をした後、被害届を提出。投げつけられた小石を回収して帰っていった。後日改めて話を聞かされるのかと思いきや、そういうことは言われなかった。こういうのは日常茶飯事だから、本腰をあげての調査なんてしないんだろうな。道端で拾った一円を交番に届けるようなものだ。わざわざ通報したことを、少しだけ申し訳なく思った。
明日には、ガラス戸の修理業者が来てくれる…ということで、その日はお開きとなった。
「それじゃあ、黒澤君、おやすみなさい」
管理人さんを玄関まで見送った僕は、頭を深々と下げた。
「本当にありがとうございました」
「あ、うん、気にしないで」
「あの、修理費用の方は…」
「保険に入ってるからね。全額そこから出るから、安心して良いよ」
「そうですか、ありがとうございます」
再び、深々と頭を下げる。
顔を上げると、いつも優しい管理人さんが目を丸くしていた。
「…ええと、黒澤君だよね」
「…はあ」
何を言っているんだ?
そう思ったのだが顔に出ていたようで、管理人さんは慌てて訂正した。
「あ、いや、その…、君って、そんな声をしているんだなって」
「………」
「ほら、君がここに来たのが、大体、一年ちょっと前でしょ? その間、まったく君の声を聞いたことが無くて…。挨拶したら頷いてくれるし、家賃の未納も無いし、その…身だしなみもしっかりしてるから、悪い子じゃないとは思っていたんだけど…」
言いたいことが定まらないのか、管理人さんはごにょごにょと言った後、吹っ切れたように頷いた。
「うん、今日、初めて、黒澤君とまともに話した気がするよ…。ハスキーで素敵な声ね」
「…そうですかね?」
祖母には、「聴いているだけで腹が立つ」と言われた声だ。
「それじゃあ、また明日ね」
管理人さんはそう言って僕に手を振ると、扉を開けて出て行ってしまった。
「………」
扉が閉まる。僕は手を伸ばして、施錠した。
数秒のフリーズの後振り返ると、汗をびっしょりかいた紗枝が立っていた。
僕と目が合うなり、彼女は膨れ上がっていた口から、空気が抜けるように息を吐くと、こう言った。
「暑い!」
「なんか、悪かったな…」
さすがに、夜に女子高生と成人済みの男が一緒にいるところを見られるとまずい気がしたので、彼女には押し入れの中に隠れてもらっていたんだった。一応、エアコンを最低温度まで下げていたのだが、やはり意味がなかったようだ。
いつもなら「水飲んでいい?」と許可を取るくせして、彼女は冷蔵庫の扉を開けると、冷やしてあった麦茶を掴み、喉を鳴らして飲んでしまった。
グラスを台所に置いた紗枝は、落ち着きをはらった息を吐くと、真剣な眼差しで僕の方を振り返った。
「ごめん」
「…………」
「私が、後をつけられていたのが悪いの…」
「そんなことはない」
真剣な話が始まったのだと気づき、僕は姿勢を正して、首を横に振った。
「あいつらが、悪い」
「受験期だから、苛立っているんだろうね…。だから、あんなことをするんだ。悲しくはないけど…、すっごく、鬱陶しい…。虫に纏わりつかれてるみたい」
俯く紗枝。前髪が垂れて、彼女の目元を隠した。結んだ唇が、小刻みに震えている。
「私の方が真面目に生きてるもん…」
「……………」
霧の間に見るような、彼女の心。まるで、枝葉に引っ掛けたセーターのようなほころび。
「…………」
二か月前…川で溺れていた彼女の姿が、脳裏を過った。それから、今の彼女。そして、割られた窓ガラス、歯を食いしばる彼女。
首元に、触れられる感覚。
僕の手が、皮膚に隆起した、喉の骨に触れていた。
「あ、ああ…」
マイクテスト、マイクテスト…なんて言うみたいに声を発する。喉が震えて、その微かな振動が指に伝わった。
きっと、君は大丈夫。君は立ち向かう心を持っている。
だけど、それだといつか壊れてしまうから…、僕が背中を押してあげなくちゃいけない…。
そう、思った。
「…………」
君が僕の背中を押してくれたみたいに…。
僕も、君の声を引き出さなくちゃいけない…。
そう思った。
「なあ、紗枝」
「…なに?」
「お話をしよう」
「おはなし?」
「うん、お話だ」
大丈夫、僕は大丈夫。
そう彼女を安心させるため、歯を見せて笑う。
強張っていた彼女の頬が、少しだけ緩んだ。
「なに、話す?」
「自分のこと」
僕は一言発すると、台所の下の戸棚を開けた。中に腕を突っ込み、まさぐり、すべやかな箱の感触をとらえると、それを掴んで引っ張り出す。
それは、トランプだった。
大学に入学して友達が出来たら、一緒に遊ぶのに使おう…と思って、実家から持ってきたものだ。まあ、結局、友達なんてできなかったから、使う機会はなかったのだが…。
まだナイロンの封がされたトランプを開けると、入っていたカードをよくシャッフルする。だけど、生まれてこの方、ほとんどトランプに触ったことがなく、僕の手からは沢山のカードが零れ落ちた。
紗枝がしゃがみ込み、トランプを拾う。
「ねえ、私がやろうか?」
「うん」
彼女にトランプを任せ、僕たちは居間に戻った。
綺麗に拭いた後のテーブルに向かい合って座る。雰囲気を出すために部屋の明かりを落とし、机の明かりを点けた。ぼんやりと照らされる室内。
「簡単な、カードゲームだ」
僕は言った。
「机の上に、シャッフルしたカードを二つに分けて、お互いに伏せて置く」
「…うん」
僕に言われるがまま、シャッフルしたトランプを二人分に振り分けていく紗枝。
もう少しで配り終える頃に、僕は息を吸い込んで続けた。
「タイミングを合わせて、伏せて置いてあるカードから好きなものを抜いて、開示する」
「うん」
「その数が大きいほうが勝ち。ちなみに、エースはキングに勝てる。ジョーカーは絶対に敗北。ドローの場合はもう一度。使用済みのカードは脇によける」
「勝ったら、どうするの?」
「相手に、質問をするんだ。そして相手は、答えなければならない」
「手札に、偏りがあるんじゃないの?」
「そう感じたなら、脇によけた使用済みのカードから、好きなだけカードを交換できる。ただし、シャッフルした後で…」
「それで?」
「手持ちのカード…つまり、二十六回勝負するまで、続く」
「乗った」
彼女は笑うと、大げさに腕を回した。
「全部私が勝つよ。それで、もっと、ミヤビさんのことを知ってあげる」
「残念だけど、僕が勝つ」
彼女の意気込みに便乗して、僕も腕を回した。
「僕も、君と話をしたいんだ」
「いつでもしてあげるのに」
「公平さの下でやったほうがいいだろう?」
嘘だよ。本当は、改まって言うのが恥ずかしかったんだ。
彼女はすべてを見透かしたように笑うと、自分のカードから一枚抜いた。僕も一枚抜く。
特に示し合わせたわけでもなく、二人同時に、トランプの表面を翳した。
「…僕は、スペードの…、六か」
「私は、ハートのクイーン」
彼女はニヤッと笑うと、カードを脇に避けた。
「私の勝ちだね」
「…提案したのは僕の方だったけど、負けちゃったか」
僕は苦笑すると、カードを脇に避けた。
「じゃあ、紗枝からだ。何でも聞け」
「そうだな、じゃあ、ミヤビさんのおばあちゃんは、どんな人だったの?」
「……最低な人だったよ」
言い終わらぬうちに、二枚目のカードを翳す。
僕が「ハートの2」で、彼女が、「スペードの3」
「もっと具体的に。どんな人だった?」
「…恥が嫌いで…、名誉が大好き。人を差別して…、僕を、畜生、呼ばわりした」
自分から仕掛けておいて、いざ祖母のことを話そうとすると、胸の奥がちくっと傷んだ。
「失敗すると、すぐに殴られた…。ひどいときは、食事を抜きにされて、倉庫に閉じ込められたんだ」
もういいだろうって…、三枚目。
僕が「クローバーの2」。彼女が、「ダイヤのキング」
紗枝は「また私の勝ちだね」と、妙な運の強さを見せると、さらに続けて聞いた。
「一番、おばあちゃんにされて、嫌だったことは?」
「………そうだな、たくさんあるんだけど…。やっぱり…、善意を踏みにじられた時が、一番、嫌だったかな?」
「というと?」
「用水路に落ちて、腰を打って、動けなくなっている老人がいたんだ。だから僕は、その人を助けた…。けど、ばあちゃんは、『そいつは、妻を殴った最低な男だから、助ける必要がない』って…。お礼の野菜も全部、捨てられた」
「そっか、大変だったね」
「ついでに言えば…、ばあちゃんは外面がいいから…、いつも、向かいの家の、三歳くらいの子供と遊んでやっていたんだ。ある日、ばあちゃんが外出しているときに、向かいの子供が遊びに来たもんだから、ばあちゃんが帰ってくるまで、僕が相手をした…」
「ミヤビさん、面倒見がいいもんね」
きっとばあちゃんに似たんだろうな…。
「ばあちゃんが帰ってきて、怒った。『乳臭いガキの相手なんて、誰が好き好んでしてるか』って。ばあちゃんが向かいの子供に優しかったのは、ただの近所づきあいで、内心は子供のことを殴りたいって思ってたらしい…」
「う、うわあ…」
「ついでに言えば、前にプールで会った熊崎がいるだろう? あいつは交通事故で水泳ができなくなったんだけど、ばあちゃんはそれを罵ったんだ。『五体満足のくせしてあきらめるなんて心が弱い証拠』『交通事故に遭うような不注意な奴』って…」
そこまで言って、ゲームから脱線しつつあることに気づく。
僕は咳ばらいをすると、自分の手札から一枚、抜いた。
ひゅっ…と吸い込んだ息を合図に、一斉にカードを出す。
僕が、ダイヤのエース。彼女が、スペードのキング。
「…ええと、僕の勝ちだな」
やっと勝てたことに安堵した僕は、カードを脇に放った。顎に手を当てて、少し考える。まだカードは二十二枚あるのだから、牽制の質問を投げかけてみた。
「えっと…、どこに住んでるの?」
「なにそれ…」
脱力して肩を落とす紗枝。
「いや、まあ、ずっと通いっぱなしだったから、今まで教えたことなかったけど…」
「うん、だから、ついでに…」
「来たって楽しくないよ?」
彼女は肩をすくめながらも答えてくれた。
「このアパートから、大体二キロのところ。駅の通りあるでしょ? あそこの裏に入って、公園抜けて進んでたら、ちっちゃい一軒家がある」
「…なるほど、わからん」
その辺りの土地は詳しくなかった。
「それじゃあ、五回戦」
二人同時に、トランプを翳す。連勝…とはいかないようで、僕の負けだった。
「じゃあ、私が質問するね」
紗枝は姿勢を正すと、言った。
「ミヤビさんのおばあさんの、よかったところは、ある?」
「無いな」
即答だった。だが、すぐに訂正する。
「無い…とは、言いきれないのか。うん。ばあちゃんに引き取られてなかったら、僕は、母さんに殺されていたかもしれないし」
「ミヤビさんの、お母さん?」
彼女が続けて聞いてきたので、僕は静かにトランプを指した。
同時に、トランプを翳す。僕の運が悪いのか、紗枝の運がいいのか、またしても彼女の勝ちだった。
「ミヤビさんの、両親は、どんな人だったの?」
「…あんまり、いい人とは言えなかったな…。父さんは、後先を考えないっていうか…、まあ、馬鹿なんだ。大した身にもならない三流私立に通って、遊びにふけって…、就職もしないうちに母さんと結婚して…、頭金なしに家を買って…。それでいて、プライドが高いから…、母さんに育児を任せっきりにして、狂わせた…」
「…………」
「母さんも母さんで、良い人じゃなかったな。父さんの甘い言葉に騙されて身を預けたし、結婚も決めた…。聞くところによると、実家が金持ちだったらしいから、まあ、金…というか、苦労したことがなかったんだろうな…。だから、茨の道に身を投じた時に、どうすればいいのかわからなくなったんだ…」
これも…言った方がいいかな?
「父さんは、今どこにいるかわからない。僕を残して逃げて行ったんだ。『いいか? 男なら自分の力で幸せになってみろ』っていう、言い訳を残して…」
自分の蒔いた種の責任くらいとってから出て行けって話だ。
もういいだろう? って、トランプを掴む。
「いっせー」
「のーせ」
で、引いたカードを翳す。
「やった…」
そう声を上げたのは、僕の方だった。
「それじゃあ、僕の質問だ」
スペードのジャックを脇にやりながら言う。
「紗枝の、家族構成が知りたい」
「…………家族構成」
紗枝は少しだけ嫌そうな顔をした。
「家族構成だけでいいの? その…、どんな人間か? とかは?」
「どんな人間かは、後から勝って聞くとするよ」
「じゃあ、負けられないね」
そう冗談っぽく言いつつ、答えてくれた。
「お父さんが、一人」
「うん」
「お母さんが、二人」
「ほお…」
「妹が、一人。そして、私」
「なるほど」
頷きながらトランプを取り、翳す。今回も、何とか勝つことができた。
少し意地悪だなあ…と思いつつ、彼女に質問をぶつけた。
「お母さんは、どんな人なんだ?」
「いじわる」
彼女はスペードのエースをひらひら…と振りながら言った。
「私を生んだお母さんは、優しかったけど、心の弱い人だった。ミヤビさんのお母さんと同じかな? いや、もっとひどいか? まあ、比べるまでもないか…。とにかく、一応私に優しくしてくれたんだけど…、すぐに他の男の人ができて、いなくなっちゃった…。もしかしたら、飽きっぽい人だったのかも…」
「それで…?」
「新しいお母さんができた。妹ができた」
「そうか」
「もう十年も前の話だよ。だから、妹は、もう七歳。小学校に頑張って通ってる」
紗枝は少し言いよどんだ後、息を吸い込み、続けた。
「すごいの…。扱いの差が。まるで、犬とカブトムシ」
「というと?」
「おっと、ここから先はゲームね」
「…ああ」
なんだか、基準が自分たちのさじ加減になっている気がする。
まあ、それでいいか。まだ手持ちのカードは余っているから。
「じゃんけん…」
「ぽん」
僕がダイヤの5。紗枝が、ダイヤの6。
「お。ダイヤでお揃いだ」
「そして、僕の負けだ」
「ミヤビさんは、どうしてこの街にやってきたの?」
「大学進学だよ。と言っても…、ここに来たいわけじゃなかった…」
「滑り止めだったの? でも、国立だよね?」
「うん…。本当は別のところに行きたかった…」
きゅっ…と、拳を握る。
「この大学は、実家まで、電車で二時間だ。遠いけど、行けない距離じゃない。だから、ばあちゃんが監視下に置きやすいんだよ…」
「………なるほどね」
「本当は、県外にある大学に行きたかった…。そっちの方が僕の勉強したいことがあるんだよ。私立なんだけど、頑張ったから、特待生での進学も決めていた…。だけど、ばあちゃんに後ろから殴られて、合格証も、入学届も、全部、破られた…」
「なぐられたの? それて犯罪じゃないの?」
「犯罪だろうし、警察を呼べばよかったんだろうな…、でも、できなかった。よくわからないけど、怖かったんだ…」
まあでも…と言って、肩をすくめる。
「結果的には、紗枝と出会えたからな…。そのあたりでは、感謝しなきゃならないのかもな…」
僕は話を切り上げた。
「よし、続きだ」
「わかった」
カードを一枚とって、視線でタイミングを合わせると、翳す。
「僕が、ハートのジャックで…」
「私が、クローバーの9だね」
「よし、さっきの続きだ」
待ってました…と言わんばかりに、食い気味に聞いた。
「紗枝の新しい母さんとの生活は、どんなだ?」
「カブトムシと犬だって…」
「具体的に…」
僕がそういうと、紗枝は「うーん」と言いよどんだ。
「まあ、邪魔なんだろうね…」
「………」
「よく、『下の子の方が可愛がられる』なんて言われるけど、そんなものじゃないの。もうあからさまに差別されてる…。買い与えられるものも違うし…、対応も違う。私がテストで一〇〇点取っても何も言わないのに、妹が取ったら、もうその日はパーティー。ごちそう作って、クラッカー鳴らしてお祝いする。私の分のケーキとか、クラッカーはない…。もちろん、誕生日にも、クリスマスにも…」
「………そうか」
「はっきり言えばいいんだよ。『お前のことが嫌いだ』って。中途半端に居場所を作られるから、気持ち悪いったらありゃしない。私のことを嫌いに思うのは、邪険に思うのは…、当たり前のことだと思うわ。だって、私はお父さんにとったら、自分を裏切って逃げ出した母親の血を持っている憎い存在…。自分が間違った女を選んでしまった…っていう、証拠。二人目のお母さんだってそう。血が繋がっていない子供を『自分の子供』として育てるなんて無理よね」
息継ぎをせずに言い切り、頷く。
「うん、本能的に毛嫌いしてしまうんだと思う」
息を吸い込んだ紗枝は、ぽつり…と言った。
「実際、私が誰かの家に通って、誰かの家に泊まっているってのに、まったく構いやしない。むしろ、すごく幸せそうに過ごしていたよ…」
彼女が毎日のように僕の部屋に通い、時々泊っても平気な理由が、今わかった。
「ほら、次に行くよ」
「ああ、うん」
カードを手に取り、翳す。
「よし、私の勝ちだ」
ハートの一〇を片手にガッツポーズをした紗枝は僕に聞いた。
「ミヤビさんはさ、どんな学校生活を送っていたの?」
「………」
次に僕が勝った時にする質問が、今決まった。
「そうだな…、うん、よくわからないっていうか…」
「よくわからない?」
「小学校の時はいじめられたよ。ばあちゃんが、僕によって来る者みんなを追い払うから、僕は付き合いが悪い奴って思われて…。中学は…すごくありがたかった。熊崎みたく、大体の人がいい人でね…、多少、ばあちゃんを自虐ネタにすることができたよ…」
「そっか」
「高校は…、もう、友達を作らなかったな。作ったところで、どうせ、ばあちゃんによって引きはがされるのはわかっていたから。だから、本当に空気みたいな存在になって、何もしなかった…。一応、自称進学校だったから、国立に合格したらそれなりに崇められたんだけど、卒業式のアルバムの寄せ書きも何も書かなくて…」
言いかけて、やめる。
「いや、書いたな。クラスのイケてる女子が、書いてくれた。まあ、ばあちゃんに『こんなバカみたいな字を書くやつと付き合ってたのか!』って言われて、アルバムは捨てられたけど…」
ああ、くだらない嫌なことを思い出した…。
僕は苦笑すると、手札を指した。
「よし、続きだ」
「うん」
紗枝が腕をぐるぐると回す。
「なんか、聞かれるだろう質問がわかったから、負けられないね」
「聞きたいことが決まったよ」
そうして、手札を引いて、同時に出す。勝ったのは、僕だった。
「それじゃあ、紗枝に質問だ」
「うん」
「君は、どんな学校生活を、送っているんだ?」
「…まあ、想像通りだと思うんだけど…」
言い渋るような顔をした割には、彼女はあっさりと話し始めた。
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