紗枝が帰って来るまで、眠ることで寂しさを紛らわせよう…。そのつもりで、僕は布団に横になり、目を閉じたのだが、事は僕が思うようにうまくは進まなかった。

 朝夕は涼しいが、昼はまだ夏の気配を残している。

 窓を閉め切った部屋は蒸し暑く、眠れたものじゃなかった。しかたなくカーテンを開け、窓を全開にするのだが、切羽詰まった蝉の鳴き声がうるさかった。

 最後の手段として、エアコンを点けた。少し黴臭いけれど、暑さによる苦しみは消え失せ、それは紗枝と一緒に干した布団の柔らかさと相まって、すぐに眠気を誘った。

 ああ、やっと眠れる。

 まるで、タイムスリップするかの如く、意識を失いかけたその時、部屋の扉がコツコツ…と叩かれた。

僕は電気に触れたみたいに起き上がる。

肉体が、そのノックの音を紗枝のものだと理解したのだ。だが、もちろん、彼女は今、学校で勉学に励んでいる。扉の向こうで扉を叩く者が、彼女なわけがなかった。

 じゃあ、誰だ…。

「黒澤君、いるんだよね?」

 管理人さんのものだった。

「…………」

 僕は布団の上に立ったまま固まった。

 居留守を使おうか…? と悩んだが、今、僕はエアコンを点けている。部屋の室外機でバレるに決まっていた。

「……ああ、くそ」

 僕は頭を抱え、玄関に向かって歩き出した。

 訪ねてきた管理人さんには会うとして…、この人、なんで来たんだ? 何か悪いことでもしただろうか?

「今日、水道点検だよ? 覚えてる?」

「…あ」

 そう言えば…、一月前に、そんな紙を貰っていたような…。

 いよいよ管理人さんから逃れることができなくなった僕は、恐る恐るドアノブに手を伸ばす。

 きっと祖母なら、「約束を忘れるなんて発達障害の人間がやることだ」なんて言って、僕を怒鳴りつけるのだろうな…。

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