「…………」

『お前は本当に、出来の悪い孫だよ』

「…………」

『首を吊れ』

「…………」

『一人じゃ生きていけないんだ。首を吊れ』

「…………」

『お前は私が居てやらないとダメなんだ。首を吊れ』

「…………」

『いいから早く、吊れ』

「…………」

 丸くなって目を閉じ、いつまで経っても首を縦に振らない僕を見て、祖母は舌打ちをした。

『また倉庫に閉じ込められたいのかい?』

「…………」

 気が付くと、僕は立ち上がっていた。

 全身に冷汗をかいた状態で振り返る…。でも、そこには祖母はいない。

 幽霊の類ではないことは確か。ただの、僕の幻聴だった。

 きっと祖母なら、こう言うだろう…って。

「…………」

 埃っぽい息を吸い込むと、足元の水上を跨いで、ラックに近づく。

 まるで上から糸で操られているみたいに、ぎこちない腕を伸ばし、吊るされてあったスーツからベルトだけを抜いた。

「……………」

 ギギギ…と、油切れを起こしたロボットみたいに、玄関の方を向く。

「………」

 ふらふらとした足取りで玄関に辿り着くと、ベルトを丁度いい大きさに丸めて、ドアノブに引っかけた。

「………」

 祖母の声が、ずっと頭の中に響いている。

 私のいうことを聞かないと、将来首を吊ることになるよ。私のいうことを聞かないと、将来首を吊ることになるよ。私のいうことを聞かないと、将来首を吊ることになるよ。私のいうことを聞かないと、将来首を吊ることになるよ。私のいうことを聞かないと、将来首を吊ることになるよ。私のいうことを聞かないと、将来首を吊ることになるよ。私のいうことを聞かないと、将来首を吊ることになるよ。私のいうことを聞かないと、将来首を吊ることになるよ。

「……」

 僕は、ゆっくりと、ドアノブに掛かったベルトに、首を引っ掛けた。

 扉を背にして、水上が眠っている布団の方を向くと、脚を廊下に伸ばす。

 そして、身体を支えていた手を床から離した。

 途端に、体重の約半分が僕の細い首に集中する。静かに、気道が圧迫されて、息が詰まった。

 叫ぼうにも、喉が潰れて声が出ない。じたばたすると一層苦しいだろうから、歯を食いしばって身体の痙攣を抑え込んだ。手は床につかないように、頭の上で組む。

 ギリギリ、ギリギリと首が締まる。

「……………」

 顔が、かあっと熱くなる。

 ドクン、ドクンと、まるで耳の中に心臓があるかのように、脈動を感じる。

 死に向かう僕の身体は、お祭り騒ぎだった。

 身体がスマホのバイブのように痙攣を始め、頭に血が溜まって頬が膨れ上がる。熱中症になった時のような渇きが喉の奥に宿り、口の端から垂れる唾液はべたっとしていた。金縛りにあった時のように声が出ない。木枯らしのような呼吸が洩れる。

 僕は死に片足を突っ込んでいった。

「…………」

 伯父の言葉から察するに、祖母は、「鬼のような顔」をしていた。

 祖母は言った。鬼のような顔をして死ぬ奴は、ろくな人生を送っていないって。

 ろくな人生を送っていない奴に育てられた、僕の人生なんだ…。

 それはきっと、最高にろくでもないものなのだろう…。

「……………」

 ああ、僕の人生、なんだったんだろうな…?

 キリキリと首が絞まっていく。意識が遠のく。

 あと少しで死ねる。あと少しで、死ねる。

 そう自分に言い聞かせて、ぐっと目を閉じる。雑巾を絞ったみたいに、瞼の隙間から塩気のある液体が零れ落ちた。

 死ねる!

 次の瞬間、静かな部屋に、バチンッ! と、乾いた音が響いていた。

 どすっと、浮いていた僕の腰が地面に叩きつけられる。遅れて、首の肉に食い込んでいたベルトが、剥がれ落ちる。その瞬間、僕の意思を無視して、身体が辺りの酸素を吸収した。

 大盛のご飯をかき込むように、かびっぽい臭いを吸い込む。

 身体がマラソンを走った後のように紅潮していて、僕は胸の辺りに鉄の味を感じながら、その場で何度もせき込んだ。

「…………」

 なんで死ねなかった?

 そう思って見ると、ベルトが綺麗に切れていた。

 ああ、くそ…。 

 僕が頭を抱えた瞬間、部屋の明かりが点けられた。

「あの、ミヤビさん?」

 水上紗枝が立っていた。

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