③
「…………」
『お前は本当に、出来の悪い孫だよ』
「…………」
『首を吊れ』
「…………」
『一人じゃ生きていけないんだ。首を吊れ』
「…………」
『お前は私が居てやらないとダメなんだ。首を吊れ』
「…………」
『いいから早く、吊れ』
「…………」
丸くなって目を閉じ、いつまで経っても首を縦に振らない僕を見て、祖母は舌打ちをした。
『また倉庫に閉じ込められたいのかい?』
「…………」
気が付くと、僕は立ち上がっていた。
全身に冷汗をかいた状態で振り返る…。でも、そこには祖母はいない。
幽霊の類ではないことは確か。ただの、僕の幻聴だった。
きっと祖母なら、こう言うだろう…って。
「…………」
埃っぽい息を吸い込むと、足元の水上を跨いで、ラックに近づく。
まるで上から糸で操られているみたいに、ぎこちない腕を伸ばし、吊るされてあったスーツからベルトだけを抜いた。
「……………」
ギギギ…と、油切れを起こしたロボットみたいに、玄関の方を向く。
「………」
ふらふらとした足取りで玄関に辿り着くと、ベルトを丁度いい大きさに丸めて、ドアノブに引っかけた。
「………」
祖母の声が、ずっと頭の中に響いている。
私のいうことを聞かないと、将来首を吊ることになるよ。私のいうことを聞かないと、将来首を吊ることになるよ。私のいうことを聞かないと、将来首を吊ることになるよ。私のいうことを聞かないと、将来首を吊ることになるよ。私のいうことを聞かないと、将来首を吊ることになるよ。私のいうことを聞かないと、将来首を吊ることになるよ。私のいうことを聞かないと、将来首を吊ることになるよ。私のいうことを聞かないと、将来首を吊ることになるよ。
「……」
僕は、ゆっくりと、ドアノブに掛かったベルトに、首を引っ掛けた。
扉を背にして、水上が眠っている布団の方を向くと、脚を廊下に伸ばす。
そして、身体を支えていた手を床から離した。
途端に、体重の約半分が僕の細い首に集中する。静かに、気道が圧迫されて、息が詰まった。
叫ぼうにも、喉が潰れて声が出ない。じたばたすると一層苦しいだろうから、歯を食いしばって身体の痙攣を抑え込んだ。手は床につかないように、頭の上で組む。
ギリギリ、ギリギリと首が締まる。
「……………」
顔が、かあっと熱くなる。
ドクン、ドクンと、まるで耳の中に心臓があるかのように、脈動を感じる。
死に向かう僕の身体は、お祭り騒ぎだった。
身体がスマホのバイブのように痙攣を始め、頭に血が溜まって頬が膨れ上がる。熱中症になった時のような渇きが喉の奥に宿り、口の端から垂れる唾液はべたっとしていた。金縛りにあった時のように声が出ない。木枯らしのような呼吸が洩れる。
僕は死に片足を突っ込んでいった。
「…………」
伯父の言葉から察するに、祖母は、「鬼のような顔」をしていた。
祖母は言った。鬼のような顔をして死ぬ奴は、ろくな人生を送っていないって。
ろくな人生を送っていない奴に育てられた、僕の人生なんだ…。
それはきっと、最高にろくでもないものなのだろう…。
「……………」
ああ、僕の人生、なんだったんだろうな…?
キリキリと首が絞まっていく。意識が遠のく。
あと少しで死ねる。あと少しで、死ねる。
そう自分に言い聞かせて、ぐっと目を閉じる。雑巾を絞ったみたいに、瞼の隙間から塩気のある液体が零れ落ちた。
死ねる!
次の瞬間、静かな部屋に、バチンッ! と、乾いた音が響いていた。
どすっと、浮いていた僕の腰が地面に叩きつけられる。遅れて、首の肉に食い込んでいたベルトが、剥がれ落ちる。その瞬間、僕の意思を無視して、身体が辺りの酸素を吸収した。
大盛のご飯をかき込むように、かびっぽい臭いを吸い込む。
身体がマラソンを走った後のように紅潮していて、僕は胸の辺りに鉄の味を感じながら、その場で何度もせき込んだ。
「…………」
なんで死ねなかった?
そう思って見ると、ベルトが綺麗に切れていた。
ああ、くそ…。
僕が頭を抱えた瞬間、部屋の明かりが点けられた。
「あの、ミヤビさん?」
水上紗枝が立っていた。
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