水上紗枝は椅子から立ち上がると、どうすればいいのかわからずおろおろし、そして、意を決したように、僕の横に寝転がった。

 僕は寝返りを打って、彼女に背中を向ける。

 水上紗枝がかすかに息を呑んだ。それから、犬が威嚇するみたいに、「ううううう…」と低く唸る。そして、僕の背中をコツン…と殴った。

「熊崎さん…だったっけ?」

「………」

「ミヤビさん、あの人と仲良かったんだよね」

「………」

「ミヤビさんって、どんな学校生活送ってたの? 私、気になるなあ…」

 僕の機嫌を取るような、甘えた声。

「熊崎さん、すっごく優しそうな人だったね…」

「………」

「ねえ…」

 僕がまったく何も言わないのに、水上は少し泣きそうな声になった。

 唾を飲み込むような音とともに、彼女の額が、僕の背中に押し当てられる。

「…ねえ、ミヤビさん」

「………」

「たまにでいいからさ…、私、ミヤビさんのお話も聞いてみたいな」

「………」

 そこだけ、僕は静かに頷いた。

 背中越しに伝わる振動で、僕が頷いたことに気づいた水上紗枝は、安堵した息を吐いた。

 僕は静かに、目を閉じた。

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