②
券売機でチケットを買い、受付のお姉さんに渡し、水上紗枝と別れて更衣室に入った。
ああ、怠いなあ…と思いながら、服を脱ぐ。その時、バッグの中に入れていたスマホが、ぴこんっ! と鳴った。
更衣室は携帯の使用は禁止だったが、誰も見ていなかったので、メッセージアプリを開く。
当然、伯父からだ。
『おそうしきにはまあちゃんとてっちゃんがきますかおをだしてはいかがでしょうか?』
お葬式には、まあちゃんと、てっちゃんが来ます。顔を出してはいかがでしょうか?
僕の従姉弟の名前だ。「顔を出してはいかがでしょうか?」とは言うものの、ほとんどしゃべったことが無い。祖母がそれを許してくれなかったんだ。理由はわからない。
今更、従姉弟に会って何を話せって? 餓鬼じゃないんだ。打ち解けられるわけないだろ。
「……………」
叔父には、「考えておきます」とだけ返信して、スマホをバッグに戻した。
そして気を取り直し、彼女がくれた水着を履いて、プールサイドに出る。
夏休み、そしてこの暑さだ。きっと、市民プールは家族連れやカップルの集団でごった返し、プールの水面は波々としているのだろう…と予想していたのだが、全然そんなことは無かった。
流れるプールは閑散としていて、数組の家族連れが泳いでいるのみ。隣の二五メートルプールにいたっては誰も泳いでおらず、水面が鏡のように鎮まっていた。場内に流れるBGMは何処か寂しげで、高台に腰かけた監視員さんも眠そうにあくびを噛み殺していた。
良かった。知り合いに会ったらどうしよう…と思っていたけれど、その心配は無さそうだ。
「うひゃあ、熱い熱い…」
女子更衣室の方から、スクール水着に着替えた水上紗枝が、エリマキトカゲのような足取りで出てきた。呆然と佇む僕を見るなり、ぷぷ…と噴き出す。
「なんか、似合ってないね」
「……………」
お前が選んだんだろうが。
対して水上は、似合っているもくそも無いスクール水着で立つと、僕の腕を掴んだ。
「じゃあ、早速、泳ぎ方を教えてよ」
そう言って彼女は、僕を流れるプールの方へと引っ張っていく。
ちょっと待て…の意味を込めて、僕は踏みとどまり、彼女の腕を引っ張り返した。
顎で、流れるプールの反対側にある二五メートルプールの方をしゃくる。
泳ぐ練習をするのなら、あんな流れの強いところでやる必要は無い。それに、二十五メートルプールは、今、人がいないのだから、練習しない手は無い。
そのことを目線だけで伝えると、水上はあからさまにがっかりしたような顔をした。
「…はいはい。いきますよ」
ああ、やっぱりこいつ、遊び目的で僕を誘ったんだろうな…。
彼女の真意を知ったからと言って、当初の目的を未達成に終わるわけが無い。
僕はため息をつくと、改めて彼女を二十五メートルプールの方へと引っ張っていった。
「…………」
それに、流れるプールは嫌いだよ。
思い出すのは、小学生の頃のこと。
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