第三章『プール』

「プールに行こうよ」

 昨日の水泳の話に関連してか。それとも、納涼を考えたのか、畳に寝転がったまま、水上紗枝がそう言った。

 僕は読んでいた小説から顔を上げ、「本気で言っているの?」と言いたげな目線を彼女に向けた。彼女もまた、気怠そうに頷いた。

「毎日暑いからさ…。ミヤビさん、なかなかエアコン付けてくれないし…」

「…………」

 僕は黙って机の上に置いてあったエアコンのリモコンを掴むと、だらけている彼女に向かって放った。リモコンは放物線を描き…、ナイスキャッチ。

 暑いなら、エアコン点けてもいいぞ…という意味だったのだが、水上紗枝は少し考えた後、僕に投げ返した。

「ただの口実」

 だろうな。

「ミヤビさんに、泳ぎを教えてもらおうと思って…」

 そう言うと、傍に置いてあった鞄を引き寄せ、中から紺色のスクール水着を取り出した。

 なんだかよくわからないけれど、間近で見るスクール水着に妙な生々しさを感じつつ、僕は首を横に振った。

「わかってるよ。水着、持ってないんでしょう?」

 なんでわかるんだよ。

「ミヤビさんに恩返しをしているんだから、ミヤビさんの持ち物くらい把握してるよ」

 彼女はそう言って、また鞄に手を突っ込むと、男性用の青色の藍色の水着を取り出した。

「…………」

「これ、恩返し。値段は気にしないでね。大して高い奴じゃないから」

 …そう言えば、一緒に眠っているときに、胴に腕を回されることがあったけど、もしかして、サイズを測っていたのだろうか?

 水上紗枝のストーカーっぽい行動に戦々恐々としていると、彼女は慌てて言った。

「だって! ミヤビさん絶対に水着買わないでしょうが! でも、私金槌克服したいし…。だから、その…、ちょっと、悪いな…と思ったけど…」

 最初の威勢は何処へやら。消え入るような声へと変わっていく。

「ミヤビさんが眠っている間に、ウエスト測りました」

「……………」

 僕はため息をついた。

 その声に、水上紗枝がびくっと肩を震わせる。

「ごめん。でもさあ…、私はミヤビさんと泳ぎたくて…」

「…………」

 鬼の居ぬ間に洗濯…ってやつか? その勇気をたたえて、僕は彼女の頭をぽん…と撫でた。

 それから、衣装ダンスの方に歩いていき、中からバスタオルを一枚取り出す。ちらっと、彼女の方を振り返ると、水上は察していった。

「水着以外もってきてないよ」

「…………」

 もう一枚バスタオルを取り出し、水上紗枝に放り投げる。ナイスキャッチ。

 僕は顎で玄関をしゃくった。

 行くぞ…っていう、意味だった。

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