第三章『プール』
①
「プールに行こうよ」
昨日の水泳の話に関連してか。それとも、納涼を考えたのか、畳に寝転がったまま、水上紗枝がそう言った。
僕は読んでいた小説から顔を上げ、「本気で言っているの?」と言いたげな目線を彼女に向けた。彼女もまた、気怠そうに頷いた。
「毎日暑いからさ…。ミヤビさん、なかなかエアコン付けてくれないし…」
「…………」
僕は黙って机の上に置いてあったエアコンのリモコンを掴むと、だらけている彼女に向かって放った。リモコンは放物線を描き…、ナイスキャッチ。
暑いなら、エアコン点けてもいいぞ…という意味だったのだが、水上紗枝は少し考えた後、僕に投げ返した。
「ただの口実」
だろうな。
「ミヤビさんに、泳ぎを教えてもらおうと思って…」
そう言うと、傍に置いてあった鞄を引き寄せ、中から紺色のスクール水着を取り出した。
なんだかよくわからないけれど、間近で見るスクール水着に妙な生々しさを感じつつ、僕は首を横に振った。
「わかってるよ。水着、持ってないんでしょう?」
なんでわかるんだよ。
「ミヤビさんに恩返しをしているんだから、ミヤビさんの持ち物くらい把握してるよ」
彼女はそう言って、また鞄に手を突っ込むと、男性用の青色の藍色の水着を取り出した。
「…………」
「これ、恩返し。値段は気にしないでね。大して高い奴じゃないから」
…そう言えば、一緒に眠っているときに、胴に腕を回されることがあったけど、もしかして、サイズを測っていたのだろうか?
水上紗枝のストーカーっぽい行動に戦々恐々としていると、彼女は慌てて言った。
「だって! ミヤビさん絶対に水着買わないでしょうが! でも、私金槌克服したいし…。だから、その…、ちょっと、悪いな…と思ったけど…」
最初の威勢は何処へやら。消え入るような声へと変わっていく。
「ミヤビさんが眠っている間に、ウエスト測りました」
「……………」
僕はため息をついた。
その声に、水上紗枝がびくっと肩を震わせる。
「ごめん。でもさあ…、私はミヤビさんと泳ぎたくて…」
「…………」
鬼の居ぬ間に洗濯…ってやつか? その勇気をたたえて、僕は彼女の頭をぽん…と撫でた。
それから、衣装ダンスの方に歩いていき、中からバスタオルを一枚取り出す。ちらっと、彼女の方を振り返ると、水上は察していった。
「水着以外もってきてないよ」
「…………」
もう一枚バスタオルを取り出し、水上紗枝に放り投げる。ナイスキャッチ。
僕は顎で玄関をしゃくった。
行くぞ…っていう、意味だった。
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