②
僕は彼女の頭に触れかかったまま固まった。
「あれ? ミヤビさん、スマホ鳴ったよ?」
目を閉じていた水上紗枝が顔を上げる。そして、変な恰好をしている僕に気づいた。
一目で、僕が何をしようとしたのかを察した彼女は、ためいき交じりに笑うと、わざわざ首を擡げ、自ら僕の手に撫でられにきた。
なんだかとっても恥ずかしいことをしている気になった僕は、手を下げ、枕元のスマホを掴む。正直、水上紗枝に見られるのは嫌だったが、かといってあからさまに隠すような真似をするのが嫌で、堂々と電源を点けた。
さっきの音は、やはりメッセージを受信した音だった。
「彼女さん?」
茶化すように言う水上紗枝を横目でにらみつつ、僕はメッセージアプリを起動する。
やっぱり。叔父さんからだ。
内容は…、『つやにはこなかったのですねおそうしきにはきてくださいおばあちゃんがかなしんでいます』…とのことだった。
「え…、なんて書いてるの?」
平仮名だけのメッセージに、水上紗枝は眉間に皺を寄せた。
「もしかして、暗号?」
確かに、変換機能が充実しているスマホで送っているのに、このメッセージだと、深読みしたくなるか。まあ、そんなことはどうでもよくて…。
僕は親指でスクロールして、今までに叔父さんから送られてきたメッセージを確認した。
『おばあちゃんのたいちょうがわるいです』…『おばあちゃんがしにました』…『おつやをおこないます』…『おそうしきはみっかごです』…『なるべくはやくへんしんください』。
そして、『つやにはこなかったのですねおそうしきにはきてくださいおばあちゃんがかなしんでいます』……。
「ああ、ミヤビさんのおばあさん関連のメッセージか!」
ようやく理解できた水上紗枝が声をあげる。
「…そうか、お通夜があったんだ…。行かなかったの?」
うん。
「そっか…」
もし、「なんで…?」と聞かれたなら、どう返してやろうか? と悩んでいたが、それ以上深入りするようなことはしてこなかった。
「まあ確かに、急に死なれたら、予定組めないよね」
「……」
まあ、そういうことにしておこうか。
とにかく、祖母の葬式に出ることは無いだろう。でも、その旨を叔父さんに伝えるのは、まだその時ではないような気がした。
アプリを閉じると、スマホの電源を落とし、脇に置く。
そして改めて、震える手で水上紗枝の頭を撫でた。手入れの行き届いた…綺麗な髪だ。つやつやして、ちょっと冷たい。それが熱っぽくなった指先に触れると心地いい。
水上の髪は長いから、一緒に昼寝をするときはいつも、何かの拍子に踏みつけてしまったらどうしよう…? と不安になる。これは猫…と言うよりも、小鳥を相手にしているときと同じ感覚だった。
「…………」
天井を見つめたまま、目をぱちくりとさせた。
さっきのやり取りで、すっかり眠気が覚めてしまったことに気づく。
どういう仕組みか、僕の様子に気づいた水上が口を開いた。
「眠気、覚めちゃったんでしょう?」
恐る恐る頷いても、「じゃあ、起きて動こう!」なんてことを、水上紗枝は言わなかった。
「それじゃあ、眠くなるまでお話ししよう」
その提案が、言葉には出さなかったが、とにかくありがたかった。
「ずっと聞こうと思ってたんだけど、ミヤビさんって、泳ぎ上手いの?」
一か月前のことを言っているのだと思った。
「もしかして、選手だった?」
首を横に振る。
「じゃあ、スイミングスクールに通っていたとか?」
首を縦に振る。
「へえ、体力づくりのためにやっていたんだね」
まあ、そうだな…。
「泳ぐの、好きなの? 今度私に教えてよ」
「…………」
少し考えて、僕は首を横に振った。
「ええ~、私とプール行くの嫌だ?」
そっちじゃない…と首を横に振る。すると、水上紗枝は意外そうな顔をした。
「泳ぐのが嫌いなの? 変なの」
あの動きだけで、僕が「泳ぐのが嫌い」とわかった彼女の理解力に感心した。
「スイミングスクールに通っていたのに? 変なの」
「…………」
別に変な話じゃないさ。
少し天井を見上げつつ、昔のことを思い出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます