魔法はもう使えない

偽物

Desire of the magic girl

画面の割れたスマホを見ていた。


自分で割ったものの、いざ割ってみると激しい後悔の念が私を襲った。


高校生活2年目、今年で人生17年目を迎える私はこないだついに人生初の失恋を経験した。


ひとつ後悔に襲われるとあれやこれやとさらに後悔を思い出してしまう。


絶対告白なんてするべきじゃなかった...どんな顔で学校に行けばいいのよ...


「こんなとき、魔法なんかが使えれば全部解決するんだろうにな...」


1人部屋で頭を抱えていると突然目の前が桃色の光に包まれた。


小さく悲鳴をあげる。


光はすぐに収まると、中から宙に浮く生き物が現れた。


「ウーパールーパー?!?!」


「違うカル!!カルルだカル!!」


突然目の前に現れたウーパールーパーのような生物は、当然のように人の言語を話している。


「かる...る...?」


「そうだカル!!僕は君に呼ばれて君のもとへやって来たんだカル!!!」


「いや、呼んでないけど。」


「ううん、君は確かに強い想いとともに魔法が使いたいと言ったカル!!!」


「まあ...それは言ったけど...別に魔法なんてこの世にないでしょ?アニメじゃあるまいし」


カルルと名乗る生き物が大きくため息をつく。


「単刀直入に言うカル。君を魔法少女にしてあげるカル!」


「...まじ?」


「まじカル!といっても何でもかんでも自由にできるわけではないカルよ?」

「じゃあどんな魔法が使えるの?」


ウーパールーパーが小さな腕をめいいっぱい横に広げると、また桃色の光とともにハンマーのようなみための道具が出てきた。


「いや、ハンマーならもういらないんだけど。」


「これはただのハンマーじゃないカル!!これは魔法のハンマーで、対象物に既に起きてしまった事象をこのハンマーで殴ることによって無効にできるんだカル!!」

「......つまり...どういうこと?」


「だ!か!ら!殴ったものに起きたことを無かったことにできるんだカル!!!例えば壊れ

ちゃったものを直したり!喧嘩しちゃったお友達と仲直りしたりできるんだカル!!まあ、正確に言うと直すというより起きてしまった出来事を破壊して無かったことにしてくれるハンマーなんだカルけどね!」


「え、便利」


「そうカルよ!!この力を君に特別にあげるカル!!!」


そういうとウーパールーパーは私にそのハンマーを渡した。


「試しにそのスマホを殴ってみるカル!」


「...これほんとに魔法のハンマーなんだよね...?ガチハンマーと同じくらいの重量あるけど...」


「いいから黙って殴るカル!!!!」


渋々私はハンマーを握りしめ、スマホに向かって振りかざした。


すると、スマホから桃色の光が溢れだした。


思わず閉じた目を開くとスマホの画面は既にキレイに戻っていた。


「すご!!!なにこれ!!!」


「せいぜい僕に感謝するカルね!!」


「いやマジありがとう...でもこれって私の感情の力使ってるってことだよね?いつか私無感情人間になっちゃうんじゃない?」


「そんなことはないカル!!想いの力はその瞬間その瞬間生まれるものだから、消耗品でも何でもないんだカル!だから、そのものへの想いさえあればいくらでも使い放題カル!!!」


「マジか!!」


とにかくいろいろ試してみたいと思い、適当にそこにあった後ろの消しゴムが削れてしまって、シャー芯を入れられなくなってしまったシャーペンを殴った。


しかし今度はバキッという音とともにシャーペンは折れてしまった。


「え?!なんで?!?!」


「それは君のその物に対する想いが弱すぎるんだカル」


「?」


「この魔法に必要なものはそのものに対する強い想いなんだカル。そんなに大切に思ってないものとかは治せないんだカル。逆に想いがとんでもなく強かったら、実物が無くても祈っただけで元通りに戻ったりもするんだカルよ!!」


「じゃあ他人の物を治すとかはできないんだ。すごい自己中な魔法だね」


「君は文句ばっかりだカルね!!」


ぷんぷん怒っているカルルの姿を見て、なんだか笑えてしまった。


「待って、想いが強ければここにないものも元通りになるってこと?!」


「...?そうだカルよ?」


ハンマーを強く握りしめ、かつて生きていた愛猫のみいちゃんのことを思い浮かべた。


私が小さい頃に野良猫だったのを連れて帰ったみいちゃん。


私が小さい頃に事故で死んじゃったみいちゃん。


みいちゃんとのいろいろな思い出を想い浮かべながら強く祈った。


すると、あたりは桃色の強い光に包まれた。


やがて光が消えると、中からみいちゃんが現れた。


「...?!」


「みいちゃん...!!!!」


かなり年を取ったように見えるが、確かにみいちゃんだ。


「ほ、ほんとに復活させたカル?!?!」


「...?強い想いがあればできるんでしょ?」


「とんでもなく強い想いが必要なんだカルよ?!?!いままでほんとにやってのける子は見たことないカル...やっぱり君は僕が見込んだだけあるカル!」


久々の友との対面にいっぱいいっぱいだけど、とにかくすごい力を持っていることはわかった。


「待って、これって人間相手でも使えるんだっけ?」


「もちろんだカルよ!」


「なら...あれもなかったことにしよう...!」


私は急いで家を飛び出してあの子の家へ向かった。


家の前に着き、一度息を整える。


玄関のチャイムを鳴らすとひとつ返事がしたあと、すぐにまほちゃんが出てきた。


「あこ...?!どうしたのそんな慌てて?!」


あれこれ話す前に早速魔法のハンマーでまほのことを殴った。


桃色の光が溢れる。


「...?あれ?私なんで外に...あれ、あこ?」


「...あぁ...まほ...えーと...私の好きな人って誰だっけ?」


「...?そんなの教えてもらったっけ?」


「...あー、そうだったそうだった!ありがと!思い出せなくなってて...そ...それじゃ...またね!!」


また自宅まで私は猛ダッシュした。


「...今何を無かったことにしたんだカル?」


「...私、まほに告白したんだ。」


「...ふられたんだカル?」


「いや、ふられはしなかった。いいよって言ってくれたんだけどさ。」


「じゃあなんで無かったことにしたんだカル?」


「...まほに距離を感じるようになったっていうか...気まずくなっちゃったっていうか...多分まほは私のことそういう目では見てなかったんだよね。苦しくなっちゃって、ついこないだ別れよって私が言ったの。」


「そういうことだったんだカルね」


「まあでもこれで全部リセット!またまほと元通りの友達になれたんだ!」


「あこちゃんが幸せそうで何よりカル」


「あ、私の名前」


「さっきまほちゃんが呼んでたカル」


「なるほどね」


それから私は昔は大事にしてたけど、今はもう壊れてしまったものを片っ端から元通りにしていった。


ボロボロのぬいぐるみ、壊れたゲーム機、たまごっち。


他にも色々目に映った大事なものは全部直していった。


最後に、昔まほにもらったちぎれてしまった手作りペンダントを見つけ、治そうとしたときだった。


バンバンバン!!!と激しくドアを叩く音ともに母親の怒鳴り声が聞こえてきた。


「さっきからドンドンドンドンうるせえんだよ!!!こっちは仕事でストレス溜まってん

だ!!!静かにしろ!!!!」


叫び終えるとドスドスと大きな足音を立てまたリビングへと戻っていった


「...怖いお母さんだカル」


「...小さい頃お父さんと離婚してからあんなになっちゃったんだ...」


「大変だカルね...」


「......そうだお母さんとお父さんの仲も治せるんじゃ...」


リビングに入ると母はソファの上で眠っていた。


魔法のハンマーをお母さんに振り下ろした。


部屋は桃色の光に包まれた。


「...あこ、どうしてハンマーなんか握っているんだ?」


後ろから声がした。


振り返ると、そこには年を取った父の姿があった。


気がついたときには私は膝から崩れ落ちていて、ボロボロと涙を流していた。それに気がついたお母さんとお父さんが私を優しく抱きしめてくれた。


「これでハッピーエンドだカルね...」


静かだけど温かい時間がリビングに流れた。



「なんでお前と20年も離婚せずにいられたんだろうな!!!!!」


「うるっせえ早く出ていけ!!!!」


幸せ家族は1週間と続かなかった。


多分もう、またハンマーで元通りにしても勝手に別れちゃうんだろうな。


結局二人は1ヶ月でまた離婚してしまった。


離婚してから2日ほどたっただろうか。


いまだショックで部屋から出られずにいた。


「あこちゃん...」


「...さい...」


「自分が直接干渉できない他者間の人間関係のようなものはもとに戻しても意味がないカル...」


「...るさい...」


「...まあ...たまに幸せ家族の気分を味わうのも悪くは...」


「うるさい!!!!」


私が叫んだ瞬間、人からはとても出るとは思えない、聞いたこともないような鳴き声がリビングの方から聞こえてきた。


様子を見にリビングへ駆けつけると、みいちゃんが血を流して床に倒れ込んでいた。


すぐ横にはバットを握りしめている母がいた。


「...な...んで...殺したの...?」


「にゃあにゃあうるせえんだよこいつ。ちゃんとしつけとけ。」


"自分が直接干渉できない他者間の人間関係のようなものはもとに戻しても意味がない"


今、思えば、みいちゃんが事故で死んだと聞かされたのは両親が離婚してすぐのことだった。


意識が遠くなる。


次に気がついた時には元気そうに歩くみいちゃんのすぐ横で血を流した母が倒

れていた。


私は右手に赤く染まった普通のハンマーを握っていた。


殺したのは...私...?


「ど、ど、どうしよう...お母さんのこと殺しちゃった...」


「あこちゃん!落ち着くカル!!魔法のハンマーでなかったことにするカル!あこちゃんはお母さんを恨んでるけど、それ以上にすごい後悔しているから、きっと元通りにできるはずカル!!!」


「あ...あぁ...そう...だよね...うん...」


ハンマーで殴ると桃色の光とともに母は元通りになった。


2日ほど放心状態だった。


なかったことにしたとはいえ人を殺したんだ。


あのときの感情を思い出すと未だに手が震える。後悔、恐怖、焦燥、それと...


また、リビングからみいの悲鳴が聞こえてきた。


様子なんてもう見に行きたくない。


だけど、そこで一つひらめいていしまった。


「...お母さんは2日でみいちゃんを殺しちゃうから...毎日...お母さんを...」


思わず自分の口を塞いだ。なんて恐ろしい提案をしようとしたんだ。


「なるほど!さすがあこちゃん!毎日お母さんを殺せばみいちゃんを殺されずに済むカル!!あこちゃんはやっぱり賢いカルね!!」


「...」


...みいを守るためなら、仕方ないよね。


その日から毎朝学校に行く前にお母さんを殺す日々が始まった。


殺し方はいろんなバリエーションを試した。


刺殺と毒殺、絞殺、そして撲殺。


その度私は殺す度に感じる強い想いで母を蘇らせた。


後悔と恐怖、焦燥、そして...快楽。



「...ゃん?...ちゃん?...あこちゃん?...あこちゃん!」


「...ん...あぁ、どしたの?まほちゃん。」


いつの間にかボーっとしていたようで気がつくと昼休みになっていた。


「なんか最近ボーっとしてることが多いね。あとなんか明るくなった?」


「あー...最近ちょっと、いいことがあってね。」


「そりゃいいけど...」


まほちゃん、ずっと好きだった。今だって好きだ。ほんとはいっぱいイチャイチャしたいし、あんなことやこんなこともしてみたい。


ふと、魔法のハンマーが頭に浮かんだ。


なかったことにってことは忘れさせたりもできるはずだよね...

「ちょっと...トイレ行かない?」


「いいよ」


トイレの中には誰にもいないことを確認した。

「ねえまほちゃん...」


名前を呼ぶとまほちゃんは私に振り返った。


その瞬間、私はまほちゃんに飛び込んでキスをした。


まほちゃんはたぶん困惑してるんだと思う。それでも、まほちゃんは優しいから私を突っ張ったりしない。知ってるんだ。


付き合ってたときは絶対できなかったまほちゃんとのキス。


誰かがトイレに来る前にまほちゃんをハンマーで殴った。


桃色の光が溢れ、まほちゃんは何もなかったかのようにトイレの個室へ入っていった。


できてしまった。


まほちゃんは何も覚えていない。


できちゃうんだ、あんなこと、こんなこと。


日に日にまほちゃんへの接触は過激になっていった。


お母さんを殺して、まほちゃんを犯して、殺して、犯して、殺して、犯して。

もっと過激なことをしてみたい。


ついに私はまほちゃんを自分の家に連れ込むことにした。



「おじゃましまーーす!!!」


「...お母さんちょっと怖い人だから静かにしたほうがいいよ。」


家にまほちゃんを呼ぶのは何年ぶりだろうか。


なんとも言えない非日常感。


その、非日常のせいで違和感に気付なかった。


玄関からリビングへ入っていくと、まほちゃんが悲鳴を上げ、地面にへたりこんでしまった。


まほちゃんの視線の先にはお母さんの死体があった。

っ...!!!!!


朝ちゃんと家を出る前に殴ったつもりだったけど忘れてたんだ...!!!


ま...まずはまほちゃんを殴って死体のことを忘れさせないと!!!光ってるうちにお母さんを治そう!!!


魔法のハンマーで思いっきりまほちゃんを殴った。


まほちゃんの体から、赤色の影があふれ出した。


「...え?」


声を出すこともなく静かにまほちゃんはその場に倒れ込んだ。


「...な...なんで...なんでなんでなんで?!?!」


もう一度殴った。でも赤色の影がさらに溢れるだけ。


「なんで!なんで!なんでなの!?!?」


何度も何度も殴る。まほちゃんだったものはもはや原型を留めていないほどにぼこぼこになってしまった。


「ねえカルル!!!どうなってるの?!?!魔法が...魔法が使えないよ...!!!!」


「...それは、魔法を使いすぎたせいカル。」


「...は?」


「だ!か!ら!魔法の使い過ぎでもう想いが足りてないんだカル!!!」


「...い...いや...感情の力は減らないって言ってたじゃん...!!!嘘ついてたの?!?!」


「そうじゃないカル。あこちゃんは何度も魔法を使いすぎて心の奥底で、最悪何をしても魔法で元に戻せるから大丈夫。ってきっと思ってるんだカル!だから想いそのものも弱くなって魔法が使えてないんだカル!!!」


「え...じゃ...じゃあ...どうすれば...」


「まほちゃんはもう治らないカル!」


「...こんなに蘇ってほしいって思ってるのに?」


「潜在意識ってそんなもんカルよ。」


「...人殺し」


「...え?」


「この...人殺し...お前のせいでまほちゃんは死ぬんだぞ!!!!」


「...何を言ってるカル?」


「...は?」


「まほちゃんを殺したのはあこちゃんカルよ?ついさっきその手で殺したばかりカル。何を言ってるんだカル?もしかしてやっぱりあこちゃんってそんなに賢くないカル?」


「...あ」


「...ああ」


「...あああああああああ!!!!!!」


足に力が入らなくなり床に座り込む。


「なんで...なんで...こんな...」


「全部あこちゃんのせいカル!!まあでもそういうこともあるカル!」



...私のせい...そう...最初から全部私のせい。


お母さんがお父さんと別れたのも私のせい。


みいちゃんが死んだのも私のせい。


お母さんが死んだのも私のせい。


まほちゃんが死んだのも私のせい。


「私なんて、生まれてこなければよかったのに。」


私から、桃色の光があふれ出した。


光が消えると、そこには赤く染まったハンマーと、女の死体が2体と、寿命で死んだ野良猫の死体だけが残されていた。

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