魂の契約
やざき わかば
魂の契約
自らの欲望を叶えるため悪魔を呼び出し、願いを叶え、魂を差し出す。
古くから伝わる話だ。大抵は願った者が身を滅ぼすか、悪魔が何らかの形で自滅してしまう結末となる。
ここに、一人の男がいる。高校野球で大活躍し、各球団からスカウトが訪れ、プロ野球でもさらなる活躍をする大スターである。
彼には中学時代から交際を続けている恋人がいた。プロ野球選手になり、自分で稼げるようになると、男は恋人にプロポーズし、恋人もまた、それを受けた。
幸せな人生が待っているはずだったが、恋人は交通事故で、その短い一生を終えた。
男は現実から逃れるように、怪しげな研究を始めた。練習と試合、野球関係の仕事はきちんとこなすが、それ以外では家に引きこもり、一切外に出なくなってしまったのだ。
数ヶ月の後、その研究は実を結ぶことになる。
「よう。俺を呼んだのはお前か」
男は、悪魔を呼び出す術を成功させたのだ。
「本当に、悪魔が出てきてくれるとは」
「お前の召喚術は丁寧で良いぜ。だから俺のような上級を呼べたんだろう」
悪魔は自分を上級悪魔だと名乗った。上級でも下級でもなんでも良い。男は願いを叶えてくれるのなら、なんでも良かった。
恋人との再開。もちろん、一度途切れた命がまた蘇ることなど、絶対にない。だが、せめて最後に「ありがとう」と伝えたかった。短い時間で良い。幽霊でも良い。とにかく、最後の別れを言いたかったのだ。
「なるほどな。お安い御用だ。だが、良いのかい。それを叶えたら、お前の魂は俺のものになるんだぜ」
「構わない。俺の魂なんか持っていけ」
「良い度胸だ。じゃあ、いくぜ」
眩い光とともに、恋人が姿を現した。男は泣きながら、今までのお礼と、これからも愛し続けるとの、誓いの言葉を恋人に伝える。
「私のことなんて、忘れてもいいんだよ? 新しい恋人を見つけても」
「いや、俺はお前以外の女性なんて考えられない。お前だけなんだよ、俺には」
「じゃあ、天国で待ってる。いつか会いに来てね」
そこで恋人は、また再び天に昇っていった。
「最後の別れは済ませることが出来たかい?」
「ああ。もう何も思い残すことはない」
「そうかい、それは良かった。じゃあ、お前が死ぬときに迎えに来るぜ。またな」
それから男は、今までの生活から一変して、引きこもることはなくなった。チームメイトとも、息抜きに遊びに行くことは増えたが、言い寄ってくる女性は全てお断りし、独り身を貫いていた。
そして現役引退、野球の普及やそれに関連した仕事に従事し、寿命で大往生した。
………
「よう、久しぶり! 元気してたか? まぁ死んだんだから元気もクソもねぇか」
「ああ。ご無沙汰だ。それで、俺はこれからどこへ行くんだ?」
「まぁ、それは移動しながら説明する。ついてこい」
悪魔はなにもない空間を、ドアのように空けて中に入っていった。男もそれを追う。ドアの中には、見たこともない世界が広がっていた。
悪魔は歩きながら、男に語りかける。
「地獄には、俺を含めて多数の上級悪魔がいる。そして、それぞれが軍団を有している。つまり、お前は俺の軍団の戦闘員になるんだよ」
「戦闘員…ということは、俺はお前の軍団に入り、お前のために戦うことになるのか?」
「ああそうだ。悪魔が人間の魂を欲しがるのは、それが理由さ。悪魔の軍団同士が戦うし、たまに、天界との戦争もある。お前は良い働きをしてくれそうだ」
きっと、地獄は群雄割拠なんだろう。人間を戦闘員とするということは、それだけ激しい戦闘が行われており、兵隊の数が足りないのだろう。
男の人生は野球一色だった。バットを武器に持ち替えて、やっていけるだろうか。俺は他人を攻撃できるのだろうか。早くも不安になる。
「さぁ、着いたぜ。これが俺の軍団の本拠地だ」
「これは―――」
………
「さぁ、次の打席は今話題の選手。人間界からスカウトで来た大型新人だ。すでにこの試合では二安打一本塁打を叩き出しています」
「この選手が入ってから、確実にこの『血ノ池レッドナイツ』は調子を取り戻していますね。地獄生え抜きの選手達も、人間界からのスカウト選手達も、彼には一目置いているようです」
「悪魔オーナーもホクホク顔で関係者席から観ています。オーナーの横にいるのは、選手の奥さんですね。なんでも古くからの同級生だそうです」
「学生時代からの交際相手と結婚するとか、まったく羨ましい限りです」
「さぁ、相手投手。二塁を気にしていますが…投げました!」
魂の契約 やざき わかば @wakaba_fight
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