第22話 漫画家とメイド少女、お茶会を開催する ②

** naoyuki side **

 

 いくつかの仕事を片付けた尚之なおゆきは、一階の菓子作りの様子を見に行った。

 すると、キッチンにて瑠々るる文香ふみか光理ひかり、そして詠海よみが四人で作業をしていた。

 一緒に料理をする双子など、珍百景に数えて良いほどレアな光景だ。


 実は尚之は詠海と光理が不仲であることに、多少のうれいをいだいていた。

 だが、難しい年頃の二人に干渉してもこじれる恐れがあったので静観していた。

 そんな詠海と光理が一緒にキッチンに立って言葉をかわしている。


 これも彼女の影響なのか、と双子と一緒に料理をしている瑠々を見る。

 思えば瑠々が来るようになってから、滝乃も文香も鈴々も笑顔が増えている。

 彼女に出会えたことは、我が家にとって大変幸運なことだったのかもしれない、と尚之は考える。

 尚之はこのとき初めて、瑠々に対して畏敬いけいの念をいだいたのだった。


 尚之が部屋で仕事の続きをしていると、瑠々と詠海が二階に上がってきた。

 菓子作りが完了したので、仕事部屋を茶会用に模様替えしたいとのこと。

 あらかじめその話は聞いていたので、尚之も模様替え作業に参加する。


 まずは低いテーブルとソファを移動し、父の尚久と兄の尚哉の手も借りて、物置部屋に眠っていた四人がけテーブルを部屋に運び入れる。

 テーブルが搬入されると、瑠々と詠海でテーブルクロスや食器をテキパキと設置していく。しばらくすると自室が小洒落こじゃれたパーティー会場に変様へんようした。


 後はケーキスタンドに菓子を盛り付けたり、紅茶の準備をすれば良いらしい。

 結局尚之は何もすることなく、すべての準備が整ってしまった。瑠々様々である。

 そして瑠々と詠海はパーティー用の服装に着替えると言って出ていった。


 茶会の開始時間まではまだ結構時間がある。

 仕事は一段落しているので、炎上の状況をエゴサーチしてみることにした。

 とりあえず話題になっているフェイスタの香坂夏凛こうさかかりんとプロデューサーの〆字大介しめじだいすけの発言を確認する。


 香坂夏凛のブログを読んでみると、当該記事は意外にも良い内容だった。

 キャラや感動シーンをピックアップしたミーハーな内容かと予想していたら(それでも十分ありがたいが)、夏凛は読者があまり話題にしない物語のテーマや妖怪蘊蓄ようかいうんちくなど、尚之が触れて欲しい部分に言及してくれていた。

 夏凛とは話が合うかもしれないと、心の中で握手を交わす。


 プロデューサーの方はノリで発言しただけのようで、『アニメ主題歌のオファー待ってます!』以外の投稿は無いようだ。

 TVアニメについては話が進んでいると小西が言っていたが、詳細は不明だ。動く金も大きいので情報の扱いも慎重なのだろう。

 ともあれ、夜に小西が来ると言っていたので、話はその時に聞けばいいだろう。


 尚之がSNSのコメント欄を流し読んでいると、部屋に瑠々と詠海が帰って来た。

 尚之は驚愕した。何に対してか。それは詠海の格好にである。

 顔を赤く染め、恥じらいつつ自らの体を抱くように立つ、詠海が着ていたもの。

 それはメイド服だった。瑠々がいつも着ていたロングスカートのメイド服である。

 しかも体の一部分が普段の詠海に比べ妙に膨らんでいる。


「えーと、詠海のその格好は一体……」

「先生、お客様をお迎えするにあたり、私がお願いして詠海ちゃんにメイド服を着てもらいました。どうか私達がこの格好でお茶会に望むことをお許しください!」


 新ヒロインのメイド服に着替えた瑠々が胸の前で手を組み、そう懇願してきた。

 瑠々には感謝と尊敬の念を抱いている尚之ではあるが、この突飛な発想にはどうにも慣れない。というか、人の妹に詰め物を詰めるのは止めて欲しい。

 だが詠海も了承しているようだし、今の尚之は瑠々の希望を断り難い立場にある。


「詠海はいいのか?」

「……」


 返事がない。何も聞くなという事なのだろう。


「えーと、二人がそうしたいなら別にかまいませんが」

「ありがとうございます、先生!」「……」


 瑠々が花咲く笑顔で感謝を述べ、詠海は刀を盗まれた武士みたいな顔をしている。

 本当に大丈夫だろうか。ともあれ、滝乃に見つかると小言を言われそうなので、茶会が終わるまで部屋を出ないよう二人に言っておく。


 約束の時間が近づき、ケーキや紅茶の準備も整ったころ、揚羽から到着したとメッセージが入った。

 二人に揚羽を連れてくると告げて、尚之は自宅の駐車場に向かった。


 庭の門をでたところにある駐車場に、二人の人影があった。

 一人は身長が190cmほどある金髪碧眼の端正な外国人男性。

 もう一人は身長が140cm台の、銀髪灰色目の日本人女性。

 誰あろう、姫小路夫妻である。

 ちなみに尚之は揚羽の夫とは一度合ったことがある。

 居酒屋で揚羽と飲んだときに、彼が揚羽を迎えに来て少し話をしたのだった。


 というか、尚之は揚羽の格好を見て驚愕した。

 彼女の着ている服はいつものゴスロリ服ではなかった。

 彼女が着ていたもの。それはなんと、メイド服だったのである。

 本日二回目である。


 そして、揚羽の着ているメイド服はただのメイド服ではない。

 揚羽をモデルにしたメイハーヒロイン、ロザリーが着ているメイド服であった。

 これでもかというほどゴテゴテとフリルで飾られた、ゴスロリ調のメイド服だ。


 彼女が活躍した三巻付近はそのメイド服のおかげで発狂しそうな程進行がキツかったのを覚えている。

 そんなメイド服を着た揚羽は、まさに物語から出てきたと表現するのがふさわしいほどロザリーそのものだった。


「姫小路先生、ようこそお越しくださいました」

「今日はお招きいただき感謝するわ、千本柿先生」

「スティーブさんもお久しぶりです」

「ショーゴ、またきみに会えてうれしいよ」


 尚之はスティーブと挨拶すると、彼とガッチリ握手を交わす。

 ギュッと力を込められる、といったことはなかった。

 スティーブは平和を愛する男なのである。


「それにしても姫小路先生、その格好は一体……」

「今日のお茶会に合わせて新調してきたの。どうかしら?」


 そういって揚羽がスカートの裾をつまみ蠱惑的な笑みを浮かべる。

 少々ドキッとしてしまう自分に腹が立つ。


「どうもなにも、似合ってますよ。まるで絵に描いたように」

「ふふふ、その顔が見たかったのよね」

「満足いただけて何よりです。では会場にご案内しますので」

「よろしくお願いするわ」

「ではスティーブさん、また後ほど」

「ショーゴ、アゲハをよろしくね」


 別れ際、揚羽とスティーブがキスを交わす。

 結構ガッツリしたやつだ。

 身長差が50cm以上あるためか、妙に背徳的な絵面えづらである。


 尚之の心境としては、まあ特に何も感じることはない。

 たまに色気は感じれど、揚羽にはもう友情以上の感情は持っていないのだ。

 二人の抱擁が済むと、尚之は揚羽を二人の待つ会場に案内した。

 

 道すがら、揚羽から結婚の事は公表していないので秘密にして欲しいと言われた。

 編集部や作家には周知の事実なので今更に思ったが、本人の希望なので了承する。


 それにしても、この格好の揚羽を二人に紹介するのは少々気が重い。

 最近、ヒロインのモデル絡みでたまれない気分になることが多すぎる。

 こんなことならリアルの人物をモデルにするのは止めておけば良かったと今更な事を考える尚之だった。



** ruru side **


 尚之が揚羽を迎えに部屋を出ていくと、瑠々は詠海と二人になった。


「やっぱり着替えてくる」

「詠海ちゃん、もうお茶会始まっちゃいますよ!」

「お前、兄にかさしした胸見られて困惑される妹の気持ちわかるの?」

「だ、大丈夫です、そのうち本物に成長しますから!」

「お前適当なこと言ってるとケツの穴に小麦粉ブチ込むからな」

「な、何て恐ろしいことを言うんです」


 瑠々が詠海を必死でなだめていると、ノックの音がなった。

 瑠々が慌てて返事をしドアを開けると、尚之と共に一人の女性が入ってきた。

 銀色の髪に小柄な体躯、毒々しい化粧にゴスロリ調のメイド服。

 その女性を見て瑠々は思った。『ロザリーちゃんだ!』と。


 ロザリーはメイデンハーツ第二章のヒロインで、感が鋭く博識で含蓄のあるセリフをつぶやきがちな吸血鬼の半妖娘である。

 戦闘シーンでも活躍する機会が多く、作者のお気に入りと揶揄されることも多い。

 尚之が連れてきた女性は、そんなロザリーと瓜二つだったのである。


 瑠々は動悸が止まらなかった。

 尚之が連れてきたということは、彼女が姫小路揚羽だということだ。

 つまり、彼女は笑午のお気に入りということになる。


 瑠々の胸がググっと重くなる。が、すぐに意識を現実に戻す。

 メイドを貫く誓いを立てたからには、心を乱してはならない。

 できうる限り丁寧に揚羽を席に案内し、全員分の紅茶を淹れていく。


 準備が整ったところで瑠々も席に座り茶会が開始されることになった。



** yomi side **


 詠海は揚羽を初めて見た。

 最初の印象は「ちっさ」である。多分150cm以下だろう。

 次に感じたことは「ロザリーじゃん」だ。

 銀色の髪、切れ長の大きな目、人形のように形の良い鼻と口。

 どのパーツを見ても漫画のロザリーそのものだ。


 さらに着ている服も漫画と同じデザインのメイド服だ。

 茶会メンバーをおどろかすために、わざわざ作ったのだろうか。

 であるならば、案外お茶目な人なのかも知れない。

 というか、尚之に対し身近な女のこと安易にモデルにしすぎだろ、とツッコミたくなった。


 それにしても尚之から美人だとは聞いていたが、これほど尖った容姿をしているとは思わなかった。

 尚之とくっつけて良いものか一瞬怯んだが、クリエイターとして憧れの存在であることと、尚之が好意を寄せている事実は変わらない。

 ともあれ、まずは揚羽の気持ちを探ってみようと詠海は思いを巡らせるのだった。



** ageha side **


 尚之の部屋に入ると、メイドがいた。

 メイドがいたのである。しかも二人も。


 一人は長袖ロングスカートで目つきが笑午そっくりのメイド。

 もう一人は半袖ミニスカートで常軌を逸した美貌のメイドだ。

 揚羽は「なんでやねん」と心でツッコミを入れた。


 二人のメイドは揚羽を見ると驚いた顔をしたが、すぐに深くお辞儀をした。

 メイド服を着た揚羽も軽く会釈をする。メイドたちの邂逅である。

 揚羽は予想外の展開に動揺しつつ、案内に従い席につく。


 目つきの悪いメイドは笑午の妹だろう。なんせ目元が笑午そっくりである。

 目つきはジトっとしているが、顔は幼く整っているので愛らしい印象ではある。

 そして中学生にしてはずいぶんと発育が良いようである。羨ましくなどは無い。


 であれば、隣の超常的美少女の方はアシスタントの女子高生ということになる。

 彼女をもう一度見てみる。やはり神憑り的に美しい。そしてスタイルも抜群だ。

 何より、彼女を美しく感じさせるのはその所作だ。姿勢が良く体幹にブレもなく控えめでいて華がある。メイドとして完璧である。

 揚羽はもう一度「なんでやねん」と心の中でツッコミを入れた。


 わざわざメイド服まで特注して「漫画のまんまのロザリーが来ました!」という渾身のネタを仕込んできたはずが、揚羽の格好は完全に場に馴染んでいる。ボケ潰しもいいところだ。


 全員が席につくと笑午によってその場にいるメンバーの紹介が行われた。

 揚羽の認識どおり、長袖が妹で半袖が女子高生だった。

 続いて笑午がアシスタントの協力に対する謝辞を述べる。

 笑午の礼の深さから、その感謝が本物であることを感じる。


 それにしても男一人にメイド三人がテーブル席に座る様は非常にシュールだ。

 ジワジワ面白く感じてきて笑午の挨拶中に吹き出しそうになってしまった。

 とにかくこのお茶会、なんだか楽しいことになりそうだと揚羽は感じるのだった。

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