第21話 漫画家とメイド少女、お茶会を開催する ①
** naoyuki side **
土曜の早朝。お茶会当日。
その日は作画もないので瑠々の迎えは不要と尚之は考えていたが、瑠々から茶会の準備のため早めに出勤したいと要請を受けた。
ならば行かないわけにはいかない。
というわけで、尚之は母秋穂のコンパクトカーを走らせ瑠々の家に向かった。
尚之が車を瑠々の自宅前に停車させると、すぐに瑠々と美寿々が家から出てきた。
到着したら連絡することになっていたが、玄関で待機していたようだ。
二人に挨拶をすると、瑠々が前回と同じく助手席に乗り込んだ。
実は尚之はあれから何度かこっそり、運転の練習をしていた。
なので、今日は話をするぐらいの余裕は持ち合わせている。
瑠々も、前回ほど緊張はしていないようだ。
シートベルトを装着し車を走らせると、自然と会話がはじまった。
「朱鷺川さん、昨日は詠海の勉強を見ていただきありがとうございます」
「いえ、詠海ちゃんは優秀なのでとても教え甲斐がありました」
「朱鷺川さんは人と仲良くなるのが得意みたいですね」
「いえそれはないです。私、学校の友達はあやめちゃんしかいませんし」
「そうなんですか? とても意外ですが」
「お話できる男の人も先生だけです」
「えーと、そうですか。まあ、朱鷺川さんなら慣れれば誰とでも話せますよ。ハハ」
それから今日作る菓子の話などをしていたらすぐに自宅に着いてしまった。
瑠々は着替えたらすぐに茶会の準備に入りたいとのことなので、そうしてもらう。
尚之の方は自室で仕事をさせてもらうことにした。
とはいえ溜まっていた仕事もほぼ片付いているので、残っているのは単行本のおまけページや各種コメント、サイン書きなどの軽い仕事だ。
普段は流さない音楽やラジオ番組を聴きながら気楽に作業を行う。
途中、小西からスマホに電話があった。
『おつかれさまですー、先生今平気?』
「ええ、大丈夫です。何でしょうか」
『いやもう参ったよ、僕もうパンク寸前よぉ』
「えっと、何の話です?」
『何ってフェイスタだよ! フェ・イ・ス・タ!』
「あー、まだ冷めてなかったすか」
『冷めるどころか延焼中だよ! もー色々進めてたのにごちゃごちゃになるしさ! 千本柿先生、よりによって何であんな人気アイドルモデルにしちゃったのさ!』
「いや、小西さんも打ち合わせノリノリだったじゃないですか。てかクロフシの方は小西さん発ですよ」
『それはそうだけどさ!! もう愚痴んないとやってらんないのよ!! 色々話したいから今からそっち行っていいかな!!』
「や、今はちと厳しいです。夜ならいいですが」
『カラーの仕事もう終わってるでしょ? まさかデートとか言わないよね』
「ではないですが、ちとまあ、色々あって」
『えぇー。分かったよ。じゃあ夜行くから』
「承知っす」
小西との電話を切り尚之は、ふぅ、と息をつく。
ヒロインのモデルの件で、なにか面倒なことになっているようだ。
相手方から、大きなクレームでも来てしまったのだろうか。
何であれ、小西と頭を下げて回る心づもりぐらいはしておこう。
お茶会に炎上にと、色々と頭の痛くなる尚之なのだった。
** ruru side **
笑午の運転する車の中、瑠々は笑午のぬいぐるみを入れたカバンをギュッと抱きしめる。
すると、心なしか緊張が解けた気がした。
笑午のぬいぐるみとは布団の中で夜どうし語り合ったが、そんな彼が瑠々を頑張れと応援してくれているような気がした。
おかげで今日は緊張しつつも笑午と楽しく会話することができた。
本当に楽しくて移動の時間があっという間だった。
もっと話がしたい、と瑠々は思ったがそれを口にできるわけもないので、大人しく車から降りる。
待機室で服を脱ぎながら、やはり自分は笑午が好きなのだなあと瑠々は改めて自覚する。
フリルなしメイド服に着替えると、瑠々は笑午ぬいを再びギューっと抱きしめる。
メイドに徹すると決めたからには、笑午への気持ちは封印せねばならない。
「では頑張ってきますね」と笑午ぬいに一言告げ、瑠々は一階に降りた。
滝乃と愉快なモフモフたちと掃除を行った後、瑠々はお菓子作りに入る。
リビングには朝食を終えた千垣家の面々が揃っている。
尚之の母秋穂と詠海の姿は見当たらないので、多分まだ睡眠中なのだろう。
瑠々が「台所をお借りします」と断りを入れると、興味を持った文香が手伝ってくれることになった。
正直、労働力の当てにしていた詠海がいないので、手伝ってもらえるのは非常にありがたい。
瑠々と文香がお菓子作りを始めると、光理と鈴々も台所に寄ってきた。
まあ、寄ってきただけで見ているだけのようだが。
今日作るお菓子はスコーン、マフィン、マカロン、クッキー、アップルパイの5つだ。
味も複数用意する予定なので、かなり手際よく作らないと時間的に厳しい。
こんがらないようノートに作業工程表も書いてきた。
文香に見せると、この通り作ればバッチリと、褒めて貰えた。
結局二階から降りてきた詠海と、見ているだけだった光理も巻き込んでみんなで料理を行った。
鈴々も滝乃の監督の元、クッキーの型抜きを頑張ってくれた。
お菓子も順調に出来上がっている。
この分なら、瑠々の理想のお茶会が開催できそうである。
** yomi side **
朝起きてリビングに降りると瑠々が来ていた。
昨日は瑠々に散々数字で殴られたので、彼女の姿を見ると頭痛が痛む。
瑠々は今日の茶会のための菓子作りをしているようだ。
文香も手伝っているようで楽しげに話しながら二人で作業している。
その環の中に、光理もいた。料理はしていないようだが。
自分も菓子作りを手伝うつもりだったが、微妙に入りにくい。
別に詠海は光理が嫌いというわけではない。
一度地雷を踏まれしばらく無視していたら、そのまま疎遠気味になり話しかけにくくなってしまった。
とはいえ共通の趣味も無いので、話したとて会話も続かないと思うが。
どうしたものかと悩んでいると、自分を見た瑠々が嬉しそうな顔ですたたたと歩み寄ってきた。
まるで犬のようだ、と思ったら菓子作りを誘われた。
というか、強引に引っ張られた。
キッチンカウンターに寄りかかっていた光理と目を合わす。
しばし無言で見つめ合ったのち、光理が問うてきた。
「詠海、料理なんてできんの?」
光理のたわいない質問に詠海が答えを返す。
「できるわけないじゃん」
「だよね。あたしも無理だけど」
そんな二人に瑠々が話しかける
「では詠海ちゃんも光理ちゃんも私がサポートしますので一緒に作りましょう!」
「それは素敵やね。女の子同士でお菓子作りだなんて学生時代に戻ったみたい」
「えー。あたしできるかなあ?」「私は別にいいけど」
そんなわけで4人で菓子作りをはじめた。
計量が適当な光理に詠海が突っ込んだり、文香がつまみ食いにしては多すぎる量のクッキーを頬張ったりと色々あったが、菓子は無事完成した。
リビングの家族たちが微笑ましい顔で見てくるのが鬱陶しかった。
途中、様子を見に来た尚之が驚きつつ嬉しそうな顔をしたのも少し気恥ずかしかった。
菓子が完成したので、今度は二階の仕事部屋を茶会仕様に飾ることになった。
瑠々が仕事に使っていた背の低いテーブルとソファを部屋の隅に移動させ、別の部屋にあった四人がけのテーブルを仕事部屋に運び込む。この作業だけは尚之の父尚久と兄尚哉にも手伝ってもらった。
そして瑠々が持参した
瑠々はセンスが良いのか、テーブルを飾っただけで部屋が
詠海も女子のはしくれである。華やかなものを見ると、心がウキウキしてしまう。
が、詠海は自分の格好を見て気がついた。詠海の着ている服は全身で数千円のウニクロコーデである。
この格好で参加するのか、と今更になって焦りを覚える。
もちろん詠海はお出かけ用のオシャレ着なんて持っていない。
光理に借りるか……?
しかし詠海は中二にしては背が高い方なのでサイズが合わない。
ゆえに、恥をしのんで瑠々に相談してみた。
すると、瑠々の瞳がギラリと輝いた。
瑠々は詠海を更衣室部屋に連れていき、服を脱いだ。
詠海はギョッとしたが、瑠々はすぐに別のメイド服に着替えた。
例の淫魔のメイド服である。
そしてさっきまで着ていたメイド服を掲げて瑠々は言った。
「詠海ちゃんにはこの服を着てもらいます!」
「え、小麦粉吸いすぎて気でも狂った?」
「ひどい! 私は正常です! メイド服を勧める理由はちゃんとあります!」
「いや理由とか聞いてないけど。てか着ないけど」
「まず、詠海ちゃんが尊敬する姫小路先生をお迎えするに当たり、その格好はありえません」
「ク、だからどうにかなんないか聞いてんじゃん。ふざけてるならもういいわ」
「いやふざけてなどいません。尊敬する先生を迎えるなら、おもてなしの心が必要なんです。それをもっとも体現できる衣装、それがメイド服なんですよ!!」
「いや、変な人としか思われないだろ。てかマジもういい」
そう言って立ち去ろうとした詠海に、瑠々がすがりつく。
「私、どうしても詠海ちゃんと一緒にメイド服着てお茶会したいんです。お願いします! 私何でもしますから!」
「……。マジで何でもすんの?」
「い、痛いのじゃなければ……頑張りますので」
瑠々の必死な顔を見て、詠海がため息をつく。
「はぁー、わかった。着ればいいんでしょ」
「詠海ちゃん! 好き!」
そうして、メイド服を身に纏った詠海が鏡の前に立つ。
三つ編みお下げメガネメイドの完成である。
背丈もだいたい一緒なので服に違和感も無い。
ある一箇所を除いては。
「だ、大丈夫です詠海ちゃん! ちゃんと自然に見える詰め物も用意してますので」
「何でもするって言葉、覚えてろよマジで……」
** ageha side **
自宅マンションにて、遅く起きた揚羽は朝食をとる。
午後に茶会があるので量は少なめだ。
食後に少しのんびりしてシャワーを浴びてから、化粧台の前に座る。
すっぴんの自分の顔をみれば、相変わらず少女のような童顔である。
その幼い顔を隠すよう、揚羽は毒々しい化粧を重ねてゆく。
そんな彼女に声をかける人物がいた。
金髪碧眼のスマートな青年。揚羽の夫のスティーヴである。
「アゲハ、今日のかえりは何時になりそう?」
「そうね、夕方には終わると思うけど」
「むかえにいくから、かならず電話してね」
「分かったわ」
スティーヴには笑午の家に行くことは告げてある。
彼は平静を装っているが、おそらくずいぶんと心配している。
お茶会を要求した動機が女子高生を雇った尚之へのいたずら心なので、その心配は当たらずとも遠からずだ。
しかし揚羽は笑午とどうこうなろうなどとは微塵も思っていない。
揚羽にとって今の生活は心地良いものであり、守りたいものなのだ。
ただ笑午が女子高生にデレデレしているようなら、ちょっとだけつついて遊んでみようと思っているだけだ。
遊びのネタは用意してある。
笑午の家に行くことが決まってから、知り合いに頼んでオーダーメイドした一品だ。
今の笑午なら、それを見ればきっと楽しい顔をしてくれるだろう。
少女たちの反応も楽しみである。
というわけで、仕込みの済んだ揚羽は、夫の運転する車で笑午の家に向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます