第18話 メイド少女、炎上を報告する

** ruru side **


 火曜夜、笑午の仕事部屋。


 詠海がSNSで応援していた『ヤミマチマロン』と知り、瑠々は詠海に特別な感情を抱くようになった。特別といっても百合の花が咲くような話ではない。

 その感情とは、いうなれば同族意識という言葉が適当だろう。


 マロンはレーティング的に際どいイラストもSNSに投稿しているが、瑠々もそのイラストに恥ずかしいコメントを残している。

 公にできない互いの秘密を共有する関係が、瑠々には悪友のように感じてワクワクするのかもしれない。

 人の傷つくことや悪口などはまず口にしない瑠々だが、詠海に対してはつい軽口をたたいてしまう。


「詠海ちゃんの数学の成績が上がるように、お茶会で出すクッキーは数字の形に焼きましょうか」


 瑠々がそう言うと、詠海が眉をつりあげ瑠々の肩をグーでパンチしてきた。

 結構痛い。というか、初めて人に殴られて驚いた。


「詠海ちゃん痛いです!親にも殴られたことないのに!」

「お前、次テストの話したらグーだからな」

「今もグーでしたけど!?」


 そんなふうにふざけ合いながら詠海と二人で部屋の掃除をしていく。

 本棚、PC周り、照明カバー等のほこりが溜まりやすい場所も丁寧に掃除する。

 部屋が隅々まで綺麗になった頃、笑午から瑠々の携帯に今から帰宅すると連絡が入った。


「先生が帰られるみたいです。ちょっと、エプロン替えてきますね」

「別にそのままでよくね」

「先生にお茶の給仕をするんです。フリル付きじゃないと格好がつきません」


 詠海に何いってんだコイツという目で見られつつエプロンを交換し、お茶の準備をする。

 詠海が紅茶に興味を示したので淹れ方を説明していると、部屋がノックされた。

 瞬間、瑠々が心の犬耳をピンと立ててドアに駆け寄り、開くとそこに笑午が立っていた。


 笑午にソファに座ってもらいお茶を出したところ、美味しそうに飲んでもらえた。

 そんなくつろぎの時間の中、笑午の口から瑠々に衝撃のニュースが伝えられた。

 なんと、瑠々がメイデンハーツのヒロインのモデルに採用されたのである!


 笑午から手渡された紙に描かれていたのは、彼の美しい絵柄で描かれた自分そっくりの少女。

 それを見て瑠々が最初に感じたのは、とにかくその絵が欲しいという衝動的な欲求だった。

 そして無事に絵を手に入れた瑠々が次に感じたのは、モデルに採用された喜びとともに、この子に活躍してもらいたいという親心に似た感情だった。

 残念ながら追加の写真やポーズモデルは保留となったが、この子が漫画の中で輝けるなら、できることは何でもしてあげようと誓う瑠々なのだった。


 その日の深夜、高揚感の冷めない瑠々は、思いきってソロで笑午におやすみのメッセージを送った。

 モデルの件もあり、笑午に対する緊張感が少し薄れているのかもしれない。

 また笑午そっくりの詠海と打ち解けた(瑠々調べ)ことで、距離感がバグってしまった部分もある。

 返信不要と言いつつ返信が無かったらさみしいな、と思っていたら返信があった。

 「おやすみなさい」の一言だけだったが、瑠々は満足感に包まれ眠りにつくことができた。



** ayame side **


 火曜夜。とある芸能事務所本社内スタジオ。


「あやめ、何読んでんの?」


 あやめがレッスンの休憩中、瑠々から借りた『メイデンハーツ』を読んでいると、あやめのグループメンバーである香坂夏凛こうさかかりんに声をかけられた。

 夏凛は黒髪ハーフツインの意志の強そうな瞳を持つ超のつく美少女だ。

 あやめの主観であるが、日本一美しい少女が瑠々だとしたら、二番目はこの夏凛だろうと思っている。


「あ、夏凛。これ?友達に借りた漫画」

「珍しいじゃん、漫画とか。てかあやめ友達いたんだ」

「先週できた」

「くっそ最近じゃん。どんな子?てか何きっかけ?」


 出会ってもう4年の付き合いになる夏凛はあやめが仕事にしか興味を持たないことや、他人と距離をとる性格であることをよく知っていた。

 そんなあやめの口から友達という言葉が出たことに、夏凛は関心をもったようだ。

 ちょっと鬱陶しいな、と思いつつあやめは夏凛の質問に答えた。


「真面目な子だよ。きっかけはお昼を誘われたの」

「えーそうなんだ、てかあやめ今まで昼とか誘われてもぼっち飯貫いてたじゃん。どういう風の吹き回し?」

「普通に気が合いそうって思ったんだよ。てか、今コレ読んでるから後にして」

「ふーん。あっそ」


 あやめがコミックを掲げてそう言うと、夏凛は機嫌を損ねた様子で立ち去っていった。

 夏凛はグループの元気キャラ担当として普段は明るく良い子の仮面をかぶっているが、あやめの前では結構毒を吐く。

 悪口の嫌いなあやめは夏凛のそんな部分に困っていたが、夏凛の負けず嫌いで努力家の部分は好きだし、そのカリスマ性でグループをひっぱる力には尊敬の念も抱いている。

 なので夏凛のストレス発散のため、あやめは普段夏凛の毒吐きに付き合っている。

 が、あのまま話が進むとおそらく瑠々が毒舌の標的にされそうだったので、話を無理やり打ち切ったのだった。


 あやめはそのままコミックを読み続け、瑠々に借りた分の最後の巻を読み終わる。

 感想としては、とても面白いの一言だった。アイドル好きのあやめにとって、美しい少女たちが活躍する話というのは嗜好に合うのかもしれない。

 コミックはちょうどあやめがモデルのソニアというヒロインが登場したシーンで終わっていた。続きがたいへん気になる。


「あ!あやめーメイハー読んでるです!」


 そう叫んだのは同じグループメンバーの長浜ながはまクララだった。クララは日欧ハーフの金髪ロングの美少女で、グループでは天然キャラ担当を割り当てられている。ちなみに彼女は表も裏も天然である。


「クララこの漫画知ってるの?」

「ハイ!わたしメイハー大ファンです」


 そう言ってクララが両手で自分を指差す。

 クララは自他ともに認める漫画・アニメオタクである。

 元々イギリス在住だったクララは日本文化が好きすぎて父方の実家の日本に単身移り住み、挙げ句お気に入りのアイドルゲームに感化されアイドルのオーディションを受け今に至るのだった。


「この漫画友達に借りたんだけど、五巻までしかなくてさ。続き気になるんよね」

「あ、その続きはですね」

「言わなくていいから!」

「そうですか?それならウチに読みにくるですか?」

「じゃ、そうしようかな」


 現在、メンバーは全員同じマンションに住んでいる。グループの関係も良好なのでプライベートでも各部屋を行き来することは多い。

 その日もあやめがクララの部屋に行くと言うと、結局メンバー全員でメイデンハーツの鑑賞会を行うことになった。

 さっきまで不機嫌そうだった夏凛もしれっと参加している。


 あやめがクララの部屋でコミックの続きを読んでいると、メンバーの一人がぽそっとつぶやいた。


「この子あやめーに似てない? あとこっちの子はりんちーに似てる」


 つぶやいたのは妹キャラ担当の八神やがみみちるだ。みちるは低身長でフワフワなツインテ髪のロリ声少女である。

 ちなみに、あやめーはあやめの愛称で、りんちーは夏凛の愛称である。


「あ、ほんまやね。いわれてみたらそっくりやわ」


 みちるのつぶやきに答えたのは、お姉ちゃんキャラ担当の榛名真莉はるなまりだ。

 真莉は西の方出身のゆるふわロングのタレ目美人である。


 二人の会話にあやめは、あ、と思った。

 別にモデルの件は秘密とは言われていないが、自分から公言する話でもないので黙っていた。しかし、目ざといみちるに気づかれてしまった。

 とはいえ、話は似ているというだけのことだ。気づかれたところで何ということはない。


 と思ったが、その日のみちるの公式ブログにあやめとソニア、夏凛とクロフシが似ているという内容の記事が投稿され、それがフェイスタファンの間で一気に拡散していった。

 あやめはみちるのブログにつけられた「千本柿笑午もお星さま(※フェイスタのファン)やったんや」とか「二流漫画家の露骨な推しアピうざ」などというコメントを見ながら、千本柿笑午に心のなかで手を合わせるのだった。



** ruru side **


 水曜昼休み。美化研究部部室。


「あはは、自然にバレちゃったなら仕方ないですよ」

「でも千本柿先生ってウチらのファンじゃないんでしょ?」

「見境なく色んな女の子の写真集使うからです。先生はこの炎上に凝りてアイドルをモデルにするのは控えるべきです」


 そう言って瑠々が腕を組んでフンスと鼻を鳴らす。

 別に炎上はしていない。というか、今回のフェイスタメンバー&メイハーヒロイン酷似事件はほとんどのフェイスタファンには好意的に受け止められている。

 が、瑠々の中では笑午の美少女写真集収集を止めさせる良い機会なので炎上ということにしているのである。


「モデルにするならすぐそばに格好の人材がいるのにね」


 瑠々の心を見透かしたあやめが、からかうような笑顔でそう言ってきた。

 瑠々は「実はもうモデルにしてもらいました」と言いたくてたまらなくなったが、笑午との約束があるので口外できない。

 ごまかすため瑠々は「先生にメッセージします!」と言って炎上の件を笑午に伝えることにした。

 笑午からは『一色さんに「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」とお伝え下さい』と返信があった。

 そして千本柿笑午の自画像キャラクターのキツネ獣人が泣きながら平謝りするスタンプが送られてきた。

 笑午からの意外なスタンプに瑠々とあやめはツボにはまり、二人でケラケラと笑い合うのだった。



 その日の夕方、メイド服に着替えた瑠々は笑午の部屋にビシッと参上した。

 そんな瑠々に笑午からの指令が下る。


「今日は一階で祖母の手伝いをお願いします」


 笑午の部屋も随分と綺麗になり、作画アシスタントの仕事もない。お茶会の準備も前日からで十分。ということで、本日水曜は笑午の祖母の滝乃からの要望で一階の家事を手伝うことになった。

 主人である笑午のそばで仕事ができないのは少し寂しいが、お屋敷のお掃除を任せてもらえるのはとても嬉しい。

 瑠々はエプロンを交換し、意気揚々と滝乃の元に向かった。


 その日はリビング、キッチン、お風呂、廊下、トイレを次々掃除していった。

 頑固な汚れにビャッと洗剤をかけておき、掃除機でズゴゴッとホコリを吸い取り、床をスイーッとモップがけして、洗剤で浮かせておいた汚れをササッと拭き取る。

 部屋を綺麗にしていくのはやはり爽快である。


 様子を見ていた笑午の姪の鈴々と笑午の下の妹の光理も途中から手伝ってくれた。

 戦力としてはまあ、今後の成長に期待というところであった。

 綺麗になった部屋を見て、笑午の義姉の文香が感嘆の声を上げる。

 文香は自分の苦手な掃除をしてもらったことがよほど嬉しかったのか、瑠々をギューッとハグしてきた。

 瑠々は両親ともそこまで強いハグをしたことがなかったので、たいへん驚いた。

 が、人肌って気持ちいいなあ、とそんな感覚を知ってしまった瑠々なのだった。


 文香の勧めでチーズ入りあつあつとん平焼きをご馳走になり、その後は滝乃から解放されてぽっかりと時間が空いてしまった。

 鈴々に一緒にお風呂に入ろうと誘われたが、流石に着替もないので遠慮する。

 光理にはゲームしようと誘われたが、笑午の母の秋穂がアンタは謹慎中でしょと光理を一喝する。

 一階が殺伐とした空気になったので、瑠々は二階に上がった。


 二階に上がると詠海の姿を見かけた。

 というより、瑠々は夕飯を食べ終えた詠海の後を追って二階に上がったのだった。

 自室に入ろうとする詠海を呼び止め、近づいてギューッとハグしてみる。

 すると詠海に「はなせこの淫魔が!」と言われてスネを蹴られた。

 瑠々が痛がっていると詠海は部屋にバタンと入ってしまった。

 多分この後、いつも見ているアニメを見るに違いない。

 後で投稿されたイラストにコメントを残すついでに、暴力反対とダイレクトメッセージも送っておこう。


 そしてこっそりエプロンを交換し、笑午の部屋をノックする。

 返事が無い。中座しているのか作業に集中しているのか。

 瑠々は笑午からノックすれば返事がなくても入室して良い、という許可を貰っている。なので、入ってみる。


 笑午はいつもの席に座っていた。どうやら作業に集中していたようだ。

 液タブを使った作業をしているようで瑠々には気がついていない。

 近くで見学したいが、勝手に覗き見る訳にはいかない。


 邪魔しないよう、瑠々もスケッチブックを広げて絵の練習をすることにした。

 笑午の部屋には絵の教則本や背景カタログがたくさんある。

 その中から空間の描き方という本を拝借し、参考にしながら背景の練習をしていく。


 練習に没頭していると、肩をポンと叩かれた。

 ふりむけばそこに笑午がいた。距離の近さに瑠々の頭に一瞬で湯気が湧く。


「朱鷺川さん、お疲れ様です。終業の時間になりました」

「はいあ、あのっ、おつかれさまでしゅ」


 笑午に対する緊張感が薄れ普通に喋れるようになった気がしていた瑠々だったが、全然そんなことはなかった。


「数日で随分上達していますね。線の強弱もしっかり描けています」

「あの、先生にご指導いただいたおかげです」


 瑠々が照れながらそういうと、笑午が穏やかな顔で「一言意見しただけですけどね」と言って口元を緩ませる。

 それからプチ炎上の件を少し話した。あやめが怒っていないか確認されただけだが。

 瑠々は笑午に、もうアイドルの写真集を集めないようにと言いたかったが、結局本人の前ではそんなことは言えないのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る