第16話 メイド少女、妹の秘密を暴く

** ruru side **


 詠海を攻略すると決心した瑠々は、いかに彼女の好感度を上げるか作戦を練っていた。

 ひたすら話しかけるのは悪手とわかる。

 なぜなら瑠々もそんな事をされたらイラつくからだ。

 ならば、自分にとって嬉しい事は何か。


 自分の嬉しいこと。メイド服について夜通し語り合う。駄目だ。とても詠海が喜ぶイメージがわかない。


 詠海の好きなものが何か考えてみる。

 メイデンハーツは高確率で好きに違いない。

 でなければ、あれだけ丁寧な仕事をするのは難しい。


 それ以外のことは想像もつかない。

 詠海はほとんどリビングに降りてこないし、食事中、雑談もしない。

 着ている服もセーラー服かムニクロ系のシンプルな物のみで、話の取っ掛かりにはならない。


 瑠々がうーんと悩んでいると、笑午に呼ばれた。

 瑠々は心の犬耳をピンと立て、さらに心の尻尾を振りつつ主の元に駆け寄る。

 すると瑠々は主である尚之より、詠海と協力し部屋の片付けを行うようにと仰せつかった。


 詠海と仲良くするきっかけをくれるとは、さすがはご主人様と瑠々は感心する。

 詠海も乗り気でないようだが協力する姿勢は見せている。

 というわけで、早速作業を開始することにした。


 詠海に床の本を拾って棚に適当に積んでもらい、それを瑠々がジャンルごとに並べてゆく。

 詠海は一見やる気がない風に見えるが、仕事を始めるとテキパキと働いた。

 仕事に対する責任感はしっかり持っている娘なのだと、瑠々は詠海にさらに好感を抱く。


 二人いると効率的に作業ができて、どんどん部屋が片付いていく。

 部屋の片側が綺麗に片付いたところで区切りも良いと思い、瑠々は詠海とコミュニケーションをとるべく話しかけてみることにした。

 話題は唯一の切り札であるメイデンハーツについてである。


「詠海ちゃんはメイハーではどのキャラクターが好きですか?」

「は?何突然」


 詠海がじっとりした冷たい視線を向けてくる。

 笑午そっくりで心臓がキュッとなるが、少女的かわいさがあるのでそこまで緊張はしない。

 ともあれ、何か反応を見せてくれないかと瑠々は必死で言葉を並べてみた。


「私はヒロインは全員等しく好きでして、となるとレックくんかライバルのアヴァルかどっち派だという話になるんですが、私はやはりレック派なんですけども、もう少しアヴァルの性格が柔らかくなって、レックくんと一緒に戦うようになったら素敵だなとか思っておりまして」

「はぁ?アヴァルが良いヤツになったら何の魅力も無くなるんですけど」


 そこから瑠々と詠海とで、熱い討論が始まってしまった。

 詠海と仲良くなるための話題だったはずが、瑠々もつい熱くなり持論を声高に主張する。

 結果、ご主人さまである尚之に叱られた。やらかした。


 気を取り直して作業を再開する。

 詠海とは波長が合うのか一緒に作業をしていて気持ちが良い。

 例えるなら二人でリズミカルにモチをついている気分である。

 まあ瑠々はモチをついたことは無いのだが。


 気分が高まった瑠々は再び詠海に話しかけてみた。


「一緒にアシスタントに入って思いましたが、姫小路先生ってびっくりするほど絵が上手ですよね」

「は?そんなの漫画読めばわかんじゃん」

「あはは、実は私揚羽さんの作品は未読でして……」


 瑠々がそう言うと詠海がスイッチが入ったように大きな声を出した。


「はぁ!?アンタ『天使が来たりて』読んでなかったの?!」


 そこから瑠々は詠海に一方的に断罪されることになった。

 どうやら詠海は揚羽の熱狂的なファンだったらしい。

 瑠々が言葉を返せずにあわあわしていると笑午に再び怒られた。泣きたい。


 ともあれ、そこからは一言も喋らず片付け作業を必死で行った。

 瑠々が作業のスピードを上げると詠海も負けじとギアを上げるので終業時には二人とも額に汗をにじませていた。

 おかげで笑午の部屋に散らかっていた本はすべて棚の中に収めることができた。


 瑠々は嬉しくなって戦友である詠海とハイタッチをしようと思って手を掲げたが無視された。

 詠海のつれない態度に切なくなったが、笑午が称賛の言葉をかけてくれたので瑠々の心はすぐに幸福感で満たされる。

 さらに功績に対する恩賞として、笑午の所有する本をそれぞれ三冊ずつ下賜してくれることになった。

 主の心くばりにさらなる忠誠を誓う瑠々なのであった。


 さて、詠海がご褒美の本として分厚い美術書を躊躇なく選んでいるその横で、瑠々の目は本棚のとある一角を捉えていた。

 そこに並んでいるのはアイドルや女優といった美女たちの写真集。

 瑠々は片付けをしていたときから、それらの本が笑午の部屋にあることにモヤモヤとした感情を抱いていたのだった。

 そして気がついたら瑠々は手にしていた。フェイスタの『一色あやめ』『香坂夏凛』、そしてポプラの『さくら』の写真集を。

 そう、それはメイデン・ハーツのヒロインのモデルとなった女たちの写真集。

 瑠々は心のなかで「ごめんね、あやめちゃん」とつぶやき、笑午の部屋からそれらの写真集を排除するのだった。


 小さな罪悪感を抱きつつ帰り支度をしていると、詠海に揚羽の漫画である『天使が来たりて』の単行本を渡された。

 明日までに読まないとお前の座る座布団にブーブークッションを仕込むと言われた。

 この子は可愛い顔をして何て恐ろしいことを考えるんだろう。

 実行されたらたまらないので帰ったら気合を入れて読むことにする。


 ◇


 自宅に帰り『天使が来たりて』の単行本を読む。

 雑誌では流れが解らず難しいと思ったが、続けて読むと複雑なストーリーが把握できて非常に面白い。

 内容としては、いじめられっ子だった少年がエンジェル様(こっくりさんみたいなやつ)の指示に従い凶悪事件を起こす悪魔憑きの人間を殺して回り、その報酬としてエンジェル様から金や幼馴染からの好意や能力などをもらうという話で、読んでいて非常に引き込まれる。


 そして絵が異常に上手い。かなりデフォルメが利いていて個性的ではあるが、関節の位置や影のつき方などが正確なので絵に説得力がある。

 だがいかんせん人死にが多く戦闘シーンがリアルでグロすぎるので、そこらへんはやはり瑠々の趣味には合わないと思った。

 そして既刊分の終盤に進むと主人公に不幸が続くいわゆる鬱展開が続き、そしてその途中でプツリと連載が終了していた。

 『天使』の正体も少年の行く末も解らないままだ。

 非常にモヤモヤしつつ瑠々は眠りについた。


 翌日、昼休みの美化研究部の部室にて。

 瑠々はあやめに『天使が来たりて』の話を振ってみた。


「あやめちゃん、この漫画知ってます?」

「うーん、知らないなあ。私漫画はほとんど読まないんだよね。子供の頃に『アイタマ』は夢中で読んでたけど」

「私も見てた!小さい女の子が変身して歌って踊って事件解決するやつ!懐かしい!」

「それもそういうやつ?」

「事件解決する部分だけは一緒かな。読んでみる?」

「うん。読んでみたい」


 あやめに見せたら面白いけどグロいという、瑠々と大体おんなじ反応だった。

 ついでにあやめにメイハーも布教しておく。

 貸し出すのはあやめの分身ことソニアが登場する五巻までである。


「この五巻の表紙の子があやめちゃんがモデルになった子です。歌がとっても上手なんです」

「へえ。なんかそれ聞いただけで愛着でてきたかも」

「うーん、やっぱり羨ましいです。私もはやくヒロインになりたいですね」

「あはは、それじゃ今日も先生にメッセージ送って印象付けとく?」

「いや、でも、さすがに連日は……」

「やめておく?」

「い、いえ。わ、わかりました。送ります!」

「今日は瑠々一人で写っとこうか」

「いえ、あやめちゃんと一緒じゃないと無理です……」

「ふふ、じゃあ一緒に撮ろう」

「はい!」


 そういうわけで、その日も笑午にメッセージを送ってしまった。

 やはり送った直後はやってしまったと、後悔してしまう。

 今日も既読スルーだろうかと思っていると返信がきた。


 内容は今日は休みにして良いというメッセージだった。

 出勤するつもり満々だった瑠々は、思わぬメッセージに少し動揺してしまう。

 すぐに笑午がいなくても行きたいとメッセージを送ると許可してもらえたので安堵する。

 今日は詠海の姫小路検定があるので絶対行かないといけないのだ。


 ◇


 送迎車にて千垣家に行くと、その日は笑午の母の秋穂が出迎えてくれた。

 文香は保育園のお迎えで今はいないらしい。

 秋穂と仕事や母麻里江のことについて軽く言葉を交わす。

 秋穂が鋭い目つきのまま笑うと、瑠々はついときめきを感じてしまう。


 秋穂と別れ滝乃に挨拶した後、二階に上がる。

 そして待機部屋にてメイド服に着替える。

 今日は笑午がいないのでフリルのないシンプルエプロンだ。


 もう少しメイド服にバリエーションが欲しいなと考えつつ廊下に出ると、すごい勢いの何者かが眼前にいた。


「わわっと!」

「うわッ」


 ドンと衝撃が走り、そして瑠々と何者かがお互いに尻もちをつく。

 顔を確認すると、走ってきた暴走車両はセーラー服の詠海だった。

 詠海の傍らには彼女の持っていたカバンが落ちていて、そしてその中身が床にだぱーっとばらまかれている。


「なんで急にでてくんの!」

「わー!ごめんなさい!」

「あーークソ!それ、片付けといて!」

「か、かしこまりました!」


 詠海は立ち上がりざまそういって慌てて部屋に入っていった。

 何か急を要する大事な用件があるようだ。

 仕方がないので、床に散らばったカバンの中身を拾い集める。


 拾い集める冊子類の中に、瑠々は実力テストの個人別成績表なるものを見つけた。

 名前の部分には、千垣詠海と書いてある。


 国語 96点

 数学 32点

 理科 56点

 社会 82点

 英語 64点


「むむ、よみちゃんは数学が苦手みたいですね。なるほどなるほど」


 冊子類の中には実力テストの答案用紙も入っていた。

 そしてその用紙の余白部分に落書きがされている。


「まったく詠海ちゃんは、テストに集中してください」


 そういいながらその余白に描かれた絵を見た瑠々は固まった。


「あれ、この絵……え、ウソ……」


 その絵柄を瑠々は知っていた。

 瑠々は急いでスマホを確認する。

 画面に写った画像とテストの落書きを見比べてみる。

 やはり、と思った瑠々の鼓動が急速に早くなる。


 ◇


 笑午の部屋の片付けをしていると、詠海が現れた。

 詠海は先程の興奮は収まったようで、今は落ち着いている。


「尚之兄は?」

「今日は打合せで遅くなるそうです」

「ふーん」

「詠海さん、カバンをどうぞ」

「ん」


 詠海が内容物が全て収まったカバンを受け取る。

 その際に瑠々が詠海にある言葉をかける。


「今日のロスブラは面白かったですか?」

「ッ!」


 瑠々の言葉を聞いた詠海が驚き、いつもは半分閉じている目を見開く。

 ちなみに『ロスブラ』とは『ロストブラッド』の略でイケメンがいっぱい出てくる暗めのロボットアニメである。


「まさか部屋覗いてたの?キモすぎなんだけど」

「そんなことしませんよ。火曜日にがロスブラを観ているのは知ってますから」

「な、何で……」

「今日はツイックスにどのキャラのイラストを上げるんです?」


 一拍おいて、瑠々は言葉を続ける。


「――ヤミマチマロンさん」


 瞬間、詠海が明らかに動揺した顔をしながら、声を上げる。


「な、なんでおまえが知ってんだよ!!」

「マロンさん、テスト中の落書きはほどほどにしたほうが良いですよ」


 詠海が「あっ」と声を上げ、しくじったという顔で瑠々を睨み、唇を噛む。


「く!で、でも絵だけでその名前は出てこないはず……」

「フフフッ、マロンさん、私の格好を見て思い当たる人物はいませんか?」


 そういって瑠々がその場で華麗に一回転し、メイド服のスカートを翻させる。


「あ……メイドさん大好き……」

「大正解です!」


 瞬間、詠海の顔が恐怖でこわばる。


「ス、ストーカー……」

「ち、違います!全くの偶然ですよ!二人が同一人物というのもテストの落書きで知ったんですから!」

「チッ、人のテスト勝手に見んなよ……」

「あはは……ごめんなさい。それにしても詠海ちゃんがマロンさんだったなんて夢みたいです!」

「ここでその名前出すなッ!」

「えっと、先生には秘密なんですか?」

「は?当たり前じゃん」

「先生、詠海ちゃんがあんな素敵な作品描いてるって知ったら喜ぶと思いますけど」

「……んなわけないじゃん」


 詠海の暗い表情に瑠々は触れてはいけない何かを感じ、話の流れを変える。


「す、少なくとも、私は詠海ちゃんの作品大好きですし、大ファンですよ?」

「全ッ然うれしくないんだけど」

「ええ!いつも私がコメントすると優しい返信してくれるのに!」

「ていうかメイド大好き、おまえメイハーと他作品のコメントの熱が違いすぎてたまに萎えるときあるんだけど」

「ええっ!そ、それは申し訳ないです!で、ですが知らない作品にはコメントがし難く……」

「大ファンだったらあたしの好きな作品も全部チェックしろよッ!」

「う、あ、ど、努力します……」


 その後、SNSでの互いのハンドルネームについては絶対秘密にするという契約書を交わし、それから一緒に笑午の部屋の掃除を行った。

 掃除中、瑠々が詠海の数学の点数をイジったところ、お返しとばかりにコメントの付け方に対するダメ出しをされたり、マニアックスすぎる姫小路検定を延々と出題されたりして、瑠々はすっかり魂を抜かれてしまった。

 しかし詠海と秘密の関係を持てたことは瑠々にとって非常にわくわくする出来事であり、瑠々は千垣家への通勤がさらに楽しみになってしまうのだった。

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