第14話 メイド少女、自撮りする

** ruru side **


 カニコロを完食した瑠々は鈴々とおままごとに興じていた。

 それと同時に「鈴々と瑠々の家」の客役である光理に質問攻めにもされていた。


「瑠々ちゃんちのパパってアイビス作った人なんでしょ?家にアイビスの服とかバッグとかいっぱいあるの?」

「それはまあ、ありますよ。お父さんのブランドは大人向けなので私はほとんど使いませんが」「るるちゃん、カレーつくるからにんじんきって」

「はい、では包丁をお借りしますね。ザクザク」「瑠々ちゃんてどこで服買ってるの?」「お母さんに連れられてあちこち行くので色々ですね」

「るるちゃん、おやさいいためて」「はい、ではお鍋にお野菜を入れましょう。ジュウジュウ」「瑠々ちゃんってメイクしないの?」

「メイクですか。今は化粧水とフェイスクリームぐらいですね」「るるちゃん、るーいれたからかきまぜて」「はい、ぐーるぐるぐる」

「瑠々ちゃんお化粧しないともったいないよ。ユキ君もそっちのが喜ぶって」「あ、う、確かに先生の前では身綺麗にすべきですが、メイドは慎ましくあるべきでして」

「るるちゃん、カレーできたよ。たべよー」「はい、もぐもぐもぐ。うーんおいしいです」「うわ、瑠々ちゃん顔赤っ。瑠々ちゃんユキ君の話するとすぐ顔赤くなるよね」

「別に先生の話だからというわけでは。というか赤面症なんです。治せるなら治したいです」「るるちゃんもういっかい、カレーつくろ」「はい、では人参切りますねー、ザクザク」

「瑠々ちゃんってゲームやったことある?」「うーん、ほとんど無いですねえ」「今スオッチで野菜くっつけるゲーム流行ってるんだけど一緒にやろーよ」

「ダメ!るるちゃんはりりとあそぶの!」「遊ぶって鈴々、無限にカレー作ってるだけじゃん」「あはは、今日はカレーの日にしましょう」


 光理は鈴々と遊ぶと何度も同じことをやらされるのが嫌らしい。

 瑠々としては鈴々の動きを見ているだけで癒やされるので全く苦ではない。


「瑠々ちゃん、鈴々の相手してくれてありがとうね」


 瑠々が鈴々と光理と話していると、鈴々の母の文香に声をかけられる。


「いえ、鈴々ちゃん可愛いので楽しいです。あの、お昼も美味しかったです」

「お掃除に子守までしてくれる天使様やけん、しっかりおそなえ物しないとね」


 そういって文香がニッコリ笑う。

 その柔和な雰囲気に、瑠々は親しみを抱かずにはいられない。


「私一人っ子で親も不在が多いので、大勢で食事するの本当に楽しいです」

「瑠々ちゃん一人っ子なんだ。そしたら赤ちゃん抱いたことあるかな」

「い、いえ。無いです」

「抱いてみる?」

「は、はいっ」


 瑠々が赤ちゃんの抱き方を教わると、機嫌の良さげな滝乃から文香に赤子が手渡される。

 そして文香の手を経て、瑠々の腕の中に小さな人型の生き物が収められた。


 瞬間、瑠々の脳内が「かわいい」で埋め尽くされる。

 腕の中の小さな生き物の温かさに胸のドキドキが止まらない。

 自身の中の母性がコショコショとくすぐられるような感覚である。

 そして瑠々にとってはその赤子のジトッとした目つきが何よりも愛らしく感じた。


「か……かわいいですぅ……」


 瑠々がため息を吐くように、心からの感想を漏らす。


「ふふ、瑠々ちゃんよくタロ君のこと見てたんで興味あるんかなーとおもーたんよ」

「あはは、見られてましたね。でも本当にかわいいですね、尚太郎ちゃん」


 うっとりする瑠々を見て滝乃も会話に参加する。


「その顔の赤ん坊が欲しいなら尚之に頼んでみりゃいいじゃないか。ま、子供としちゃあんたに似たほうが嬉しいだろうがね」


 そう言って滝乃が不敵な笑みを浮かべる。

 当然の反応として瑠々の頭から蒸気が沸く。


「気が早いですよ、おばあちゃま」


 文香が苦笑しながら滝乃をたしなめる。


「え、瑠々ちゃんとユキくんってやっぱそうなの?」


 好奇心が限界突破したように猫目を見開いて光理が尋ねてくる。


「ち、違います光理さん。先生は私のことは何とも思って無いです!あの私も先生は尊敬していますがまだそういうのではなくて、あの、それは将来一人前のメイドとして認められてその先の話と言いますかその」


 瑠々は尚太郎を優しく抱きつつ、心のなかで手をわちゃわちゃさせて弁明する。

 そんな瑠々の様子を鈴々は不思議そうに眺め、他の千垣家の面々は優しくにやにやと見つめるのだった。


 ◇


 昼食の時間が終わり、午後の作業に入る。

 瑠々が入った時点で仕上げが手つかずの原稿は一枚だけで、後は各人が一枚ずつ完成させれば晴れて脱稿という状況になっていた。

 先輩方に遅れないよう、瑠々も気合を入れて作業に集中する。


 そして二時間後、原稿は無事完成した。

 笑午が見たことがないような晴れやかな笑顔をしている。

 この顔が見れただけでも頑張ったかいがあった、と瑠々は感慨にふける。


 その後は終業の時間まで部屋を片付けることになった。

 まあ、瑠々が笑午にそうさせて欲しいとお願いしたわけだが。

 瑠々はアシスタントの他にも、笑午の前でメイドらしい仕事がしたいと常々考えていたのだった。


 サクサクと本を棚に詰め込んでいく瑠々だったが、とある本を手に取ったときに動きが止まってしまった。

 その本とは言うまでもなく、例の写真集である。

 その本について聞くなら、笑午の機嫌の良い今しかないと考え瑠々は思い切って尋ねてみた。


 結果、どうやら笑午はあやめのファンというわけではないらしい。

 不可解な気分が消失し、瑠々はなんとなくホッとした気分に包まれる。

 あやめについて聞かれたので、友達だと答える。

 笑午には友人であると伝えてよいか、あやめにメッセージで確認してあったのだった。


 が、それを伝えた際の笑午の発言により、大変な事実が発覚してしまった。

 あやめがセイレーンのソニアのモデルだったのだ!!

 ソニアとは笑午の漫画である『メイデン・ハーツ』のヒロインの一人で、歌の上手なショートカットの半妖娘である。


 さらに、フェイスタの夏凛とポプラのさくらもメイハーヒロインのモデルだという。

 フェイスタはフェイバリット☆スターズの略であやめの所属するグループ。

 ポプラはポップンラビッツの略で全員がメイド服で歌って踊るという夢のようなアイドルユニットである。

 フェイスタとポプラは現在、瑠々の二大押しグループと言って良い。


 そんな二人が大好きなメイハーヒロインのモデルというのだから興奮しないほうがおかしい。

 そしてヒロイン三人にモデルが居るなら、メイハーの初期のヒロイン、ロザリーにもモデルがいるのではという考えに至る。

 その疑問を口に出したとき、笑午が言った。


「朱鷺川さんの顔もモデルにしやすいですね」


 その言葉を聞いた瑠々の興奮は最高潮に達した。

 自分もメイハーのヒロインになれるのではないか、と。

 しかしモデルになるなら写真集がなければならない。


 なので瑠々は言った。


「わかりました!あの、それなら明日私の写真も持ってきますね!!」


 と。


 その日の業務を終えた瑠々は、最高の写真集を作るべく自宅に向かうのだった。


 ◇


 家に帰ると美寿々がいた。

 美寿々は最近はほぼ瑠々の世話係なので、瑠々が在宅するときに合わせて出勤して来てくれるのであった。

 今日の美寿々は昨日と違い笑顔で迎えてくれた。


 食事を終えた瑠々は、美寿々に漫画のヒロインになるためセルフ写真集を作りたいと相談する。

 美寿々は話を聞いたときは涅槃仏のような顔をしていたが、ため息をついた後に協力してくれる事になった。


 瑠々はメイド服に着替えると、美寿々に父淳次の高性能カメラを渡し自分を撮るようお願いする。

 カメラを渡された美寿々は、意外とやる気になっている。


 美寿々は実は綺麗な少女を写真に撮るのは大好きなのである。

 マネージャー時代にも麻里江のブログ用の写真は、美寿々が嬉々として撮影していた。

 キラキラした人たちへの憧れは芸能事務所に入ったときから今まで失っていないのだ。


 美寿々は瑠々にメイクを施しいろんなポーズを取らせた。

 美寿々は麻里江を国民的大女優に育て上げた敏腕マネージャーである。

 メイクや撮影の技術に関してもかなり詳しいのだった。


 アップで撮ったりスカートを翻させたり色んな表情や髪型を試してみたりと、美寿々は瑠々の魅力を余すとこなくカメラに収めていく。

 瑠々が他のモデルに負けないために水着でも撮らなくてはならないと訴えると、美寿々はしばし目をつぶり考え込んだ後「やりましょう」といって撮影を続行した。

 二人とも完全にハイになっていた。アイドルの写真集の範疇を超えた、非常に際どいポーズや表情もデータとして記録されてしまっていた。


 撮影終了後、冷静になった美寿々が完全にやりすぎたと反省し、データを消そうと瑠々にメモリーカードを渡すよう言った。

 だが瑠々は血走った目で「私がメイハーに出るにはこれが必要なんです」と言ってカードを後ろ手に隠し渡さなかった。

 美寿々は「業界にいた頃は、こんな娘たちがたくさんいたわね」と言って遠い目をする。

 そして「ま、千本柿先生に見せるだけなら良いでしょう」と言って、美寿々は興奮する瑠々を朱鷺川家に残し、自宅に帰った。


 ◇


 翌日朝。一晩かけて冷静さを取り戻した瑠々は、改めて画像データを確認した。

 明らかにR15指定である。こんなものはとても笑午に見せられない。

 そう思いデータを消そうと思ったが、写真自体は我ながらとても魅力的であった。


 自分はカメラの被写体には向いていないと思っていたが、顔も赤くならずに色んな表情を見せている。

 あやめの写真集と比べても遜色ないほどの良い写真たちだ。

 笑午に是非見てもらいたい。でも見せられない。でも見せたい…………。


 気がつけば瑠々の手は全てのデータをUSBメモリに移していた。

 移してしまったならこのまま渡すしか無い。

 瑠々はノートPCからUSBメモリを引き抜き、そのままメイド服のポケットに仕込むのだった。


 学校に行くと教室にあやめがいたので彼女の元に直行する。

 そして面接に受かったことを伝えて感謝を述べる。

 教室なので詳細は伝えられなかったがあやめは笑顔でおめでとうと言ってくれた。


 瑠々は休み時間のたびにあやめの元に行って、話せることだけかいつまんで話した。

 学校に友達がいるって素晴らしい、と瑠々は学校生活11年目にして知ることになった。


 昼休みになると瑠々はあやめを連れて美化研究部の部室に行く。

 そこで瑠々はあやめに堰を切ったようにダーッとこの週末にあったことを話した。


「瑠々ってばメイド服着てアシスタントしてるんだ。なんかスゴイことになってるね」

「そりゃもうスゴイことですよ。メイド服着てメイド服描くなんて一生叶わない夢だって思ってたんですから」


 瑠々は興奮して上履きを脱いでパイプ椅子の上に立っている。

 あやめはそんな瑠々を見て、終始可笑しそうに笑って話を聞いていた。


「先生、あやめちゃんが友達だって言ったらちょっと驚いてました」

「あはは。じゃあ千本柿先生に私と瑠々で一緒に撮った写真送ってみる?」

「写真とか平気なんですか?」

「ホントはダメだけど、まあ相手が有名人なら黙認されてる感じ。それに信用できそうな人なんでしょ?」

「はい。時々怖いけどすごく優しくて大人で頼りになる人です」

「うーん、ちょっと美化してる気もするけど、まあいいか。じゃあ撮ろっか」


 そうして笑午のもとにあやめとのツーショットが送信された。

 すぐに送って大丈夫だったか心配になったが、あやめが「これで怒ったら器小さい人だよ」といって笑っていたので謝罪文は送らないでおく。

 

 ◇


 放課後、瑠々は学校の制服を着たまま仕事場である千垣家に出勤した。

 玄関では文香が迎えてくれて「制服!ブレザー!女子高生!かわいかー!」と頭を撫でられた。

 鈴々も瑠々の新たな装いに目をキラキラさせている。


 そのまま二階に上がってメイド服に着替える。

 メイド服のポケットには際どい写真の入ったメモリースティックが入っている。


 心臓の鼓動を早めながら瑠々は笑午の部屋に入った。

 まずは昼間のメッセージについて謝っておく。

 すると笑午が笑って問題ないと言ってくれた。


 目が笑っていない気がして冷や汗が止まらなかったが、怒られはしなかったので安心する。

 そして件のUSBメモリを笑午に手渡す。

 あああ!渡しちゃったあああ!やっぱり返してえええ!と心のなかで叫ぶがメモリはもう笑午の手の中だ。


 今すぐ笑午に画像を確認してもらいその反応を見たいが、仕事があるのでそんなことはできない。

 少しでも笑午に好印象を持ってもらおうと、瑠々は気合を入れて片付けに入った。


 少しすると笑午の部屋がノックされた。

 瑠々が「出ます」といって扉を開けると、そこには黒い長袖セーラー服を着た詠海がいた。

 その顔を見た瑠々は、ぱあっと明るい顔をして詠海を迎え入れる。


 瑠々は詠海と仲良くなりたかった。

 笑午の妹で自分と同じアシスタントをしているとあれば、良好な関係を築きたいと思うのは当然である。

 また瑠々にはあやめという友達はできたが、一緒に絵を描く友達というのがいなかった。

 詠海とならメイデンハーツの話をしながら一緒にお絵かきしたりできるのではと期待していた。

 そして何より瑠々にとっては詠海の顔がとてもハートに響く造形だった。

 三編みおさげの綺麗な顔立ちに収められたあのジトッとした目がたまらなく愛おしく感じるのである。


「詠海さん、こんにちは。あの、千本柿先生のアシスタントに入った朱鷺川瑠々と申します。よろしくお願いします」


 そう言って瑠々が頭を下げる。

 詠海は「ども」とだけつぶやき瑠々の横をするりとすり抜けて笑午の元に歩いて行った。

 どうやら詠海の方は瑠々と仲良くするつもりは無いらしい。


 その塩ともいえる対応に、瑠々は少しの寂しさを覚える。

 だがしかし、それと同時に瑠々の心に今まで経験したことのない感情が芽生えた。


 攻略したい。


 それは今まで瑠々が誰にも感じたことのない欲求だった。

 あやめに対する仲良くなりたいとも、笑午に対する認めてもらいたいとも異なる感情だ。

 瑠々は笑午と無表情で会話するメガネっ娘に向かって、熱い視線を送るのだった。

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