第4話 メイド少女、告白する
** ruru side **
瑠々は衝動的にスマホを手に取りヨッシャー編集部の電話番号を打ち込む。
が、通話ボタンを押す前に我に返る。
「い、いやダメです。私にアシスタントなんて無理です。漫画だって描いたことないのに」
瑠々は人形のような端正な顔をフルフルと横に振って、スマホに打ち込んだヨッシャー編集部の番号を削除した。
しかし瑠々の胸の鼓動は高鳴ったまま落ち着かない。
瑠々は立ったり座ったり、部屋を歩いたり雑誌を手に取り巻末コメントを眺めたりと、挙動不審な動きを繰り返す。
自分が最も尊敬するクリエイターの元でその方のお手伝いができるかもしれない。
そう考えると瑠々はいても立ってもいられなかった。
「試しに未経験者でも大丈夫かだけでもきいて……いえ、どちらにしても両親と学校の許可はいりますよね……」
自分で言った両親と学校の許可という言葉に対し、瑠々の頭に大きな「無理」の文字が浮かんだ。
考えたら瑠々が千本柿笑午のアシスタントを務めるには障害が多すぎる。
そもそも瑠々は高校生であり就労時間に制約があるため、スタッフとして倦厭される可能性が高い。
そして瑠々の学校は原則的にアルバイトを認めていないため、許可をもらうための特別な理由が必要になる。
それにアシスタントをやるなら他の習い事や学習塾を辞めねばならないし、仕事場にどうやって通うのかも考えなければならない。
そして男性に囲まれる環境で仕事をしないといけない可能性もある。
芸能社会に揉まれてきた母はともかく、父は安全面から許してくれそうにない。
それでもその巻末コメントに書かれた千本柿笑午からの誘いの言葉は、瑠々にとってあまりにも魅惑的すぎた。
瑠々がベッドにバタリと倒れ込む。
「誰かに相談したい……」
悶々とした感情を抱える瑠々の頭に、相談相手として一人の人物が思い浮かんだ。
** ayame side **
4時間目の終了を知らせるチャイムが鳴り教師が教室を出ていくと、途端に教室が少女たちのざわめく声に包まれる。
一色あやめは周囲の生徒と同様、昼食に向かうため席を立とうとした。
だがそれを遮るように、あやめの目の前に一人の少女が現れた。
「い、一色さん、よろしかったらあの、私とお昼をご、ご一緒していただけないでしょうか?」
一人の少女があやめを昼食に誘ってきた。
その少女のことをあやめは知っている。
クラスメイトだからではない。
あやめはその少女以外のクラスメイトに関しては、顔と名前を覚えていない。
あやめがその少女を知っていた理由は二つある。
一つは、その少女が人生で出会った人間の中で最も美しい容姿を持っていたから。
そしてもう一つは、あやめがその少女とたびたび目が合うからである。
その少女の名は朱鷺川瑠々。
女優の朱鷺川麻里江と世界的デザイナーである朱鷺川淳次の一人娘だ。
成績優秀で運動能力も高く、所作に品があり気立ても良い。
教師たちからの覚えもめでたく、同級生からも憧憬の眼差しを向けられている。
非の打ち所が無いとはこの少女のためにある言葉だろう。
しかしながら、この少女にも弱点はあった。
それは緊張すると顔が耳まで真っ赤に染まり、言葉にも詰まるという性質である。
今まさに、あやめの目の前にいる朱鷺川瑠々がその状態であった。
「あの、私ずっと、い、一色さんとお話したいと、思っておりまして……。い、いかがでしょうか……?」
「うん、別にいいよ」
「ほ、本当ですかっ、あ、ありがとうございますっ」
朱鷺川瑠々が赤い顔のまま安堵の笑みを浮かべる。
あやめは告白でもされたような気分になり、妙なときめきを感じてしまった。
あやめは基本的に同級生からの様々な誘いをすべて断っていた。
同級生と会話したところでメディア記者のような質問を延々されるだけだし、話してはいけないことに気を使いながら質問に答えるのも煩わしいからだ。
しかしそんなあやめも朱鷺川瑠々とだけは話をしてみたいと実は思っていた。
朱鷺川瑠々は愛想は良いが、他人と深い関係を持とうとしない。
もしかすると完璧な外面を備えた彼女は、人に言えない面白い秘密でも抱えているのではないか。などと思ったからだ。
結局はあやめも同級生と同様、気になる存在の内情というのは好奇心の対象なのである。
「でも朱鷺川さん、いつも一緒に食べている人たちはいいの?」
「あはは、それはまあ、大丈夫です。ま、まだ進級したばかりでグループも固まっていませんので」
「あの子たち、すごくこっち見てるけど」
「あははは。わ、わたしいい場所知ってるんです、そこに行きましょう」
「いいけど」
あやめが立ち上がり昼食の入った小さなトートバックを手に持つと、あやめの開いている方の手を朱鷺川瑠々がぎゅっと握ってきた。
あやめは少々驚いたが、朱鷺川瑠々はかまうことなくあやめを引っ張りながらずんずんと歩き出す。
朱鷺川瑠々は恥ずかしがりのくせに妙に大胆なところがある。
周りが見えなくなっているだけ、ともいうが。
そんな彼女のちぐはぐさに、あやめはつい笑みを溢してしまった。
朱鷺川瑠々は初め職員室に立ち寄り鍵を借り、それから特別教室棟の三階にある小さな部屋にあやめを連れ込んだ。
その部屋には長テーブルが二つ並び、そこにパイプ椅子が1脚収まっていた。
部屋の壁には畳まれた長テーブルと椅子が立てかけてあり、部屋の一角の棚には様々な掃除用具がきれいに収納されている。
瑠々はあやめに座るよう勧めると、自身も折りたたみのパイプ椅子をひろげてあやめの対面に着席した。
「朱鷺川さん。ここって何の部屋なの?」
「ここは美化研究部の部室です」
「美化研究部? って何をする部?」
「お掃除です」
「掃除っ。そ、そんな部活あったんだ。朱鷺川さんは部員なの?」
「はい。でも部員は私だけです」
「えっと、他の人は辞めちゃったの?」
「いいえ、入ったときから私一人でした。私、お掃除が好きなので部活案内のしおりに美化研究部を見つけて張り切って入部したんですけど、先輩もいないし同級生も誰も入らなかったんです」
「そ、そうだったの」
「顧問の先生も運動部と掛け持ちなのでほとんど来ません。というか存在を忘れられている気がします」
「えっと、活動はしているの?」
「はい。でも私は習い事があるので放課後はあまり活動できません。なので昼休みに校舎の気になるところを掃除しに行っています」
「そんなことしてたのね……」
「はい、なのでここの部屋は私の貸し切り部屋なのですっ」
そう言って瑠々が得意げにその大きな胸を張った。
完璧超人の瑠々が少々残念に見えてしまうのはあやめの気のせいに違いない。
テーブルにそれぞれ昼食を出し、食べ始める。
あやめはコンビニで買ったパンとミルクティー、瑠々は綺麗な手作りのお弁当だ。
「朱鷺川さんのお弁当、綺麗だね。誰が作ってるの?もしかしてお母さん?」
「あはは、お母さんは家事は全然やらないです。お弁当は家政婦さんが作ってくれています」
「そうなの。その人料理上手なんだね」
「はい、私の家事の師匠なんです」
そこから食事をしながらそれぞれのプライベートについて軽く話をする。
あやめの家は母子家庭で、芸能活動を始めるまでは裕福とは程遠い生活だった。
が、あやめの所属するグループが売れ始めると事務所がセキュリティ付きのマンションを用意し、学費も事務所が負担しあやめはこの学校に編入することになった。
「一色さん、すごく期待されているんですね」
「ここまでされたら、ちょっと怖いけどね」
「怖い?」
「うん。今の人気が無くなったらって考えると、怖いよ」
「一色さんでも、怖いことってあるんですか」
「そりゃあるよ。むしろ私、臆病だから」
「臆病……。あ、あの、一色さんっ」
「何?」
「アイドルやってみて、良かったですか?」
瑠々の表情は真剣だった。
あやめは質問には答えず、ふと思いついた疑問を瑠々に投げかけた。
「朱鷺川さんも、アイドルやってみたいの?」
「いえっ、あのっ、私はそうではなくてっ」
瑠々が真っ赤な顔で手をワタワタさせながら否定する。どうやら違ったらしい。
瑠々が自分と同じグループに入ったら楽しそうなのに、とあやめは少し考えたがそれは黙っておく。
「ええと……アイドルはやって良かったと思ってるよ。元々やりたいことだったし、普通に生活が楽になったしね」
「やっぱり、やりたいことはやってみたほうが良いでしょうか……?」
「やりたいことがあるの?」
「あ……あの……じ……じつは……」
そう言って瑠々が言葉に詰まりつつも彼女の事情を話し始めた。
「なるほど? メイドになる代わりに漫画アシスタントになりたいんだ……?」
「は……はい……それを親に打ち明けるかどうか悩んでおりまして……」
話を聞いたあやめは思った。朱鷺川瑠々は想像以上に変な子だった、と。
そして、想像以上に面白い子であると。
あやめはメイドも漫画制作も馴染みがなくその魅力は分からないが、自分がアイドルに対して抱いていた憧れと同じだと思えば瑠々の気持ちは理解できた。
おそらく瑠々の気持ちは決まっている。
最初の一歩を踏み出すために、誰かに背中を押して欲しいのだ。
瑠々が自分にその役を任せてくれたことが、あやめは嬉しかった。
あやめは椅子から立ち上がり、瑠々のもとに歩み寄り、瑠々の手を取って、瑠々が欲しいであろう一言を発した。
「朱鷺川さん、やってみなよ」
「い、一色さん……」
「朱鷺川さんの親も心配で反対するかもしれないけど、真剣にお願いすれば気持ちは伝わると思う」
「うう、そうでしょうか」
瑠々の目にじんわりと涙が浮かんだ。
「私もアイドルになること、初めは親に反対されたけど、どうしてもやりたいことだからって説得したの。そしたらわかって貰えた。朱鷺川さんの親が許可してくれるかはわからないけど、言わなきゃ何も伝わらないから」
「そ、そうですよね……わ、わかりました!私、今日の夜両親に話してみます!」
「うん。頑張ってね、瑠々」
瑠々の真剣な表情に親しみが湧き、あやめは気づけば彼女を名前で呼んでいた。
あやめに握られていた瑠々の手が、今度はあやめの手を握り返してくる。
「ありがとうございます……。その……あやめちゃんっ」
瑠々が顔を耳まで赤く染めて、あやめの名を呼び返す。
妙に照れくさくなって、あやめと瑠々は互いにはにかみ合ったのだった。
** ruru side **
その日の夜、瑠々は食事を終えたあと、緊張の面持ちで両親に言葉をかけた。
「お父さん、お母さん、お話があります。どうか聞いて下さい」
「どうしたんだい瑠々、ずいぶんとかしこまって」
「話してごらんなさい、瑠々」
瑠々の切迫した表情に、父と母も表情から笑顔を消す。
二人の顔を交互に見つめた後、瑠々は大きな声で告白した。
「わ、わたし、メイドが好きなんです!」
「メ、メイド? る、瑠々、一体どうしたんだい?」
「続けなさい」
父は混乱しているが母は無表情のまま話を促した。
瑠々は告白した。己の内のすべてを。
子供の頃からメイドが好きだったこと。
主人を見つけてメイドになりたかったこと。
それが無理ならメイドカフェのスタッフかメイド本の創作がしたかったこと。
そんな中、創作メイド界の巨匠、千本柿笑午がアシスタントを募集しているコメントを見つけたことを。
「メイド……漫画アシスタント……瑠々がそんな思いを抱えていたなんて……」
父親が混乱するが、隣りにいた母親はいつの間にか微笑みを浮かべていた。
「フフ、ようやく言えたわね、瑠々」
「お母さんっ」
「麻里江っ」
「私はあなたが小さな頃からメイドに憧れていたのは知っていたわ。あなた、私の出ていた『メイド大作戦』がずいぶんとお気に入りだったものね」
「『メイド大作戦』!。知っているよ!麻里江の映画デビュー作だろう?私もあの作品で麻里江を知ったんだ。瑠々はあれを見てメイドになりたくなったのかい?」
「はい!あの映画でお母さんが演じていた晶は強くて優しくて可愛くて本当に最高のヒロインでした」
瑠々がキラキラした瞳で遠くを見つめる。が、すぐに我に返り話を本題に戻す。
「というわけで、千本柿笑午先生のアシスタントに応募していいでしょうか?」
「瑠々がそこまで本気ならパパは応援するよ。そう約束したからね。でも瑠々の安全についての口出しはさせてもらうよ」
「私はあなたが本音を言えたらいつでも力になるつもりでいたわ」
「お父さん、お母さん、ありがとうございます! 大好きです!」
「それじゃあ学校に許可を取りに行かないといけないね」
「そうね、あなた。たまには親としての仕事もしましょう」
瑠々の両親は必ず学校に「うん」と言わせると張り切っている。
親子三人で掛け合えば学校も説得できるかもしれない。
そう思ったら瑠々の希望がいよいよ現実味を帯びてくるのだった。
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<朱鷺川家>
<瑠々の友人>
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