第3話 漫画家、家政婦を求める

※人物がいっぱい出ますが適当に流し読んで下さい。

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** naoyuki side **


「いやー先週は無事生還できて良かったねえ」

九頭谷くずや組の皆さんに協力いただいたおかげです。あのヘルプが無ければ確実に落としてましたよ」

「それは感謝しないとね。そういえば千本柿先生も九頭谷軍団の一員だっけ」

「はい。半年アシに入っただけなんですけど、今でもすごく良くしてもらってます。飯奢ってもらったり」

「九頭谷先生、面倒見いいからね。あの人には編集部も頭上がらないよ」


 尚之は度重なるトラブルに見舞われながらも、無事に一週間を乗り切った。

 尚之と同じヨッシャー連載陣の漫画家、九頭谷やすひこが急遽作画の救援に応じてくれたためである。

 九頭谷は自身だけでなく、彼のアシスタントチームにも声をかけて尚之を助けた。


 『今度また一緒に麻雀しようや。それでチャラな』


 そう言って彼はリモートの画面を切った。

 九頭谷のあふれる男気に尚之は胸を熱くしたのだった。


「次回もヤバかったら声かけてって言っていただきましたが、流石に何度も助けてもらう訳にはいきませんね」

「そうね。九頭谷先生、普通に連載二本抱えてるし」

「小西さん、アシさんの応募の方はどうですか?」

「いや、応募が来ないわけじゃないんだけどね。採用基準満たす人がいなくて。もう少し基準甘くしようか?」

「いえ、そのままでお願いします。現状、指導に時間取れませんので」

「そっか。知り合いの作家さんでヘルプ頼めそうな人いる?」

「今週も危ないようなら姫小路先生にお願いしてみるつもりです」

「姫小路先生かあーー。彼女連載終わっちゃったばっかりだけどねぇ、うーーん」

「多分、頼めば文句言いつつ助けてくれると思います。借りを作るのは怖いですが」

「まー、千本柿先生と姫小路先生、同期デビューで仲良いしね」


 姫小路揚羽(ひめこうじあげは)は尚之とほぼ同時期にヨッシャーで連載デビューした女性漫画家である。

 尚之の一週前に連載デビューしたので彼を後輩扱いしてくるが、読み切りの掲載は姫小路より尚之のほうが早いので尚之は自分が先輩だと主張している。

 姫小路は線の細い美麗なキャラと陰鬱な世界観、そしてグロすぎる戦闘シーンが特徴の漫画家である。

 尚之と同時期にスタートした作品の連載が続いていたが数週間前、読者アンケートの結果を受けて打ち切りの運びとなってしまった。

 励ましのメールを送ったら呼び出されて散々愚痴を吐かれたものである。


「ともかく、良い人いたらすぐ連絡下さい。問題なければ即入ってもらいたいので」

「了解」


 ◇


 いつものメイドカフェでの打ち合わせを終えて尚之は自宅に帰る。


 玄関を開けてすぐ左に位置する日当たりの良い洋間で祖母の滝乃(たきの)が洗濯物を畳んでいた。

 滝乃は右足を悪くしており、たいていはこの場所で縫物や家事をしている。

 テーブルには茶トラと三毛の2匹の猫が横たわり滝乃の足元には一匹の大きな白い犬が寝ている。


「帰ったのかい」

「ん。ばあちゃん、体の具合は?」

「今日は温かいからずいぶんと楽だねえ」

「そう。文香(ふみか)さんは?今日退院って言ってたけど」

「帰ってるよ。まったく倒れるまで働くこたないのに」

「文香さん、表に出さないからな」

「尚久はこれから仕事かい?あんまり無理するんじゃないよ」

「ん。ばあちゃんもね」


 滝乃の右足が悪くなったのは2年前のことだ。

 家事をしていたら歩けなくなり病院に行ったら関節症と診断された。

 それ以来、滝乃は歩くときに松葉杖を使っている。

 医者からは車椅子を進められているが、まだ自分で歩けると言ってそれを拒んでいる。


 滝乃は夫である祖父には先立たれていて今は未亡人だ。

 猫のトラとミケ、犬のマサツグは基本滝乃のそばを離れない。

 大変な苦労人で家族皆、滝乃には頭が上がらない。


 滝乃と別れ二階へ上がろうとした尚之は、廊下で兄の妻である文香に会う。


「あ、文香さん。具合はどうですか?」

「尚之くん、おかえりなさい。この通りもう元気一杯だよ。心配かけてごめんね」

「いえ、具合悪くなったらすぐ言ってください。家事は分担すればいいですから」

「ありがとう。みんな大事な仕事抱えてるけん、私も頑張ろうと思って張り切り過ぎちゃった。反省だね」


 そう言って文香が照れたように舌を出す。

 文香は西日本のさらに西の方出身の、笑顔に愛嬌のある美人さんだ。

 多少ふっくりとしているが、大抵の人にはそれも魅力的に映るだろう。

 本人は完全に標準語を喋っているつもりだが所々に故郷の訛りがまじっている。


 文香は二人の子がおり、下は1才の男児、上は4才の女児である。

 パートにも出ていて、今は仕事・家事・子育てで多忙な毎日を送っている。

 料理は作るのも食べるのも好きで凝り性だが、掃除や洗濯はあまり好きではないようでそのへんの仕事は大味である。

 以前は家事の大部分を滝乃が担っていたが、滝乃が足を悪くしてからは文香の負担が大きくなっていた。


 文香と話していると一階の最奥の部屋から目付きの悪い中年女性が出てきた。

 尚之の母、秋穂である。


「文ちゃん、今日はあたしが保育園迎えいくわ」

「お義母さん、私もう完治したので私が行きますよ」

「大丈夫、仕事なら一段落したから。今日は黙って言う事ききんさい」

「うう、それなら今日はお願いします」

「まかせといて」


 秋穂はフリーのシナリオライターで基本的に常に締切に追われている。

 扱うコンテンツはドラマ・ゲーム・アニメと様々だ。

 若手の漫画家である尚久としてはストーリーの進め方について学ぶ点も多い。

 尚久が漫画家になったのも母親のサブカル好きの影響が大きいと言える。


 そんな秋穂だが家事はほとんどやったことがない。

 千垣家の子供達は皆秋穂ではなく滝乃に育てられたといっても良い。

 そんな秋穂を千垣家では誰も非難しない。

 家事は滝乃が完璧にこなすし、秋穂が仕事に全力であることを知っているからだ。

 尚之の父がプロポーズした際、家事はしなくていいと押しに押した経緯もある。

 そして秋穂に家事を任せない最たる理由は、彼女が破滅的に不器用であるからだ。

 そんな秋穂も孫は可愛いようで、尚之の兄の子の世話だけは積極的に行っている。


 保育園に向かう秋穂を見送ると、尚之は二階の自室に戻る。

 物が散乱したままの部屋を見てため息をつくが、片付けている余裕はない。

 アシスタントがいない分、作画に時間をかけねばならないのだ。


 仕事に集中しているとダダダダダっと階段を駆け上がる音が聞こえてきた。

 多分双子の妹のうち、上の妹の詠海(よみ)だろう。

 詠海は中学二年生の女子でいわゆるオタクというやつである。

 火曜日は好きなアニメの再放送があるらしくダッシュで帰宅してくる。


 基本自室から出てこないので部屋で何をしているのかはわからない。

 詠海は絵を書くのが好きで尚之のデビュー当初から作画の手伝いを任せている。

 もちろん有料である。


 自室で仕事を続けていると一階から女の子の甲高い声が響いてきた。


「ゆきくん、よみちゃん、ごはんだよぉーーーーーー」


 姪の鈴々(りり)の声である。

 呼びかけに応じ部屋を出ると、隣の部屋から妹の詠海も出てきた。

 黒髪に三つ編みお下げで黒縁メガネという模範的な地味娘スタイルである。


 詠海は顔の作りは良いが、目がジトッとしているので怒っていると勘違いされる。

 尚之と同様、明らかに秋穂の遺伝子を受け継いだ顔である。

 二人で階段を降りつつ言葉を交わす。


「詠海、今週もキツそうなんだけど手伝い頼めるか?」

「いいけど。あんまこまいのはヤダ」

「アシ見つかるまでは省エネモードでやるから。下書きできたらクラウド入れとく」

「ん」

「そういや、光理(ひかり)は?」

「さあ?」

「一緒に帰んないの?」

「帰るわけないじゃん」

「そうか」


 光理とは尚之の双子の妹の下の方だ。

 詠海と光理は仲が良くない。

 険悪という訳では無いが互いに理解できない存在として距離を置いている感じだ。


 詠海はオタクで光理はいわゆる陽キャというやつである。

 詠海は服装も地味で髪も黒髪三つ編みオンリーだが、光理は髪を明るくしてうっすら化粧もしている。

 双子ながら相対する存在といって良い。

 とはいえ二卵性の双子なので正反対でも不思議ではないが。


 一階に降りリビングに入ると、料理を並べる文香さんと秋穂、ソファで赤子を抱く滝乃、TVの前で子供番組を見る鈴々、滝乃の足元に寝そべる犬、その周りでじゃれ合う猫という画が目に映る。

 千垣家によくある風景だ。


 滝乃の抱く目つきの悪い赤子は文香の息子の尚太郎である。

 姪の鈴々は文香に似て愛嬌いっぱいの美しい顔立ちだが、尚太郎は完全に秋穂の顔が隔世遺伝してしまっている。

 尚之は同じ系統の顔として同情を禁じえない。


 文香が病み上がりのため今日の夕食はスーパーの惣菜が多めである。

 尚之と詠海がテーブルに座ると、尚之の母親の秋穂がリビングに入ってきた。


「文ちゃん、光理まだ帰ってない?」

「今日も遅いみたいですね。詠海ちゃん、なにか知っとう?」

「さあ。友達とカラオケでも行ってるんじゃないですか」

「もう7時になのに、心配ちゃね」

「まったく、光理とあとで話さなきゃ」


 尚之の妹の光理は最近帰りが遅い。

 光理は小学校の頃からバスケットをやっていたが、中一のときに手首を痛めてから部活に行かなくなってしまった。

 中二に進級してからは帰宅部の友人と放課後遊び歩いているようだ。


 光理はイケメンダンディな父親似の系譜で、猫目が印象的な美形であり周囲にちやほやされがちである。

 このまま交友関係が派手になっていき、いずれはギャル化していくのではないかと尚之は心配している。

 とはいえ、光理の人生は彼女のものなので好き勝手に生きている尚之が口を出すつもりはない。


 夕飯を食べ終わる頃に光理が帰ってきた。


「ただいまー」


 クセのある栗色のポニテ髪を揺らし光理がリビングに顔を出す。


「光理ちゃんおかえり。ご飯はたべよっと?」

「あ、文ちゃんごめん。あたし食べてきちゃった」


 脳天気な光理の返事に秋穂が眉尻を釣り上げる。


「光理、食べたなら連絡入れなさいよ。文ちゃんあんたの分も作ってくれてるのに」

「別に食べたくて食べたわけじゃないし。友達が頼んだの食べきれないとか言うんだもん、しょーがないじゃん。てか謝ってるし」

「まったくあんたって子は――」


 秋穂と光理の言い争いが始まったので、尚之は食器を洗って二階に上がった。

 最近よく見る光景なので皆さほど気にしない。


 部屋に戻り仕事に没頭していると、午後十時を回っていた。

 小腹がすいたのでカップ麺でも食べようと一階に降りると、ダイニングテーブルに白髪交じりのダンディな中年と、凛々しい顔つきのイケメンが晩酌をしながら会話していた。


 中年が尚之の父、尚久。

 イケメンが尚之の兄、尚哉である。


 尚久は今年50歳で巷では一流と言われるホテルに勤務している。

 礼節には非常に厳しい父親で、光理も父の前では良い子を演じている。


 兄の尚哉は尚之の4つ上の27歳。

 昔から頭の出来がよく有名大学を出た後、業界トップの旅行代理店に入社し若きエースとして活躍している。


 尚之が二人に挨拶をしてカップ麺に湯を注ごうとしたところで、父親に呼び止められた。


「尚之、少し話がある。そこに座りなさい」


 言われた通り兄の横に座る。


「じつは尚哉が、来月から海外に単身赴任することになった」

「え、本当か、兄貴。文香さんと子供はどうするんだよ?」

「俺も連れていこうか散々に悩んだ。だが俺の赴任先がちょっと治安に懸念のある場所でな。考えた末、安全なこの家に留まってもらうことにした」

「それ、別の人に行ってもらえないのか?」

「社長直々の指名でプロジェクトのリーダーを任された。これを断ればおそらく俺は別の僻地に飛ばされることになるだろう」

「期間は?」

「予定では2年だ。2・3ヶ月に数日は帰れると約束はしてもらった」

「そう。でも文香さん大丈夫かな」

「ああ……今のままだと文香にかかる負担が大きい。なのでパートを辞めるか家政婦を頼むかしようと言ったんだが大丈夫と言って聞かなくてな」


 尚之と兄尚哉の会話に、父の尚久が加わる。


「尚之、私も仕事柄帰りが遅いことが多い。文香さんにこれ以上何かあっては彼女のご両親に合わせる顔がない。彼女が無理しないようお前も注視してあげてくれ」

「わかったよ。それなら俺の手伝いを頼む形で俺が家政婦頼んでみるよ。自分の部屋も片したかったし」

「それなら文香さんに気を使わせずに負担を減らせるかもしれないな」

「悪いな尚久。家政婦代は俺が出す。文香と子どもたちのこと、よろしく頼む」


 そういうわけで、尚之はアシスタントの他に家政婦も頼むことになった。

 どこかに家政婦もこなせるアシスタントでもいれば手っ取り早いのにと、尚之は益体も無いことを考えため息をついた。



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<千垣家 人物紹介>


滝乃たきの  祖母 家事が得意。足が悪い。

尚久なおひさ  父  ロマンスグレーのホテルマン。

秋穂あきほ  母  目つきの悪いシナリオライター。

尚哉なおや  兄  さわやかイケメン。旅行代理店勤務。

文香ふみか  義姉 西日本の西の方出身。料理好き。

詠海よみ  妹  双子の上。三つ編みおさげのジト目少女。

光理ひかり  妹  双子の下。栗色ポニテの猫目少女。

鈴々りり  姪  尚哉と文香の子。お団子幼女。

尚太郎なおたろう 甥  尚哉と文香の子。目つきの悪い赤子。

マサツグ 犬 白くてでかい。あまり動かない。

ミケ  猫  三毛。警戒心が強い。

トラ  猫  茶トラ。好奇心旺盛。

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