大聖女と呼ぶのはやめなさい、私は悪役令嬢です
かのん
悪役令嬢ですが溺愛されるようです
起きたら黒髪の美少女、ローサ・ベルモントに転生していた。
広々とした豪邸。美しいドレス。おいしい食事。忠実な家来。
旅行中で、うるさいことを言ってこない両親。天国だった。
ただひとつ
「ローサ様、お待ちください。その紅茶、毒が入っています」
―――私を殺したがる奴が、やたら多いことを除いては。
「ありがとう、リリー。ちょっと、厨房に行ってくるわ」
クールビューティなメイド、リリーは軽く頭を下げた。
☆
厨房をこっそりのぞくと、ニヤニヤ笑っている男が一人。
いかにも毒薬といった小瓶に、キスをしている。
厨房に忍び込み、後ろ手にフライパンを持って、彼に声をかけた。
「ロ、ローサお嬢様!死んだはずじゃ……」
はい、こいつが犯人ね。フライパンで、思いっきり頭をぶっ叩いた。
パチパチパチ。彼が倒れた直後、背後で拍手の音が響いた。
リリーだ。いつの間に厨房にいたのだろう。
「おめでとうございます。『料理長からの毒殺ルート』が回避されました」
「え?」
「ローサ様は悪役令嬢、100通りの殺され方がございます」
「そんなに多いの!?」
「ええ、10通りは回避済みです。同時に、新しい10通りのルートが開かれました」
冗談じゃない。せっかく手に入れた、快適な生活を手放すものか。
私は悪役令嬢として死亡フラグを潰しながら、全力で生きることにした。
☆
あれから五年。星の輝く夜。
広々とした自室で、ひっそりと窓が開く。そこから魔法使いが入って来た。
彼は天蓋つきのベッドに近付き、眠っている「ローサ」を見て、ニヤリと笑った。
「目の前の女を灰塵と化せ、『ファイア・エムブレム』……」
「騙されたわね」
クローゼットから出て来た「私」に、魔法使いは顔を引きつらせる。
「勝手に人を燃やそうなんて、良い度胸じゃない? どっちが悪党よ」
「じゃあ、ここに寝ている女は……?クローン作成は、一級魔法のはずだ!」
「は? ゴーレムがドロップした土を使えば、簡単にできたわよ」
「最強の僕だってできないのに、悪役令嬢のお前ができるわけないだろ!」
「あっそ。じゃ、私の方が強いってことね。さよなら、最強の魔法使いさん?」
バン、と鉄砲を撃つ真似をした。
魔法使いは窓を突き抜け、山の向こうまで吹っ飛んでいった。
魔法使いを見送ると、背後から拍手が起こった。
振り向かなくても分かる。リリーだ。
「さすがです、お嬢様」
「どう、かわいく撃ててた?」
「ええ、威力は全くかわいくないですが」
彼女は手に大きな水晶玉を持っていた。そこでは、先程の戦闘が再生されている。
私は水晶をのぞき込んだ。うん、深紅のドレスもばっちり映えてる。
「便利なアイテムよね、それ。過去が見える
「お嬢様が『山道で盗賊からめった刺しルート』の際、くすねたお陰ですよ」
それくらいは良いだろう。悪役令嬢だし。
リリーに手伝ってもらい、ドレスを脱いでいく。
鏡を見ると、完璧に整った顔立ちの、十八歳がうつっていた。
バストも見事だ。まるまるとして引き締まり、ツンと上を向いている。
「いつか、誰かに抱かれるのかしら」
そんな考えが、頭をよぎった。今まで、恋なんてする暇なんてなかったから。
真っ白な肌をネグリジェに包み、ベッドへ向かった。
「そうそう。私の死亡ルート、何通りまで潰せてるの?」
「『最強の魔法使いの奇襲ルート』で90通り目ですね。残すは10通りです」
「……やっと先が見えて来たわね」
「はい。よく、ここまで頑張りましたね。すごいです、ローラお嬢様」
しかし、と、リリーは悲しそうに続けた。
「残りのルートの詳細が、見えないのです。私のスキル『未来視』がお役に立てず、申し訳ございません」
「そんなの気にしないで。自分でなんとかなるわよ。昔より強くなったしね」
リリーが優しく頭を撫でてくれる。心地よさに、瞳を閉じた。
寝返りをうつと、肩に何か固いものがぶつかった。
「何これ、『呪いを解く薬』?」
ルート回避時に、アイテムが手に入る。倒した敵がドロップすることが多い。
「あの魔法使いが、落としたのでしょうね。いかがなさいますか?」
「いつもと同じで良いわ。リリーにあげる」
彼女は少し考える素振りをした。小瓶を見つめて、呟いた。
「確か王様は、不治の病でしたね……そうだ、良いことを思いつきました」
普段は感情のないリリーの声が、すこし弾んでいる。
彼女にとって「良いこと」が起こりそうで、私まで嬉しくなった。
満ち足りた気持ちで、眠りについた。
アイテムはリリーに全部あげている。彼女がどう処理しているかは知らなかった。
翌朝、思わぬかたちで、それを知ることになるのだが。
☆
庭のテラスで、ゆったりと朝食を味わう。
フレッシュジュース、5種類のジャム、バター、トースト、スコーン、卵料理。
お腹も心も満たされ、淹れたてのコーヒーを味わっていた時だった。
「ローラ様。王様の使者が来ています。すぐ城へ来い、とのことです」
「え、城? 何か嫌だな」
城には王や魔法使いの他にも、優秀な王子達がいると聞く。
彼らが束になってきたら、さすがの私でも叶わないだろう。
「パスで。お断りしておいて」
冷めてしまったコーヒーを、淹れ直してもらった時。
向かいの席に、誰かが座っていることに気が付いた。
「そんなわけには、いかないんだよねっ」
中性的な美少年だ。少しカールがかった髪が、ふわふわと揺れている。
「……あなた、誰?」
「僕はノア、第四王子だよ。君がローサ・ベルモントだね。かーわいい」
彼は私を、うっとりと見つめた。そして優雅にスコーンをつまみ、口に入れた。
「そんなに怖がらないで? 父上の命の恩人を、お城に招待するんだからさっ」
「王様の命の恩人? 私が?」
「うん。悪い魔法使いを倒してくれたし、『呪いを解く薬』もくれたよね!」
ありがとう!と言いながら、私にぎゅっと抱きついてきた。
細い腕をして、すべすべの肌をしている癖に、意外と力が強い。
「……わ、分かったわよ。城に行くから、離してちょうだい」
「照れてるの? 初心でかわいいー。ま、良いか。目つきの悪いメイドもいるし」
ノアの言葉は、リリーへかけられている。彼女の視線は、人を殺せそうだった。
☆
城で謁見の間に通されると、目の前に王様がいた。
「君がローサか! 我が国の英雄が、こんな可憐で美しい女性だったとは!」
私は気が付いた。王様の手に、水晶玉が握られている。
「君の活躍は、しかと拝見したぞ」
そこには、死亡ルートを潰し続ける私、つまり敵を倒している私がいた。
「褒美は何が良い?何でも欲しいものを言ってごらん」
「何もいりません」
むしろ何も起きないことが、私の人生にとっては最重要なのだ。
しかし私の即答は、彼を驚かせたようだ。
「なんと物欲のない……! 君こそが『大聖女』にふさわしい!」
「やめてください」
大聖女なんて、死亡ルートの匂いしかしない。「残り10通り」に入っていそうだ。
神父やシスターなどの敵も増えそうだし。だいたい、そんな柄じゃないし。
感動した様子で、王様は立ち上がった。歓喜のあまり、震えている。
「権力欲もないとは、まさに大聖女!では……王子達を呼んでこい」
後半は家来への言葉だったようだ。ついでに聖女のローブとかも注文している。
「あの、本当に結構なので」
帰ろう。そう思って扉を見ると、身なりの立派な男性たちが入って来た。
「あ、やっほー!ローサ!」
第四王子のノアが、ぶんぶんと手を振っている。ということは、彼らが王子達だ。
「紹介しよう。自慢の5人の息子たちだ」
王の前に、王子達が並んだ。彼らは私に向かって、言った。
「第一王子、オリバーだ。何だ? お前は」
完璧に整った顔立ち。ツンツンしている。王子タイプだろう。
「第二王子の、エリオットだぜ。父上を救ってくれて、ありがとうな!」
明るく、正義感が強そう。勇者タイプ。こんな兄がいたら、楽しそうだ。
「第三王子の、ルーカスです。本当にお強いんですね」
おっとりした、癒し系。僧侶タイプ。疲れた時に頭を撫でてくれそう。
「第四王子、ノアだよ! 僕たちもう仲良しだもんね!」
かわいらしく、中性的。魔法使いかな。意外と腹黒かったりしそうだ。
「5人目は城を空けていてな。すまないね」
こんなイケメンを4人も一度に見れただけで、礼を言いたいのはこちらの方だ。
でも、なぜ、彼らを紹介してくれたのだろう。
「彼らから、好きに婚約相手を選んで良いぞ」
「はぁ!?いや、王子達も嫌でしょう。私なんかと……」
「もちろん、勝手にこんな話しはせん。昨晩、話し合って決めたのだ」
王子達は、私をじっと見つめてくる。心なしか、視線も熱っぽい。
ふと、ある考えが、ひらめいた。
「……急に選べと言われても難しいです。しばらく時間をもらえますか?」
いくらなんでも、王子達が私を殺すことはないだろう。
今まで私を狙ってきたのは、盗賊とか、暗殺者とか、魔法使いだったし。
だから、王子達に守ってもらおう。そう思った。
「素晴らしい。思慮深い娘だ。じゃあ、城で一緒に住もうか!」
「え?いえ、そういう意味では……」
「ワシもそう思ってな。部屋を既に用意しておる!」
さすが父上!と、王子達はわいわい盛り上がっている。
心なしか、第一王子のオリバーも嬉しそうだ。
確かに、と私は思った。
城にいた方が、殺される可能性は減るかもしれない。
「分かりました。では、住ませていただきます」
王子達の間で、歓声が上がる。そして、彼らから一斉に囲まれた。
「フン。お前の魔法の腕は、確かだからな……」
「オリバー、照れんなよ!こいつ、昨晩からずっと水晶玉見てたんだぜ?」
「嬉しいです。心待ちにしておりました」
「もう、ローサは僕の!この後、お庭でアフタヌーンティするよねー?」
目だけが自由で、私はリリーを探した。扉から、出て行こうとしている。
「リリー、待って!」
彼女は足を止めたのを確認して、私は王様へ向き直った。
「お願いです。私のメイドも一緒に住ませてください」
「メイド?城には用意しておるぞ」
「今日まで生きて来れたのは、彼女のお陰です。私にとって、命の恩人なんです」
「確かに、薬と水晶を届けたのは彼女だな。よし、良いぞ」
私は王子達の間を抜けて、リリーの元へ向かった。
彼女の顔を見て、私は驚いた。
「え、リリー、もしかして泣いてる?」
「泣いてなんかいません」
声は震えている。私は彼女の頭を撫でた。いつも彼女が、そうしてくれるように。
「涙は取っておいてあります。ローサ様が、100通り目を回避した時のために!」
彼女は微笑んだ。あたたかく、深い笑みだった。
「これからは、ローサ大聖女様とお呼びしなくてはなりませんね」
「うげ。本当にやめてくれる?」
☆
こうして、悪役令嬢の私は、城で暮らすことになった。
王子達の溺愛が始まり、私を巡った争奪戦も始まった。
死亡ルートを回避していた昔より、忙しくなるのだった―
大聖女と呼ぶのはやめなさい、私は悪役令嬢です かのん @izumiaya
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