大聖女と呼ぶのはやめなさい、私は悪役令嬢です

かのん

悪役令嬢ですが溺愛されるようです

起きたら黒髪の美少女、ローサ・ベルモントに転生していた。

広々とした豪邸。美しいドレス。おいしい食事。忠実な家来。

旅行中で、うるさいことを言ってこない両親。天国だった。


ただひとつ

「ローサ様、お待ちください。その紅茶、毒が入っています」

―――私を殺したがる奴が、やたら多いことを除いては。


「ありがとう、リリー。ちょっと、厨房に行ってくるわ」

クールビューティなメイド、リリーは軽く頭を下げた。



厨房をこっそりのぞくと、ニヤニヤ笑っている男が一人。

いかにも毒薬といった小瓶に、キスをしている。

厨房に忍び込み、後ろ手にフライパンを持って、彼に声をかけた。


「ロ、ローサお嬢様!死んだはずじゃ……」

はい、こいつが犯人ね。フライパンで、思いっきり頭をぶっ叩いた。


パチパチパチ。彼が倒れた直後、背後で拍手の音が響いた。

リリーだ。いつの間に厨房にいたのだろう。

「おめでとうございます。『料理長からの毒殺ルート』が回避されました」

「え?」

「ローサ様は悪役令嬢、100通りの殺され方がございます」

「そんなに多いの!?」

「ええ、10通りは回避済みです。同時に、新しい10通りのルートが開かれました」


冗談じゃない。せっかく手に入れた、快適な生活を手放すものか。

私は悪役令嬢として死亡フラグを潰しながら、全力で生きることにした。



あれから五年。星の輝く夜。

広々とした自室で、ひっそりと窓が開く。そこから魔法使いが入って来た。

彼は天蓋つきのベッドに近付き、眠っている「ローサ」を見て、ニヤリと笑った。

「目の前の女を灰塵と化せ、『ファイア・エムブレム』……」

「騙されたわね」


クローゼットから出て来た「私」に、魔法使いは顔を引きつらせる。

「勝手に人を燃やそうなんて、良い度胸じゃない? どっちが悪党よ」

「じゃあ、ここに寝ている女は……?クローン作成は、一級魔法のはずだ!」

「は? ゴーレムがドロップした土を使えば、簡単にできたわよ」

「最強の僕だってできないのに、悪役令嬢のお前ができるわけないだろ!」

「あっそ。じゃ、私の方が強いってことね。さよなら、最強の魔法使いさん?」


バン、と鉄砲を撃つ真似をした。

魔法使いは窓を突き抜け、山の向こうまで吹っ飛んでいった。


魔法使いを見送ると、背後から拍手が起こった。

振り向かなくても分かる。リリーだ。

「さすがです、お嬢様」

「どう、かわいく撃ててた?」

「ええ、威力は全くかわいくないですが」

彼女は手に大きな水晶玉を持っていた。そこでは、先程の戦闘が再生されている。

私は水晶をのぞき込んだ。うん、深紅のドレスもばっちり映えてる。


「便利なアイテムよね、それ。過去が見える水晶玉クリスタル

「お嬢様が『山道で盗賊からめった刺しルート』の際、くすねたお陰ですよ」

それくらいは良いだろう。悪役令嬢だし。


リリーに手伝ってもらい、ドレスを脱いでいく。

鏡を見ると、完璧に整った顔立ちの、十八歳がうつっていた。

バストも見事だ。まるまるとして引き締まり、ツンと上を向いている。

「いつか、誰かに抱かれるのかしら」

そんな考えが、頭をよぎった。今まで、恋なんてする暇なんてなかったから。


真っ白な肌をネグリジェに包み、ベッドへ向かった。

「そうそう。私の死亡ルート、何通りまで潰せてるの?」

「『最強の魔法使いの奇襲ルート』で90通り目ですね。残すは10通りです」

「……やっと先が見えて来たわね」

「はい。よく、ここまで頑張りましたね。すごいです、ローラお嬢様」

しかし、と、リリーは悲しそうに続けた。


「残りのルートの詳細が、見えないのです。私のスキル『未来視』がお役に立てず、申し訳ございません」

「そんなの気にしないで。自分でなんとかなるわよ。昔より強くなったしね」


リリーが優しく頭を撫でてくれる。心地よさに、瞳を閉じた。

寝返りをうつと、肩に何か固いものがぶつかった。

「何これ、『呪いを解く薬』?」

ルート回避時に、アイテムが手に入る。倒した敵がドロップすることが多い。


「あの魔法使いが、落としたのでしょうね。いかがなさいますか?」

「いつもと同じで良いわ。リリーにあげる」

彼女は少し考える素振りをした。小瓶を見つめて、呟いた。

「確か王様は、不治の病でしたね……そうだ、良いことを思いつきました」


普段は感情のないリリーの声が、すこし弾んでいる。

彼女にとって「良いこと」が起こりそうで、私まで嬉しくなった。

満ち足りた気持ちで、眠りについた。


アイテムはリリーに全部あげている。彼女がどう処理しているかは知らなかった。

翌朝、思わぬかたちで、それを知ることになるのだが。



庭のテラスで、ゆったりと朝食を味わう。

フレッシュジュース、5種類のジャム、バター、トースト、スコーン、卵料理。

お腹も心も満たされ、淹れたてのコーヒーを味わっていた時だった。


「ローラ様。王様の使者が来ています。すぐ城へ来い、とのことです」

「え、城? 何か嫌だな」

城には王や魔法使いの他にも、優秀な王子達がいると聞く。

彼らが束になってきたら、さすがの私でも叶わないだろう。


「パスで。お断りしておいて」

冷めてしまったコーヒーを、淹れ直してもらった時。

向かいの席に、誰かが座っていることに気が付いた。

「そんなわけには、いかないんだよねっ」

中性的な美少年だ。少しカールがかった髪が、ふわふわと揺れている。


「……あなた、誰?」

「僕はノア、第四王子だよ。君がローサ・ベルモントだね。かーわいい」

彼は私を、うっとりと見つめた。そして優雅にスコーンをつまみ、口に入れた。

「そんなに怖がらないで? 父上の命の恩人を、お城に招待するんだからさっ」

「王様の命の恩人? 私が?」

「うん。悪い魔法使いを倒してくれたし、『呪いを解く薬』もくれたよね!」


ありがとう!と言いながら、私にぎゅっと抱きついてきた。

細い腕をして、すべすべの肌をしている癖に、意外と力が強い。

「……わ、分かったわよ。城に行くから、離してちょうだい」

「照れてるの? 初心でかわいいー。ま、良いか。目つきの悪いメイドもいるし」

ノアの言葉は、リリーへかけられている。彼女の視線は、人を殺せそうだった。



城で謁見の間に通されると、目の前に王様がいた。

「君がローサか! 我が国の英雄が、こんな可憐で美しい女性だったとは!」

私は気が付いた。王様の手に、水晶玉が握られている。

「君の活躍は、しかと拝見したぞ」

そこには、死亡ルートを潰し続ける私、つまり敵を倒している私がいた。


「褒美は何が良い?何でも欲しいものを言ってごらん」

「何もいりません」

むしろ何も起きないことが、私の人生にとっては最重要なのだ。

しかし私の即答は、彼を驚かせたようだ。

「なんと物欲のない……! 君こそが『大聖女』にふさわしい!」

「やめてください」

大聖女なんて、死亡ルートの匂いしかしない。「残り10通り」に入っていそうだ。

神父やシスターなどの敵も増えそうだし。だいたい、そんな柄じゃないし。


感動した様子で、王様は立ち上がった。歓喜のあまり、震えている。

「権力欲もないとは、まさに大聖女!では……王子達を呼んでこい」

後半は家来への言葉だったようだ。ついでに聖女のローブとかも注文している。

「あの、本当に結構なので」

帰ろう。そう思って扉を見ると、身なりの立派な男性たちが入って来た。


「あ、やっほー!ローサ!」

第四王子のノアが、ぶんぶんと手を振っている。ということは、彼らが王子達だ。

「紹介しよう。自慢の5人の息子たちだ」

王の前に、王子達が並んだ。彼らは私に向かって、言った。


「第一王子、オリバーだ。何だ? お前は」

完璧に整った顔立ち。ツンツンしている。王子タイプだろう。


「第二王子の、エリオットだぜ。父上を救ってくれて、ありがとうな!」

明るく、正義感が強そう。勇者タイプ。こんな兄がいたら、楽しそうだ。


「第三王子の、ルーカスです。本当にお強いんですね」

おっとりした、癒し系。僧侶タイプ。疲れた時に頭を撫でてくれそう。


「第四王子、ノアだよ! 僕たちもう仲良しだもんね!」

かわいらしく、中性的。魔法使いかな。意外と腹黒かったりしそうだ。


「5人目は城を空けていてな。すまないね」

こんなイケメンを4人も一度に見れただけで、礼を言いたいのはこちらの方だ。

でも、なぜ、彼らを紹介してくれたのだろう。


「彼らから、好きに婚約相手を選んで良いぞ」

「はぁ!?いや、王子達も嫌でしょう。私なんかと……」

「もちろん、勝手にこんな話しはせん。昨晩、話し合って決めたのだ」

王子達は、私をじっと見つめてくる。心なしか、視線も熱っぽい。


ふと、ある考えが、ひらめいた。

「……急に選べと言われても難しいです。しばらく時間をもらえますか?」

いくらなんでも、王子達が私を殺すことはないだろう。

今まで私を狙ってきたのは、盗賊とか、暗殺者とか、魔法使いだったし。

だから、王子達に守ってもらおう。そう思った。


「素晴らしい。思慮深い娘だ。じゃあ、城で一緒に住もうか!」

「え?いえ、そういう意味では……」

「ワシもそう思ってな。部屋を既に用意しておる!」

さすが父上!と、王子達はわいわい盛り上がっている。

心なしか、第一王子のオリバーも嬉しそうだ。


確かに、と私は思った。

城にいた方が、殺される可能性は減るかもしれない。

「分かりました。では、住ませていただきます」

王子達の間で、歓声が上がる。そして、彼らから一斉に囲まれた。


「フン。お前の魔法の腕は、確かだからな……」

「オリバー、照れんなよ!こいつ、昨晩からずっと水晶玉見てたんだぜ?」

「嬉しいです。心待ちにしておりました」

「もう、ローサは僕の!この後、お庭でアフタヌーンティするよねー?」

目だけが自由で、私はリリーを探した。扉から、出て行こうとしている。


「リリー、待って!」

彼女は足を止めたのを確認して、私は王様へ向き直った。

「お願いです。私のメイドも一緒に住ませてください」

「メイド?城には用意しておるぞ」

「今日まで生きて来れたのは、彼女のお陰です。私にとって、命の恩人なんです」

「確かに、薬と水晶を届けたのは彼女だな。よし、良いぞ」


私は王子達の間を抜けて、リリーの元へ向かった。

彼女の顔を見て、私は驚いた。

「え、リリー、もしかして泣いてる?」

「泣いてなんかいません」

声は震えている。私は彼女の頭を撫でた。いつも彼女が、そうしてくれるように。


「涙は取っておいてあります。ローサ様が、100通り目を回避した時のために!」

彼女は微笑んだ。あたたかく、深い笑みだった。

「これからは、ローサ大聖女様とお呼びしなくてはなりませんね」

「うげ。本当にやめてくれる?」



こうして、悪役令嬢の私は、城で暮らすことになった。

王子達の溺愛が始まり、私を巡った争奪戦も始まった。

死亡ルートを回避していた昔より、忙しくなるのだった―

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大聖女と呼ぶのはやめなさい、私は悪役令嬢です かのん @izumiaya

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