19話 清水神奈子の過去と未来(清水視点)
「お、俺は……その……」
わたくしの目の前で両手を握り締めながら、考え込む風切さん。
ふふっ……お可愛いこと。
わたくしに全てを話してくだされば、すぐに楽にさせてあげられますのに……風切さんはかなり悩んでおられるようです。
しかしながら、わたくしには全てが分かりますの。
風切さんは崎宮さんの気持ちをいち早く知りたい。早く彼女の気持ちを知らなければ、関係が破綻してしまうと思っているから。
どうして崎宮さんと関係が拗れたのかは存じ上げませんが、わたくしには全てが分かってしまうのです。
わたくしの名前は清水神奈子。
日本最高峰の国立大学・東都帝国大学法学部に所属する一年生。
崎宮さんこと『病み女子大生の日常』というアカウントに共感と憧憬の念を抱いたわたくしは、自分の黒い部分を周りに見せつけるように黒の地雷系に拘るようになった地雷系女子。
昔からそうでした。
栃木の名家・清水家の令嬢として、周りからお嬢様お嬢様と呼ばれる日々。
学力も運動も容姿も全て完璧で当たり前というプレッシャーに、自分の好きなものを好きと言えない環境へのストレス。
そんな環境に反発したかったわたくしは、たまたま見かけたピルロランドのキャラクター『クロミちゃん』のキーホルダーを購入し、ずっと大切にして来ました。
しかし高校2年生の時の修学旅行の際。わたくしは不覚にもそのキーホルダーを落としてしまいました……。
同じ班になった方々にもそれを伝えたのですが。
『キーホルダー? んなのどうでもいいだろ』
『お嬢様なのに小さいこと気にしすぎー』
『清水さんはお金あるんだから、その探し物が終わってからタクシーで戻って来れば良くない?』
不幸にも、わたくしの班にはわたくしのことをよく思わない人ばかりでした。
でもそんな中で一人だけ……わたくしに手を差し伸べてくださった方がいた。
「あの、清水大丈夫?」
「……え?」
今にも泣きそうになるわたくしに唯一手を差し伸べてくれた男子。
「京都の街で一人になるなんて危ないし、お、俺なんかで良かったら探すの手伝うよ」
わたくしの人生における、たった一人の王子様。
わたくしの『好き』を守ってくれた、温かい存在。
「えと、急に話しかけてキモいかな? でも二人で探した方が早いと思ったから、一緒に探しちゃ、ダメかな?」
「……いいえ。ありがとうございます。あなた様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「名前? えっと」
そう、わたくしは——。
「俺は風切裕也だよ。よろしく、清水」
彼に……風切裕也という存在に、激しい恋心を抱くようになりました。
探していたキーホルダーはすぐに見つかり、それから特に関係は進展しませんでしたが、わたくしは彼に対して人生で初めて『恋』という感情を抱いたのです。
あれ以来わたくしは御曹司との見合いの約束を全て破棄し、彼のことだけを考えて生きるようになりました。
しかしながら、わたくしのような存在が彼に近づくと、彼に迷惑をかけることになる。
そう考えたわたくしは、大学生になってから彼に近づくことに決めた。
親の命令で東大しか受けさせて貰えなかったわたくしは、仕方ないので彼が合格した東南大学のサークルに入ることで彼に近づくことを画策し……見事成功。
そして今、わたくしは彼の目の前にいる。
「あのさ清水……全てを話すことはできないけど、少しだけ俺の相談に乗って貰えないかな?」
心の中でにんまりと笑いながら、わたくしはクールな表情を崩さない。
「もちろんですわ。では、わたくしの行きつけのカフェで話しましょうか?」
やはり風切さんはわたくしを少しづつ信頼している。
ふふ、崎宮可憐……彼はあなただけの風切さんではないのです。
わたくしにとっても、彼は特別なのですから。
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