10話 風切くんの指紋うっま
俺はキッチンから浴室に移動すると、スポンジと洗剤を手に取ってバスタブの中を洗い始める。
普段からシャワーで済ませることが多いので、こうやってしっかり風呂を溜めて入るのは数日ぶりかな。
「崎宮さんが入るんだし、しっかり綺麗にしないと」
少しでもぬめっとしてたら、崎宮さんに清潔感のない男だと思われちゃうし、何よりだらしない所は見せたくない!
俺はその一心で必死にバスタブを洗う。
このバスタブに女の子が、それも崎宮さんが入るんだ。
しかも、俺の後に……ん? 俺の後?
俺の後ってことは、当然。
「も、もし俺の毛が浮いてたら、絶対にキモいって思われるよな……!」
特に下半身の毛は見た瞬間ソレだとバレそうな形状をしているわけで……絶対キモいって思われちゃう!
『うっわ風切くんの後風呂にち●毛落ちてる。気持ち悪、ほんと失望した』
脳内で崎宮さんが俺のち●毛を見て苦虫を噛みつぶしたような顔になるのが想像できる。
これが蛙化現象ってやつか。
俺がちん●を落としたばっかりに、これまで積み上げて来た崎宮さんとの友人関係に亀裂が……ぁぁぁ。
「あーどうしよう! 風呂を出る前にしっかり確認したとしても、風呂の中の全部を回収するなんて不可能に近いよ!!」
どうすれば完璧な状態で崎宮さんにお風呂に入ってもらえるんだ?
考えろ、考えろ。
俺は目をカッ開きながら思考を巡らせる。
崎宮さんに幻滅されたくない!
だからこそ、方法は……!
「これしか……ないっ」
✳︎✳︎
風切くんがお風呂に入っている間に、わたしはハンバーグ用のデミグラスソースと、じゃがいものポタージュスープ、さらに大学の帰り道で買って来た野菜たちでサラダを作り、器に盛り付けた。
どの料理も味は当然完璧だし、盛り付けも完璧。
あとはお米が炊けたら晩御飯の支度は終わる。
「この料理を食べたら、また風切くんはわたしのことお嫁さんにしたいなんて言ってくれたり……」
次またそんなことを言われたら、興奮のあまりその場で失神してしまうかもしれない。
ああ……はやく風切くんに褒めてほしい。
「あ、そうだ」
やっぱりサラダは小分けじゃなくて大皿にして、二人で共有する形にしないと。
こうすれば風切くんと一緒に晩御飯を食べているというシチュエーションを、より強く感じられるし。
わたしは食器の入った引き出しの中から、平べったい大皿を取り出すとサラダをひとまとめに盛り直す。
「それにしても風切くんの部屋に大皿があるなんて、ちょっと意外かも」
風切くんって部屋の家具も少ないし、食器も必要最低限のもので抑えてる感じのミニマリストだから、一人用の皿しかないと思ってたから……ちゃんと大皿もあるのね。
いや、待って。まさかわたしが知らないだけで誰かを連れ込んでる?
「崎宮さんお風呂お先にいただきましたー」
タオルを肩に掛けた部屋着姿の風切くんがお風呂場から戻って来る。
風切くんの一番親しい異性の友達として、この大皿についてはしっかり問い詰めないと。
「風切くん」
「どうしたの崎宮さん?」
「この大皿って、いつもは何に使うの?」
ここで当然、『あ、彼女と一緒に食べる用だよ』なんて風切くんは言うわけないので、わたしは彼の反応に注視する。
もしも少しでも口篭らせたら、間違いなく女の影があるに決まって——。
「ああそれ? それは冷凍ピザ用の大きめなお皿だよ。ほらスーパーに200円とかである冷凍ピザの」
「ぴ、ピザ?」
「いやぁ、俺ってデリバリーピザ頼めるほど余裕ないからさ、いつも安上がりな冷凍ピザにしちゃうんだよね。あはは、お恥ずかしい」
風切くんは頭を掻きながら恥じらいの笑みを浮かべて自嘲する。
な、なんだ……なら、良かった。
またわたし、風切くんのこと疑っちゃったのね。
心優しい風切くんが、わたし以外の女子と親密な関係になるわけないのに……またわたし、勝手に不安になって……。
「ごめんね風切くん。わたし」
「なんで謝るの? それよりもさ、どの料理も美味しそうだね? 見た目からしてレストランみたいに綺麗だし、さすが崎宮さんだよ!」
う、嬉しい……。
わたしは気持ち悪いほどニヤけたいのをグッと我慢する。
「か、風切くん。ちゃぶ台にご飯運ぶの手伝って?」
「うんっ」
わたしは風切くんと一緒に料理を部屋の中央にあるちゃぶ台まで運んだ。
ふふっ、なんかこれ、新婚夫婦みたい……。
ガス忘れ作戦、大成功だわ。
「ねえ風切くん、お風呂の湯加減はどうだった? アツアツかな?」
「湯加減? え、えーと……その、あのー」
「……風切くん?」
「あ、アツアツだよ! それにほら、最近CMで見かける疲れが取れる入浴剤も入れたし、崎宮さんもゆっくり浸かっていいからね?」
「う、うん。ありがとっ」
いつもと違って辿々しくて変な感じ……。
もしかして風切くん、この後わたしが入るのを想像して、お風呂の中で変なことを……?
それはそれでわたしにとってはご褒美だけど、心の清い風切くんがそんなことをするわけがないじゃない。
風切くんはわたしのことをそういう目で見ない唯一の生物なのだから、疑っちゃダメ。
「崎宮さん! それよりもう食べようよ!」
「そ、そうね」
とにかく今はわたしの晩御飯を風切くんに食べてもらわないと。
もちろん風切くんの手で形作ってくれた、このハンバーグはわたしが食べるけどね。
—————————
風切くんのハンバーグ食べたいなぁ……
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