2話 忘れちゃった♡


 しっかり者の崎宮さんがミス?

 一体なんだろう……。


「実はね、水道と電気は事前に契約してたんだけど……」

「う、うん」

「前のマンションがオール電化だったから、うっかりガスの契約を忘れちゃってて……今はキッチンもお風呂も使えない状態なの」

「え、ほんとに!? ガスが使えないとか、それって凄い大変なんじゃ……」


 このマンションはガスの契約をしていないと、料理はもちろん、お湯を沸かせることもできず、生活するのも厳しいくらいだ。


「だからね、良かったらなんだけど、風切くんのお部屋のキッチンと"お風呂"を使わせて貰えないかなって」


 崎宮さんに、キッチンと……お、おお、お風呂を……。

 ごくり、と俺は生唾を飲んだ。

 崎宮さんが俺の部屋のお風呂を使うだなんて……別にへ、変な事は考えてないけど……それは色々とヤバいのでは。


「お、俺としてはもちろん貸してあげたいけど……崎宮さんはいいの?」

「いいって?」

「キッチンはまだしも俺の部屋のお風呂とか、いつも俺が使ってるわけだし、嫌かなって」

「嫌じゃないよ!!」


 崎宮さんは立ち上がりそうな勢いでバンッとちゃぶ台を叩きながら否定する。


「さ、崎宮さん?」

「……あっ! ご、ごめんね風切くん! わたしったらつい感情的に」


 感情的になるくらい、俺に気を遣ってくれたのかな。

 だとしたら何か申し訳ないかも。


「風切くんのお風呂が嫌だなんて思わないよ? だって風切くん、いつも清潔だから、きっとお風呂も綺麗だと思うし」

「そ、そうかな……」


 そう言われるとめちゃくちゃ嬉しい。

 俺は大学生になってからシャンプーやトリートメントに拘るようになったし、髭もピンセットで抜くようにしたり、洗顔も始めた。

 見えない努力を褒められるのは、嬉しい限りだし、それが崎宮さんならなおさらだ。


「それとも風切くんは、わたしの身体が汚いと思ってるからお風呂貸したくないとか?」

「お、思ってない!!」


 今度は俺がちゃぶ台をバンッと叩きながら否定した。


「ふふっ、冗談冗談。風切くんがそんな事を思う男子じゃないなんて、百も承知だから♡」

「も、もー、崎宮さんってば揶揄うなんて酷いよ!」

「ごめんごめん。ふふっ」


 崎宮さんは口元に手を当てて小さく笑う。

 崎宮さんは俺を揶揄うためにわざと自分を卑下するようなことを言ったのか……ちょっと日向みたいな揶揄われ方で本当は嫌だけど、崎宮さんなら可愛く思えてしまうのはなんでだろう。


「じゃあ風切くん、キッチンとお風呂をしばらく借りても大丈夫かな?」

「う、うん! 俺の部屋のでいいならもちろん。ガスの方はどれくらいで契約が済むのかな?」

「うーん、ガスって栓を開けたり色々かかるみたいだから、ざっと1ヶ月くらいになっちゃうかな」


 い、1ヶ月!?

 崎宮さんはもし俺が隣の部屋にいなかったらどうするつもりだったんだろ。

 もしかしたら、他の知らない男の部屋に……。


 そんなことを想像しただけでNTR(BSS)本のネタのような場面が頭に浮かんでしまい、胸糞が悪くなる。

 同時に俺が隣の部屋で本当に良かったと安堵した。


「もちろん貸してもらう分、食材とかはわたしが買うし、お料理は風切くんの分も全部わたしが作るからね?」

「え、いいの!」

「うんっ」


 崎宮さんが俺に手料理を振る舞ってくれるなんて……最高すぎる! 神様マジでありがとう……!


「お風呂掃除もわたしがやるし、あとお洗濯もわたしがやるね?」

「え、さすがにそれは悪いよ。それにお洗濯?」

「うん、これだけお世話になるんだから、お料理お掃除お洗濯は全てわたしにやらせて欲しいの! だめかな?」


 崎宮さんはウルウルと上目遣いで両手を重ねると俺に懇願して来る。

 そ、そこまで言われると……断りづらい。


「で、でも俺のパンツを洗うんだよ? き、汚いよ!」

「汚くないよ!!」

「いやいやさすがにパンツは汚いよ!」

「…………」


 崎宮さんは真顔で俺を見て来る。


「なにその顔!」

「…………」


 無言の圧力……なんか崎宮さんの様子がおかしい。

 ただでさえ男嫌いな筈なのに、男のパンツが汚くないなんて。また気を遣って言ってくれてるのか?


「わ、分かったよじゃあ、全部お願いしよっかな」

「ありがとっ、風切くん」


 こうして1ヶ月間、俺と崎宮さんの半同棲生活が始まった。




———————————

策士、崎宮可憐

そんな地雷系もLOVE。

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