最終回 地雷系女子(1st season最終回)
今日の崎宮さんはどうも様子がおかしかった。
髪がピンクじゃなくて黒になっていたし、服もピンクじゃなくてモノクロなワンピース。
ピンクが大好きな崎宮さんにしては珍しいスタイルだと思った。
最初はイメチェンしただけのかなと思っていたけど話しかけてみると、瞬時にその様子がおかしいことに勘付いた。
崎宮さんらしくない……というか、まるで別人のようだったし、周りの誰もが崎宮さんが崎宮さんだと気づいていない。
でも俺だけは……崎宮さんは崎宮さんだって気づいたから。
先週のサークルの次の日から崎宮さんはlimeで返事をくれなくなって、今週のゼミにも来てなかった。
矢見さんや日向も心配していたし、清水もlimeで崎宮さんのことを心配していた。
これだけ連絡がないってことはスマホを見る余裕がないってことだし、インフルとか、なかなか治らない流行り病に罹ったのではないかと心配していたけど……今日、こうして崎宮さんの顔を見かけた瞬間に心から安堵した。
しかし——
「——本当のわたしは地雷系女子なのに!」
崎宮さんは何か思い詰めているようだった。
苦しい暗闇の中にいて、本当の自分を見失っているようで。
今にも崎宮さんの目から涙が零れそうだった。
崎宮さんがこんな状態になるまで……俺は……一体何をしていたんだ。
連絡を待つことしかできなかった自分の無力さに怒りすら覚える。
何か悩みを抱えていたなら、1番の友達として聞いてあげないといけなかったのに。
こんな時、今の俺が……崎宮さんにできること。
「崎宮さん。それは……別に悪いことじゃないと思うよ」
「え?」
「誰だって生きていればストレスを抱えるし、愚痴を吐きたくもなる……そんなの当たり前なんだ。俺だってストレスを感じることはあるし」
「なら……」
「さ、崎宮さん?」
「風切くんだってわたしにストレスを抱えてたんじゃないの? 本当は重くてウザい女だって思ってるくせに!」
「そんなこと絶対にないッ!!」
「……っ!」
反射的に大きな声が出た俺は、そのまま崎宮さんの顔を一心に見つめる。
崎宮さんは間違ってる。
俺が……どれだけ崎宮さんのこと……。
「俺は! 崎宮さんと一緒にいて嫌に思ったことなんて一度もなかった! どれだけ崎宮さんが自分のことを『地雷系女子』って自嘲しようが、俺にとっての崎宮さんは、ピンク色の物が大好きでしっかり自分を持ってていつも自信満々でカッコいい崎宮さんなんだ! 俺はこれからもいつもの崎宮さんで、そのままの崎宮さんでいて欲しいっ!」
伝えたい思いを一気に伝えようとして、つい息継ぎを忘れて声を張ってしまった。
俺は呼吸を整えながらまだ続ける。
「さっき崎宮さんが言っていたことが本当だとしても、崎宮さんはSNSっていう裏で愚痴を吐き出しているんだし、むしろそれは良いことだよ。もし俺だったら誰かの前で思いっきり吐き出してしまうと思うからさ」
「……っ」
「もしこれだけ言っても崎宮さんが自分を地雷系女子って自虐的に言うなら、俺は地雷系女子の崎宮さんが好き、なんだよ」
い、言っちゃった。
好きって……俺。
「風切くん……っ」
崎宮さんは零れる涙を隠すように俺の懐に飛び込んでくる。
崎宮さんは俺の胸の中で「ごめんごめん」と、涙声で何度も何度も言っていた。
こんなの初めてだからどうすればいいのか分からなかったけど、とりあえず崎宮さんを落ち着かせるために両腕で崎宮さんを抱きしめた。
抱きしめてからずっと、崎宮さんからめっちゃ良い匂いするし、女の子ってこんなにも柔らかいんだなあ……。
こんな時にも陰キャの思考しかできない自分が情けないが……これが俺、風切裕也なんだなって。
パチパチ、パチパチ、パチパチ。
よく分からないが、俺たちのいざこざを見ていた周りの学生たちから拍手が起こっていた。
やばい。周りのこと考えずに話してた……。
場所移動しないと。
「ねぇ崎宮さん、今日はサボっちゃおっか?」
「へ?」
「この後さ、原宿のショップに行こうよ。二人で新しい地雷系の服を買いに行かない? また俺にプレゼントさせて?」
「……うん……うんっ!」
俺は崎宮さんの手を引いてその場を後にすると、大学前の駅へ向かった。
電車を待つ時間、少し気まずい空気が流れたが、崎宮さんが一言「ありがとう」と言って話し始める。
「わたしね、ずっと自分の好きな物が地雷系って馬鹿にされるのが嫌で、自分が地雷系って言われるのも大嫌いだった。けど……今は地雷系女子でも良いって思えるの。だって重くて地雷系なわたしでも、風切くんが好きでいてくれるなら、わたしは地雷系なわたしのままでいたいから」
「……良かった。俺の気持ちが伝わって」
✳︎✳︎
——時は流れて7月。
そろそろ大学も夏休みに入るので、旅行サークルのみんなで旅行に行く時期になる。
「そろそろ俺もバイト先探さないとなぁ」
最近何かと物入りで、すっかり軽くなった革財布をポケットに入れると、大学に行くために部屋から出る。
すると——
「あっ、おはよう風切くんっ」
部屋のドアの真横に佇み、俺を待っていてくれた崎宮さん。
ハートモチーフでピンク色のブラウスと黒いジャンパースカートを着たいつもの地雷系ファッションだ。
崎宮さんの地雷系ファッション、落ち着くなぁ……ん?
崎宮さんはピンク色のゴミ袋を片手に持っていた。
「そのゴミ袋を出してから行くの?」
「うん……あっ、もしかして風切くんはわたしのゴミの中身に興味あったりして」
「き、気にならないよ! 変な趣味があるみたいに言わないで!」
「ふふっ。ごめんごめんっ」
よし、崎宮さんは今日も笑顔だ。
崎宮さんは7月から俺のマンション隣の部屋に引っ越して来た。
最初はびっくりしたけど、今は幸せに思う。
偶然でこんな運命的なことがあるなんて、滅多にないと思うからね。
「ねえ風切くん?」
「どうしたの?」
「わたしは地雷系女子だけど、そんなわたしでも大切にしてくれるんでしょ? 風切くんっ?」
「……も、もちろんだよ! 崎宮さん」
ゼミでハブられてた地雷系女子に優しくしたら隣に座るようになったけど……それどころか隣に引っ越してくるなんてね。
少しは俺も陽キャ男子になれたのかな?
(1st season完。2nd seasonへ続く——)
ここまで本当にありがとうございました。
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