43話 自覚と本能(崎宮可憐side)


 清水さんから「地雷系女子」だと言われたあの日を境に、自分を見失ったわたしは、部屋から出ることすら嫌になっていた。


 大学の講義もすでに3日ほどサボっており、バイト先にはちょっとした風邪を拗らせたと伝えておいてしばらく休みを貰っている。

 部屋にこもり、暗い部屋の中で必要最低限の食事を摂りながらベッドに横たわる。


「……地雷系、女子」


 わたしは……地雷系女子なのかな。


 小遣い稼ぎのつもりで始めたこの『病み女子大生の日常』アカウントの投稿を読み返してみると、確かにこのアカウントにはわたしの汚い部分しかなかった。


 周りの人間に対する愚痴やバイトの愚痴、日頃感じる社会への不平不満。


 それが共感を呼んで40万人ものフォロワーを抱えるアカウントになったけど、この汚い部分が本当のわたしなんだとしたら、わたしは正真正銘の病み系女子。

 その上、あのファッションで外に出ているのだから、わたしは世間がイメージする地雷系女子そのものだ。


 わたしは自分のことを「ちょっと好きなものへの執着が強いだけ」で、「どこにでもいる普通の女子」だと思い込んでいた。


 ピンク色でフリフリしたあの可愛いらしい"地雷系"ファッションも、ただピンクが好きだから着ていたけど……あの服が好きな時点で、わたしは病んでいたんだ。


 病んでるから、わたしは……ピンク色の髪や服が……好きなのかもしれない。


「つまりわたしは普通じゃない? わたしは……地雷系、女子……なの?」


 おかしい。

 わたしは周りからの見られ方を気にしないで好きなものに忠実に生きてきたはず。

 だからピンク色のファッションやピンクのグッズを片っ端から揃えて、髪もピンク色と赤色のインナーカラーに染めた。

 それなのに……その考えと矛盾するように「普通の女の子」でありたいという願望があった。

 地雷系という言葉を嫌い、地雷系と呼ばれることが大嫌いなのも、自分がそのファッションでも中身は違うと周りに訴えたかったから。


 つまり、なんだかんだ言ってわたしは「周りの価値観」を意識していたのだ。


「ずっと、わたしは他人に左右されない強い自分を持っていると思っていたのに……」


 自分の弱さを吐き出すように、わたしはくしゃくしゃになった髪を煩わしく思いながらスマホを手に取ると、TwiXのアプリを開く。

 そして——


『病み女子大生の日常:もうダメ。何もかもダメ。自分がウザい。こんなアカウントで病み投稿をしてしまう自分が嫌い。ヤダヤダヤダヤダヤダ』


 また、こうやって心の中の不安や不満をネットに綴った。

 すると瞬く間にいいねが1000、2000と増えていく。


 こんなの、もうダメだって分かってるのに。

 これ以上自分の黒い部分を広げたら、ピンク色だった理想の自分が、真っ黒に侵食されてしまう。


 でも……重いわたしなんて"あの人"は愛してくれない。

 地雷系女子のわたしなんて……風切くんは好きになってくれない。


「わたしは風切くんに好かれたい、ただ、それだけなのに……!」


 怒りに任せてスマホをベッドに叩きつけようとしたその時、アラームが鳴った。


 木曜日の1限まであと2時間を知らせるアラームだ。

 この講義は風切くんと一緒になる講義。


 先週はこの講義をバイトという理由でサボってしまったし、さすがに2週間連続でサボるのはマズい……。

 でもこんな気持ちになった今、わたしは風切くんに会わせる顔がない。


「それなら……アレを着るしかない」


 数年ぶりかもしれない。

 黒と白のモノクロカラーワンピースに黒髪のウィッグ。

 このワンピースは両親が「ピンク以外も着ろ!」と無理やり送ってきた服で、ウィッグに関しては、数年後の就活面接や証明写真を撮る際に備えて特注のものを作っていたのだ。


「自分が地雷系女子だと言われ、そんな自分を憎み、迷っている気持ちがある以上……今は"あなた"を着ることは許されないわ。だから、ごめんなさい」


 わたしはクローゼットの中にあるピンク色のロリータ系のブラウスと、黒のスカートに目を向けながら謝罪の言葉を呟く。


「それに今は……彼にもそっとしておいて欲しいから」


 わたしはお風呂に入り、お化粧や朝支度を全て済ませると、モノクロなワンピースに身を包み黒のウィッグを着けてからマンションを出る。


 自分の気持ちが落ち着くまでは彼に会いたくない。

 それに、ピンクに染まっていないわたしを、彼は見つけられるわけがない。

 風切くんは、見た目がピンク色に染まっていて中身は普通な女の子なわたししか、認めてくれないのだから……。


 かなり久しぶりに普通の服を着て外に出ると、周りの反応も全く違うものだった。

 道ゆく人がわたしに目を惹かれ、信号待ちの時も手元のスマホにすら目もくれず、わたしを凝視する人もいた。


 大学内を歩いている時も同じで、廊下を歩いているだけで、男子も女子もわたしに目を奪われる。


「おい見ろ。あの子ヤバくね

「めちゃくちゃ美人じゃねえか」

「学部どこだろ」

「何年生かな?」

「お前、ナンパしてこいよ」


 いつもの服なら「なんだあの地雷」「痛すぎだろ」と揶揄されるのに、見た目を変えただけでこの変わりよう。

 結局、世間の評価なんて……こんなもの。


 この世界に生きる誰もが自分の中に自分の「可愛い」を持っている。

 わたしはその「可愛い」が世間と比べてズレているだけで非難されてきた。

 それでも前までは周りの雑音が気にならなかった。

 でも今は……自分が周りを気にしていたという事実を知り、怖くなっている。


「あの子ヤバくね? めちゃ可愛い〜」

「スタイルもヤバいけど、顔が可愛いよな」

「てかおっぱいでっか」


 彼に好かれるには……わたしが彼の「可愛い」に寄せないといけないのかもしれない。

 彼はわたしのファッションがいつも可愛いと言ってくれた。

 しかし本当は、今のわたしみたいな服の方が「可愛い」なのかもしれない。

 わたしの「可愛い」は彼の一番では無——。


「あっ! 崎宮さん!」

「へ……?」


 2号館から3号館に向かう途中、2号館の屋根の下でわたしは、聞き慣れた声に呼ばれた。

 目の前の3号館から走り歩きで彼が近づいてくる。


 それはまるで……初めて会った時のシチュエーションと同じようだった。


「もお、崎宮さん? 最近limeも未読スルーだし、大学も休んでるから心配したんだよ。何かあったの? 髪の色も黒になってるし」


 わたしの目の前まで来た風切くんは、わたしの服なんか見ずに、ひたすらわたしの顔を見つめて話を進める。


「あ! もしかしてバイト増やすとか? バイトの面接があったから黒髪に戻したとかかな?」


 わたしの内情を知らない風切くんは無邪気にそんなことを言ってはにかむ。

 その純粋無垢で優しい笑顔は、何度も何度もわたしを狂わせてきた。


「なんで……」


 なぜ、彼は……。

 今日は彼と話したくないからわざわざこの格好をしてきた。

 それなのに彼は一瞬でわたしが崎宮可憐だって分かった。


「どうして? どうして風切くんはわたしが崎宮可憐だって分かるの?」

「どうしてって……」

「いいから答えて!」

「はっ、はいっ! えっとー」


 わたしが声を荒げると、風切くんはビクッと驚きながら答える。


「さ、崎宮さんって……なんていうかこう……崎宮さんらしいオーラがあるっていうか。今日はいつもピンクファッションじゃないけど、俺には自然と崎宮さんが崎宮さんだってすぐに分かった」

「わたしの、オーラ?」

「うん。あ、でもさ……俺はいつもの崎宮さんの方が……す、好きっていうか」

「……え?」

「俺はいつもの唯一無二な崎宮さんのファッションが好きなんだよね。今日のファッションもそりゃ可愛いけど……やっぱり最初に会った時から、崎宮さんの可愛いさに似合うのはあのファッションだって思ってるから」

「風……切……くん」


 風切くんは……初めてここで会った時も、わたしの「可愛い」を守ってくれた。

 その後、一緒に過ごす中でわたしの「可愛い」が好きだって何度も何度も言ってくれていた。


 風切くんは、わたしの「可愛い」をこれほどまでに信じていてくれた。それなのにわたしは……。


「ねえ風切くん……わたし、地雷系女子なの」


 今にも喉が詰まりそうなくらい苦しい声で、包み隠さずその事実を伝えた。


「崎宮さんが地雷系……? でも地雷系は前に嫌いって自分で——」


「わたしは! 自分の好きなものへの執着が重すぎるほど強いし、嫌なことがあるとすぐにSNSの裏垢に書き込んじゃうし、その内容も重くて暗くて病んでるし! それなのに周りには普通の女子と思われたいと願ってる……本当のわたしはなのに!」


 全部……全部言ってしまった。

 リアルでは誰の前でも吐き出せないと思っていたことを、全て。

 嫌われる。間違いなく嫌われる。

 ミシミシと、全てが壊れていく音がした、その時——。


「崎宮さん。それは……別に悪いことじゃないと思うよ?」


 風切くんは変わらず優しい笑顔を見せた。



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