42話 部室にて


 サークル会議をした翌日。

 俺は4限の講義終わりに、5号館にある旅行サークルの部室へ来ていた。


 結局昨日の会議では次の旅行先は決まらず、肝心の会議はこれまで行った旅行先の写真などを観て談笑してていつの間にか終わっていた。

 なんともまあ、緩いサークルなのだろう。


 一応、毎週木金曜日はサークルの活動をするらしいので、週の終わりに講義を詰め込んでいる俺はサークルに顔を出すことにした。


 もうみんな集まってるのかな?

 女子ばかりの(ハーレム)サークルなため、どうしても緊張してしまう。

 知り合いだらけのサークルなんだし、慣れないといけないってことは分かってるけど……。


「お、お邪魔しまーす」

「おー風切。遅かったな」


 部室のドアを開けると、中では部屋の奥のテレビの前にあるソファに座りながらゲームをしている先輩がいた。


 ざっと10畳くらいの広さの部屋で、部屋のあちこちに旅行先で買ったと思われるペナントや、ご当地キャラのぬいぐるみが飾られている。

 中央には6席分の椅子と、それらに囲まれたピンクの丸テーブルがあり、ドアから見て左手には掃除の行き届いているピカピカのシンク、奥には東雲先輩がダラっと座っているソファと大型のテレビが置かれていた。


「東雲先輩……ここって部室なんですよね? 一人暮らししてる女子大生の部屋みたいなんすけど」

「なかなかカワイイだろ? 女子オンリーのサークルになってから先代の部員がお金出し合って模様替えしたんだってさ。かつてヤリサーだった影は全くない」

「ヤリサーだったって話、マジなんすか?」

「日向から聞いたのか?」

「はい。でも日向のことだから冗談なのかと」

「なーんだ日向のヤツ信頼0なのか? まあ、日向の揶揄い癖は玉に瑕だからな」


 先輩も大概だと思いますが? と反射的に言いそうだったがやめといた。


「久々の男子が入ったんだし、もし風切がしたいならヤリサーに戻るが?」


 ニヤリとわざと舌を出しながら、メガネ越しにいやらしい目つきで俺を見る東雲先輩。

 俺が……みんなと……っ!


「や、やめてください! 俺、そういうことしたくて入ったんじゃないんで!」

「いやいやマジになるな。ヤリサーとかキモいから。まさか妄想した? 引くわー」

「今のはどう考えても東雲先輩が悪いでしょ!」


 東雲先輩は「はいはい」とため息混じりに言ってゲームに戻った。


 ほんと、なんなんだよこの先輩っ!

 すぐ揶揄ってくるし、今日も白衣着てるし、研究ばっかりでストレスでも溜まってんのかな?

 だからって童貞陰キャの俺を揶揄うなよ……。


「はぁ……とりあえずみんなが来るまでそこの椅子に座っててもいいですか?」

「まあまあ、遠慮せずワタシの隣に座れ」


 丸テーブルの椅子に座ろうとした俺だったが、先輩に促されて先輩の隣に座る。

 こうしてソファに並んで座ってみると、先輩の小ささがよく分かる。

 こんなに小さくても理学部の先輩なんだよな……。

 横目でゲームをする先輩を見ていたら、不意に先輩と目が合った。


「どした、風切?」

「あ、えっと! みんな、遅いですね」

「ああ、他の奴らなら多分来ないぞ」

「え!? なんで!」

「なんでって……あのさ、limeグループでも言ったけどこのサークルはサークル会議をする時以外はほぼ自由参加なんだ。日向も清水も会議の時には来るが普段はほぼ来ない。わざわざ来たお前の方が珍しい類だぞ」

「で、でも! 自由参加って言っても、みんな来るものなのかと思って!」

「その志は見上げるが、もっと緩いものだと考えろ。まあ、あたしはほぼ毎日この部室に来るからいるけどな」


 サークルって俺が思っている以上に緩いんだな……。

 高校の部活と同じようなものだとイメージしていたから、結構意外に思えた。

 みんなが来ないとなると、俺がここに来た意味って……。

 俺がそんなことを考えていると、先輩はゲームのコントローラーを俺に手渡してきた。


「暇なら手伝ってくれ。作業ゲーしてるんだ」

「え、あ……はい」


 探索型ドットRPGらしく、2プレイでやれば作業効率が上がるらしい。

 このゲーム、少し前に話題になってたからやったことはあるけど……なんで俺に付き合わせるんだよ。


「あの、旅行サークルっていつもこんな感じなんすか?」


 先輩と地味な作業をしながら会話を繋ぐ。


「まーな。旅行サークルって言っても、毎週旅行するわけじゃないし」

「昨日聞き忘れたんですけど、旅行サークルって毎年何回くらい旅行に行くんですか?」

「年に3回」

「すっっくな! 嘘ですよね先輩!?」

「ほんとほんと。スポ根部活じゃないんだし、そんなもんだって。ゆるーくやってんの」

「ゆるすぎるような……」


 年に3回って妥当な回数なのかな?

 旅行サークルって言うからもっと旅行するものだと思ってたけど。


「ワタシはさぁ風切。先輩たちが守ってきたこのサークルを守りたいんだよ。だから部員確保のためにお前たちをサークルに迎え入れたし、次の旅行も成功させたいと思ってる」

「せ、先輩……」


 なんだ。意外とこの先輩にも良い所が——


「まあ、本音を言うと部室を守りたいんだけどな」

「は?」

「だってワタシ遠方の実家から通ってるから東南大まで片道2時間かかるし、ご飯とか暇つぶしとかここで自分の部屋みたいに寛げるから最高なんだよ」


 サークル関係ねえ……少しでも感心して損したかも。


「東雲先輩って、意外と苦労人なんですね」

「意外とってなんじゃい! このっ!」


 東雲先輩はゲーム内で俺に向かってロケランをぶちかまして来た。

 このゲームフレンドファイアあんのかい。


「てかさ、一つ気になったことがあったんだ」

「ん? なんです?」

「昨日、可憐ちゃんに改めて挨拶のlime送ったんだけど既読すらつかなくて。可憐ちゃんってlimeあんまり使わなかったりする? それか未読スルーの常習犯とか?」


 崎宮さんが……未読スルー?

 普段、俺とのlimeにはすぐ返してくれるし、未読スルーをするような性格じゃないと思うけど……。


「もしかして旅行サークルのノリが合わなかったとか? それならそうと早く言って欲しいんだなワタシ的には。一回旅行しちゃうと何かと辞めづらいし」

「ち、違うと思います! 崎宮さん、昨日は楽しそうだったし」

「それなら、いいんだけどな」


 崎宮さん、どうしたんだろ。

 東雲先輩が言うように旅行サークルが嫌になっちゃったなら……。


 よし、次のゼミの時に聞いてみよう。

 俺になら色々話してくれるだろうし、


 だって俺は、崎宮さんの友達なんだから。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る