41話 地雷系の地雷
清水が現れると4号館の会議室には静寂が流れる。
フリルが揺れるハートモチーフの黒いブラウスに、ハイウェストのプリーツスカート。
清水の緑なす長い黒髪は、相変わらず目を奪われるほどに美しい。
その漆黒の地雷系はピンクロリータの崎宮さんとは対をなす存在感を放つ。
清水は部屋に入って来ると、真っ先に崎宮さんの前に歩み寄った。
「……あなたは……もしや」
ボソッとそう呟くと目を細める。
な、何が起こってるんだろ。
崎宮さんも清水の視線に逆らわずに見つめ返す。
「えと、清水って、矢見さんと崎宮さんとは初対面だよな?」
「ええ、そうですわ」
俺が問いかけると清水はそう答えてやっと崎宮さんから視線を離す。
「お二人ともお初お目にかかります。わたくし、
「風切さんと同じ高校だったんですか!? じゃあ風切さんがこのファッション好きなのって清水さんの影響があったりします?」
「ふふっ、違いますわ。わたくしがこのお洋服を着始めたのは大学生になってからですので」
そう、だったんだ。初耳だ。
まあ清水の家って栃木では名高い家柄だし、親とかも厳しそうだから、ハートモチーフの服とかは流石にダメだろうな。
「私は矢見日奈子です! こちらは」
「崎宮、可憐……です」
崎宮さんは少し苦い顔をしながら自己紹介をした。
崎宮さんって初対面の相手だとかなり警戒するところあるからなぁ。俺の時もめっちゃ警戒されたし。
「矢見さんに崎宮さん……ふふ、同じ趣味の方がお二人もいらっしゃるなんて嬉しいですわ。もうここは地雷系サークルにしちゃいましょうか?」
「それは聞き捨てならん! ここは旅行サークルだ! それにワタシと日向はノーマルファッションだ! ついでに風切も」
「なんすかついでって」
「とにかく! 旅行サークルなんだから旅行の話をするぞ! 清水も来たわけだし、次の旅行先を決める」
東雲先輩はメガネをクイっと上げながらその小さな身体でテクテクと黒板の前に行くと仕切り始めた。
「風切さん、隣に座ってもよろしいですか?」
清水にそう聞かれ、俺は快く首を縦に振った。
「それはそうと……風切さんって、可愛いらしいお友達がたくさんいますね?」
「そ、そう……だな」
俺は他人事のようにボソッと返事する。
確かにこう見ると、入学する前の陰キャ時代からは考えられないくらいに美少女に囲まれてるような……。
俺は会議室に集まった旅行サークルの面々を見ながら思う。
それに今も、左には崎宮さん、右には清水。
両隣に二人の美少女……幸せすぎるだろ。
「おい風切! ボーッとするな!」
「へ? あ、はい!」
「ったく! どうせハーレムの愉悦にでも浸っていたのだろうな」
「そ、そんなことないですから!」
東雲先輩の理不尽なお叱りによって、みんなが小さく笑う。
ったく、東雲先輩のせいで恥かいた……。
男子一人ということで、俺はこれからも同じようなイジリをされるのを覚悟するのだった。
✳︎✳︎
旅行サークルに入ったのはいいけど……まさか矢見さん以外にも同じ趣味の人がいたなんて。
旅行サークルが終わった後、一人だけ講義があるわたしは、会議室の前で風切くんたちと別れて一人4号館から2号館の小教室に向かっていた。
「崎宮さん、お待ちください」
4号館から2号館に繋がる通路を歩いていると、背後からわたしを呼ぶ声がする。
振り向くと、そこには——。
「あなた……清水さん、だっけ」
わたしを呼び止めたのは清水神奈子だった。
風切くんの高校時代の同級生の子……。
「少しあなたとお話がしたくて、ついてきてしまいましたわ」
「お話……?」
「わたくしは別の大学の者なのであまり長居はできないのですが……それでも話したかったので」
お嬢様口調の清水さんは気品のある佇まいでわたしを見つめると、ニコッと笑顔を見せる。
彼女の存在は完全にノーマークだった。
旅行サークルの話し合いの最中も風切くんとやけに近い距離感で話していたし、かなりのライバルになる可能性が高い。
それに風切も……タメ口で……。
本来、風切くんはシャイなのでタメ口になるのは日向さんくらいだと思っていたのに、同級生のこの子にもタメ口だった。
そこが少し羨ましいというか……嫉妬してしまう。
「ねえ、あなたもこのファッションが好きなの?」
「ええ。そうですわ。わたくしはこのお洋服をとても……とても好いております」
清水さんは噛み締めるようにそう呟くと、わたしを一心に見つめてきた。
その瞳はわたしの目を全く離さない。
「もし、間違いだったら申し訳ないのですか」
「なに?」
「崎宮さんは……『病み女子大生の日常』のアカウントの方ですよね?」
「…………っ」
……なんで、そのこと。
彼女の言ったことは事実。
わたしは高校生の頃『病み女子高生(現・女子大生)の日常』というアカウント名でTwiX上に日頃の生活を発信していた。
もの凄い稼げるわけではないけど、バイト以外でも収入が欲しかったわたしは、広告収入目当てで始めたのだ。
決して自分が病んでるとは一ミリも思ったことはないし、あくまで収入のために愚痴キャラを演じてみたけど、なぜかわたしが呟くたびに周りの反応が凄まじく、現在はフォロワーが40万人を突破するほどのアカウントになっている。
「もしや、違いましたか?」
「……ううん、違わない」
「やはりそうですよね」
そう言って清水さんは安堵の息を漏らす。
「ねえ、そっちに明るい人からしたら、わたしって分かるものなの?」
「当然ですわ。何せわたくしは、あなたに憧れてこの服を着るようになりましたから」
「わたしに、憧れて……?」
SNS上では「憧れてます!」と何度も言われたことはあったけど、こうして面と向かって憧れていると言われたのは矢見さん以来だった。
わたしに憧れるなんて……意味わかんないけど。
わたしはわたしの可愛いを追求してるだけ、なんだし。
「わたくしが高校生の時、あなたの投稿を見て強烈に心に刺さりました。誰にも染まらない、自分の可愛いが詰め込まれた、女の子のためだけにあるお洋服の数々を紹介されていて……」
「う、うん……」
「さらに日常を綴った投稿では、女子の抱える裏の気持ちを赤裸々に語り、多くの共感を呼ぶあなたの投稿は素晴らしかったです」
さ、さっきからなに言ってるのこの子……。
裏垢ってそういうものだし、わたしはシンプルに不満に思ったことを書いてるだけなんだけど。
「特に『女子グループ内でのマウント合戦が不毛すぎる上にウザすぎる件』という長文の投稿には感動しました」
「あ、あのアカウントはほぼ愚痴アカウントみたいなものだし、そんなのに感動されても」
「いいえ、あなたこそ地雷系女子の鏡だと思います」
じ、地雷系……女子。
わたしはそのワードに強く反応する。
「あのさ、わたしリアルで地雷系って言われるの嫌いなんだよね。本当のわたしは重くなんてないし、地雷系でもなくて」
「地雷系ではない? ならその服装は?」
「これはわたしが可愛いと思うから着てるの。わたしが一番可愛くなるためには、一番可愛いって思える服を着ないとだから」
「………………」
清水さんは急に眉を顰めて口を閉じた。
さっきまであれだけベラベラ喋ってたお嬢様口調が途端に止まる。
「清水、さん?」
「……もしかして、ご自覚がありませんの?」
「な、なにが……?」
「あんなに素晴らしい地雷系文を書けるお方が、地雷系女子じゃないわけないですわ」
「え……?」
「ふふっ、別に恥ずかしがらなくてもいいですわ。実はわたくしもあなたと同じように心の中には深い愛情がありますし、あなたのような地雷系女子を目指しているのです」
「いや、だからあれは……裏垢で書いてるだけで」
「いいえ。あれほどまでのリアリティは本心でしか書けませんわ」
そ、そんな……ち、違う。
わたしは、地雷系じゃ。
本当のわたしは病んでない。あれはあくまで裏垢の話。
わたしは……わたしは……!
「わたしは地雷系じゃない……! 好きな人に対しても真っ直ぐな愛情を持ってるし、この服は可愛い服が好きだから、この服が心から好きで」
「……なぜ、地雷系を否定するのかわたくしには理解できません。重たくて深い愛情に、何の罪があるのですか?」
「それは……」
「もしかして、周りの人からの見られ方を気にされているのですか?」
「周りの……?」
その問いかけがわたしの心に痛いほど刺さった。
わたしはこのピンクで可愛い服が好きだから、自分が何よりも可愛いと思うから、自信をもって着ている。
髪だって、自分が大好きなピンクと、インナーで赤を入れたら綺麗だから染めた。
昔から周りの空気には染まらない、それがわたしのスタイルだった。
それなのに……わたしは心のどこかで『地雷系』と言われることに嫌悪感を抱いている。
その理由は、自分の「可愛い」の中に地雷系という言葉が入って来ることが、嫌に思えたから。
でもその嫌悪感の正体は……周りから地雷系と言われて馬鹿にされることを嫌う、そんな気持ちから生まれる感情だった。
周りから「病んでる」とか「重い」とか思われたくないという、「重い」感情。
結局、わたしは周りに染まらない生き方をしてきたと思ってたのに、一番周りを意識していたのはわたしだった。
地雷系という言葉に地雷を持っている時点で、わたしは自分の価値観よりも他人の価値観で……生きてたんだ。
「崎宮、さん?」
「……………」
その後のことはあまり覚えていない。
適当に話を終わらせて、講義もサボった。
覚束ない足でマンションに帰ると、そのまま眠った。
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