40話 運命のイタズラ


 栗色の長い髪と赤縁のメガネ、さらに白衣を着ているという、いかにも研究者っぽい見た目の東雲稲荷先輩。

 理工学部の生徒みたいだけど、だからってわざわざ白衣で来なくても。


「あ、あの、東雲先輩? 今日は旅行サークルの会議って日向から聞いたんですけど」

「会議もそうだが……ワタシは当サークルの代表として新入部員に初顔合わせをしたかったからな。特にそっちの地雷ちゃんに興味があるし」


 崎宮さんは不機嫌そうに眉を顰めると、立ち上がって東雲先輩の方を睨んだ。


「お言葉ですが、わたしは地雷とかじゃないので。この服は好きだから着てるだけですし。それとわたしの名前は崎宮です。崎宮可憐」

「なるほど。地雷と言われるのが地雷……なかなか興味深い」


 東雲先輩は片手で下顎を撫でながら不敵な笑みを浮かべると、崎宮さんに手を差し出した。


「よろしく可憐ちゃん」

「……は、はい」


 崎宮さんは困惑しながらその手を取る。

 見るからに崎宮さんとは合わなそうな性格をしている。


「そっちの優しい顔したキミは風切くんだよな? 風切くんもよろしく」

「はあ……」

「キミのことは日向からよく聞いてるよ?」

「日向から?」

「ああ。風切くんはたくさんの女の子に囲まれたい願望はあるけど手は出さないタイプの男だから入れても大丈夫だって」

「なんだその説明!?」

「……ねえ風切くん、そうなの?」


 さっきまで東雲先輩に向けられていた崎宮さんの冷たい視線が今度は俺に向けられる。

 お、おいおいおい、崎宮さんに誤解されちゃうじゃないか!


「誤解だよ! 崎宮さん!」

「おやおやー? もしかして修羅場かな?」

「先輩のせいですからね!」

「ねえ風切くん説明して? 女の子に囲まれたい願望ってなに? ハーレムが好きってこと? ねえ、ねえ」

「ひ、日向の伝え方の問題だから! 俺はそんなこと思ってないし! そもそも俺のこと一番よく知ってるのは崎宮さんなんだから、そんな戯言に惑わされないでよ!」

「わたしが、一番……っ!」


 一瞬身体がビクンと震えた崎宮さんは、唇をキュッと締め、急に頬が真っ赤に染まった。


 え、なに? その反応。


「そうだよね。風切くんの一番の友達はわたしだし、風切くんのこと一番よく知ってるのはわたしだもんね? そりゃ当たり前だよね。だって風切くんと最初にお友達になったのはわたしだし、風切くんはわたしのこのファッションを誰よりも認めてくれてる、それに比べて日向さんは後々から友達になった2番目の女ってことだし、既にわたしは風切くんとデートもしてるし、風切くんからこんなに可愛いプレゼントも貰ってるし、風切くんから一番可愛いって言われてるのも間違いない」

「さ、崎宮さん落ち着いて、早口で何言ってるか分かんないし」

「でもそれって逆を言えばわたしのことを一番知ってるのも風切くんってことだし、それってもう完全に……(ブツブツ)」


 変なスイッチが入ったらしい崎宮さんは、リンゴ病になったのか心配になるくらい顔を真っ赤に染め、両手で顔を隠しながら呪文のように何かを唱えていた。

 ブツブツ言ってるけど、急にどうしたんだ崎宮さん。


「いやぁー器用だね風切くん。キミは女子の喜ぶツボが手に取るように分かってるようだ」

「全然褒め言葉に聞こえないですし、俺はそれが分からないからいつも困ってるんですが」

「キミって地雷処理班か何かなん?」

「言ってる意味が分かんないんですけど」

「ま、いいや。キミより可憐ちゃんの方が揶揄うと面白そうだし、もし可憐ちゃんが地雷化&暴走化したらキミがマインスイーパーとして働いてくれるから安心だな」

「ほんと何言ってるか分からないですけど、これ以上余計なこと言ったら先輩とはいえ許さないですからね」

「へいへーい」


 先輩は白衣の中から子供が飲んでそうな小さな乳酸飲料を取り出すとグビッと飲み干す。

 どうやらこの人も揶揄うの大好きな日向タイプの人みたいだ。

 ったく、俺の周りにはその手の女子しかいないのかよ。


「イナリせんぱーい、お待たせしましたー」


 そうこうしているうちに、日向が会議室に入ってきた。

 いつも通り足のラインが際立つスキニーパンツに、今日は比較的暖かいからかヘソ出しのトップスを着ていた。

 ヘソ出し……ってか、日向って腰細いなぁ。


「風切ったら見過ぎっ」

「み、見てないし!」

「うそうそ。からかっただけでマジにならないでよ」


 俺はさっそく揶揄われてしまう。


「おや? 崎宮ちゃんが荒ぶってる」

「これはいつものことなのか?」

「そうですよー」


 いつものことではないだろ!

 日向が適当なことを言うのでツッコミかけたが、もうツッコミすぎて疲弊した俺は流した。


「自販機の前で矢見ちゃんとバッタリ会ったから矢見ちゃんも一緒に来たよ」

「え、えと、東雲先輩! お初お目にかかります。矢見です!」


 会議室に入ってくるなり、恥ずかしそうに日向の背中に隠れていた矢見さんは、前に出ると東雲先輩に自己紹介をした。


「おー、キミが矢見ちゃんか。ちっちゃくて可愛いな」


 アンタが言うんかい。


「キミ何センチ?」

「139cmです!」

「…………ふ、ふーん。そうか。ワタシは140cmだからキミより上だな。ふふん」


 どんぐりの背比べという言葉が一番しっくりくる。

 でもパッと見だと矢見さんの方が背が高く見えるけど……あ、そうか。矢見さんは確か底上げブーツだったな。


「か、風切くん……」

「ん? ああ、崎宮さん、大丈夫?」

「ごめん、取り乱して」


 いつもの表情に戻った崎宮さんが恥じらいながら戻ってきた。

 これで矢見さん、東雲先輩、日向、崎宮さん、俺の5人が集まったが……あと1人、肝心な人物がまだ来てないよな。

 そう、清水神奈——。


「皆様、お待たせいたしました……と、おや?」


 清水神奈子が廊下から会議室のドアを開けてこちらを見た瞬間に、その場の空気が一気に変わる。


「そちらが、日向さんが以前言っていた……」

「あなたが、日向さんの言ってた面白い子……」


 二人は何かを察したように少し笑みを浮かべながら目線を離さない。


 ピンクの地雷系と黒の地雷系。

 似て非なる存在。


 それが今……ここに。

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