34話 清水神奈子の憂鬱


 清水に促され、丸テーブルの前で立ち話をしていた俺と日向は椅子に座った。


 清水が地雷系の服を着る女子だったとは……これは神の悪戯か悪魔の罠か。


「風切さんもわたくしたちの旅行サークルに入ってくださるんですよね?」

「う、うん……よろしく」

「嬉しいですわ。風切さんと旅行できるなんて」

「また?」

「前にも話したかもだけど、俺と清水は高校の時に修学旅行が一緒の班だったからそれで」

「ふふっ」


 俺が日向に話している途中で、急に清水は笑みをこぼす。


「あの修学旅行は……とても良い思い出になりましたわ」


 懐古するような遠い目で清水は天井を見上げた。

 そんな言うほどの思い出があったか?


 高校時代、俺と清水はクラスは違うけど希望した修学旅行先が同じく京都で、班分けの時に、たまたま一緒になった。


 元陰キャオタクの俺からしたらお嬢様で人気者の清水神奈子は誰よりも眩しい存在で、班で行動している時もずっと緊張してたから、むしろ修学旅行は楽しめなかった。


「風切さんは覚えていますか? 修学旅行の時にわたくしがクロコちゃんのストラップを落としてしまった時のことを」


 クロコちゃんの、ストラップ……?

 クロコちゃんというのは女児からOLまで幅広い女性人気を誇るアミューズメントパーク『ピルロランド』のマスコットキャラで、黒い猫型のちょっと意地悪そうな顔をしたキャラのこと。

 確かに修学旅行の時、清水がなんか落とし物をして探した記憶はあるが……そんなに印象的なものではない。


「わたくしが修学旅行でクロコちゃんのストラップを落としてしまった時、班の人に話しても『ストラップくらいで〜』と話を聞いてくださらなかったのに、風切さんだけは泣きそうになっていたわたくしに優しくしてくれて……一緒に探してくれたんです」

「ひゅ〜、風切やるー」

「ちゃ、茶化すなよ」


 徐々に思い出してきた。

 確かあの時、清水は落とし物をしたのに、班の他メンバーは聞く耳を持っていなくて……。

 見るに堪えなくなった俺は、班のメンバーに自分も落とし物をしたと言って、清水と二人で来た道を戻りながらストラップを探したんだが、意外と早く見つかった。

 すぐ見つかったから俺からしたらそこまで印象的ではなかったけど……。

 てか、地雷系女子御用達のクロコちゃんのストラップを持っていた時点で、今の伏線だったのか。


「修学旅行の班の中心にわたくしを嫌いな女子がいたのでわたくしはハブられていたというか……だからこそ、風切さんが『自分も落とし物をした』と言って、ストラップを探してくれたのが本当に嬉しくて……風切さんの"優しい嘘"は、わたくしを救ってくれました」


 え……清水ってハブられてたのか?

 そりゃ人気者の清水にもアンチみたいな奴がいたかもしれないが、陽キャにあまり関心がなかったクソ陰キャボーイの俺は知る由もなかった。

 言われてみれば清水が落とし物をした時、やけに周りが冷たかったのも、ハブられていたということなら理解できる。


「でも清水ちゃんは修学旅行以降、風切と話してなかったんだよね? なんでなんで?」

「そ、それは……」


 清水は俺の方を見ると口角をクイっと上げる。


「ちょっと、恥ずかしかったというか」


 は、恥ずかしかった?

 シンプルに俺みたいな陰キャと話したくないからかな……?

 あの頃の俺って散髪サボって髪もボサっとしてたし、教室でもオタトークかソシャゲしかしてなかったキモオタだったから……。


「ふーん……なるほどね」


 日向はバッグを片手に急に席を立った。


「あたし飲み物買ってくるから、ちょっと席外すわー」


 そう言ってウインクすると、日向は学食内にある自販機の方へと歩いて行った。


 お、おいおい。清水と俺を二人きりにするなよ日向……。


 俺はそっと清水の方に目を向ける。

 見事なまでに黒で統一された地雷系の衣服。

 メイクも俗に言う病みメイクというか、ピンク色に縁取られた目元が病んでる感を醸し出している……。


「またこちらをジッと見つめてどうかされましたか?」

「い、いや、その、あの、えっと」


 ヤバい……やっぱ高校の同級生の前ではキョドっちまう。

 ここは、何か話を……話、を……そうだ。


「き、清水が日向に俺のlimeアカウントを教えたって聞いたんだけど、修学旅行のグループ、清水もまだ入ってたんだな?」

「それを言うなら風切さんこそ」

「だ、だってあーいうグループってなんか抜けにくいというか何というか! そりゃ用済みだから抜けるものなのかもしれないけど、抜けたらグループチャットに表記が出るし!」

「ふふっ、風切さんって結構色々気にされる方なのですね?」


 そりゃ、気になるだろ! 陰キャっていうのは基本的に目につく行動を嫌うんだ!

 でもこれで、さらに陰キャだと思われたよなぁ……。


「まあ、抜けてなかったわたくしも同じということなのですが」


 清水は急に瞼を半分落とし、しっとりした顔つきでそう呟いた。

 なんかさっきから急にしっとりするんだよな……。

 清水は崎宮さんと違って見た目以上に中身にどこか"病み"を感じる。

 そもそもあのお嬢様っぽい見た目の清水が地雷系を着てる時点で色々あったに違いないとは思うけど。


「……風切さん、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「ああ、別にいいけど」

「では、少し踏み込んだ質問を」


 ふ、踏み込んだ?

 一体、なにを……。


「今、お付き合いされている方はいらっしゃるのですか?」


「へ……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る