30話 崎宮可憐は思い出す(side可憐)


 風切くんから貰ったピアス……。


 マンションの部屋に帰って来て、リビングにある背の低いピンク色のテーブルの前に傾れるように座り込むと、バッグから取り出した風切くんのプレゼントを舐めるように見ていた。


 このノンホールピアス、行きつけのショップの品とはいえ、ちゃんとわたしのファッションとシナジーがあるアイテムを選んでくれたことに感動を覚える。

 風切くんは、本当にわたしのこと考えてくれてるんだな……って、心から実感した。


 ずっと男という生き物を同じステージの生物と見做してこなかったわたしだが、風切くんだけは高尚なものに思えて仕方がない。


 ただ優しいだけではない。

 風切くんはわたし、崎宮可憐の本質を見抜いて、その上でわたしに優しくしてくれている。


「そんな人……ほんと、初めて」


 男とか女とかの問題じゃない。


 世間では変わり者として扱われるわたしを、ここまで肯定してくれる人は……本当に初めて、だから。


 ふと瞼を下ろすと、過去の嫌な思い出が想起された。


 高校生の時のことだ。

 中学生の時に男子から嫌がらせを受けたことで進学先を都内の名門女子校にしたわたしは、周りが清廉潔白なお嬢様ばかりの環境に馴染めないでいた。


 でも少なからず高校から外部進学してきた一般人のわたしに興味を持つ子もいて、入学したばかりの頃は遊びに行ったりもした。


 しかし——わたしの趣味は真っ向から否定されてしまう。


 高校時代、最初で最後の友達と遊ぶ約束をしていた日に言われた一言だ。


『さ、崎宮さん、その服装……イタいよ』


 まだ冬の寒さが残る4月中旬。

 遅れて来た友達が、身体を震わせながら待っていたわたしに向かって、開口一番に顔を引き攣りながら言った。


『それってってヤツだっけ? そうだ! 今からブティック行かない? せっかく崎宮さんは基が可愛いんだし、もっと可愛い流行ファッションを私が教え——』

『……っ!』


 言うまでもなく、わたしはその場から逃げ出した。

 わたしの好きを、全く受け入れないどころか、否定した上で違う価値観を押し付けようとしてきたのだ。


 わたしは地雷系という言葉が嫌いだ。

 別にこのファッションは病んでるわけでも、重い女をアピールする手段でもない。


 わたしはただ純粋に、自分の好きなピンクを主張する上で一番可愛いと思ったこのファッションが好きだった……だけ、なのに。


『どうして……受け入れてもらえないの』


 周りはよくわたしのことを可愛いという。

 でもそれは、単純にわたしの顔やスタイルに魅力があるというだけのことで、誰もわたしの一番好きなファッションを可愛いと思ってくれないのだ。


 その時を境に、自分の価値観が世間に受け入れてもらえないという思考に変わった。

 でもそれで良かった。

 わたしの好きはわたしの中で完結するだけで満足で、他人の評価はあくまで他人の自己満足でしかないから。


 そんな時、わたしの全てを肯定してくれる稀有な存在……風切くんが、わたしの前に現れた。


 あの雨は、恵みの雨だったのかもしれない。


「わたし、風切くんのことが好きなんだ」


 これまで、好きという感情を知らなかったけど、これを貰った時に、わたしは全てを悟った。


 わたしは間違いなく……風切くんのことが好きだって。

 否——本当はもっと前から気づいていた。


 でも、自分が恋をしたことに対して、正直に向き合えなかった。


「地雷系って言葉は嫌いだけど……わたしは本質的に重いのかも……しれない」


 そう呟きながら、口から溢れる言の葉を追いかけるように、テーブルの上にある風切くんのマンションのチラシに目を落とす。


「待ってて、風切くん……♡」






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