22話 崎宮、キレたっ!
「崎宮……さんっ」
白のブラウスに黒いスカートという、フォーマルなファッション。
その上にはエプロンを着けているのだが、他の人は黒や緑のエプロンなのに、崎宮さんだけは誰よりも目立つピンク色のエプロン。
そして何より……ピンクのヘアゴムで一つに束ねたポニーテール!!
いつもはロングヘアで隠れて見えない首筋が、チラチラと目に飛び込んでくる。
いつも見えないからこその、良さが……。
って! さっきからどこ見てるんだ俺!
崎宮さんは頑張って仕事してるんだから、変な目を向けちゃだめだ!
仕事してる時の崎宮さんってこんな感じなんだ?
それにしてもこのピンク……崎宮さんらしいと言えば崎宮さんらしいけどね。
「……いらっしゃいませ」
知り合いが来ても一切表情を崩さずに笑顔で接客する崎宮さん……に思えたが、少し経つと若干顔を引き攣っている。
これは怒っているのか困っているのか……。
どちらにしてもこの感じだと崎宮さん困らせてるよなぁ。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
客と店員、あくまで他人行儀を貫く崎宮さん。
「えーっと、風切くん何にしましょうか?」
背の低い矢見さんは、レジの上にある横長の看板を見上げながら目を泳がせる。
やっべ……俺、この手の店に来たことないから何頼めばいいのか分かんないんだけど。
「今、期間限定でメロンと桃のフラペチーノがあるので、それを一つずつ頼みませんか? 風切さんがメロンで私は桃!」
「別に、いいけど」
「やったー! 風切さんのメロンも少し飲ませてくださいね?」
「う、うん」
俺がそう答えると崎宮さんの方から反射的に「は?」という声が聞こえた。
「さ、崎宮さん?」
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「は……はい」
あれ、何も無かったような自然な接客。
さっきの「は?」ってのは聞き間違い、だったのかな?
「お支払いはいかがいたしましょう?」
「あ、じゃあ支払いはスマホのバーコード決済でおねが——」
俺がスマホを取り出してバーコード決済で支払おうとすると、まるで競技カルタの選手のようなスピードで崎宮さんが持ってるバーコードリーダーが俺のスマホの画面にパシャッと飛んできた。
真顔で俺のスマホのバーコード決済をしているのに、瞬きひとつせずに矢見さんの方を見つめている。
理由は分からないけど、矢見さんの方めっちゃ見てる。
もしかして矢見さんが主導でここに来たのが分かってるのかな……?
それで矢見さんに怒ってるとか。
「……店内でお召し上がりになるなら、後ほどテーブルまでお持ちいたしますので」
崎宮さんはそう言って俺の手に番号札を握らせた。
注文が終わって列から離れた俺と矢見さんは二人で店内のテーブル席へ向かう。
「崎宮さんのポニテ、すっっごい可愛いよね」
崎宮さんがあれだけ怒り気味だったというのに、何も気づいてないのか、矢見さんは嬉しそうだった。
確かにあの首筋が見えるポニテはいつもと違って活発に映る。
いつものロングもいいけど、スッキリした髪型の崎宮さんも……グッド。
「それにあのピンクのエプロンもいいなぁって。私も崎宮さんくらい自信を持って好きな色を身につけたいです」
「へぇ、それなら矢見さんもしたらどうかな?」
「へっ! そ、それは……私にも地雷系を着ろってこと?」
矢見さんは自分の服を指先でつまみながら聞いてくる。
「でも矢見さんって、崎宮さんのファッションに憧れてるんだよね?」
「それは……そうですけど」
矢見さんは指と指をツンツンしながらまた目を泳がせた。
「もしも私が地雷系着てきても……笑わないでくれますか?」
「笑う? なんで?」
「だって私、チビなので。ロリータ着たらただのロリになっちゃうというか」
「むしろ向いてると思うけど」
「ほんとですか!」
矢見さんは食い気味にテーブルに乗り出して、俺の顔に自分の顔を近づけてくる。
矢見さんのロリっぽいチミッとしたまる顔が目の前に……って。
「ちょ、矢見さん離れっ」
「お待たせしましたー」
崎宮さんがテーブルまで来ると、トレーに乗せられて運ばれてきた二つのフラペチーノをテーブルに置き、
「こちらも——」
崎宮さんはドバッと10本くらいの新品の紙ストローも一緒に置いた。
「崎宮さん!? な、なんでこんなに余計なストローを?」
「こちらを使って飲み合いっこしていただければと。間違っても同じストローで飲まないように」
崎宮さんはニコニコしながらそう言うと「ごゆっくりどうぞ」と言って踵を返した。
「ストローありがたいですねー。じゃ、飲みましょっか」
「そうだね」
もしかして崎宮さんは、俺が回し飲みをするのに抵抗あるのに気づいて、わざわざこんな配慮を……?
ホスピタリティの塊じゃないかっ!
俺は心から崎宮さんの仕事っぷりに感動していた。
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