20話 思いつきは勘違いの始まり


 刻は昼下がり。

 学食の窓際にあるテーブルに置かれたカルボナーラパスタとカツ丼のトレー。

 さっさと昼メシを食べてマンションに帰ろうと思っていた俺の前に現れたのは、合法ロリ(?)の矢見さん。


 その矢見さんが放った一言——。


「崎宮さんの……しゅ、好きなんですか!」

「え……?」


 唐突な質問すぎて、俺は目を丸くする。


 矢見さんは目の前のカツ丼の湯気を顔に浴びながら、俺に向かって聞いてきた。


 崎宮さんが好きかどうか……だって?


「い、いや、そのー。俺は好きっていうか、なんというか……」

「違うんですか?」

「そりゃ俺みたいな凡人は崎宮さんとは釣り合わないけどさ、それでも憧れみたいなのはあるというか……でも、崎宮さん可愛いから彼氏とかいるかもだし」

「あのー、さっきから何言ってるんです?」

「は? 矢見さんが崎宮さんのこと好きかって聞いてきたから正直に答えたんだけど」

「違います! 私が聞きたいのは、が好きかどうかって話で!」


 じ、地雷系、ファッション!? だと!?

 もしかして矢見さんは、崎宮さんのファッションの方に惹かれてる感じだったの!?


「そっ、そっちかぁー」

「そうに決まってますっ! 私、崎宮さんを最初に見た時からすっっごい可愛いピンクロリータの服と綺麗な赤インナーのピンク髪の子がいるなぁって思って!」


 矢見さんは興奮気味に早口のオタク語りを発動させて、俺に真っ直ぐな目を向けてくる。


「風切さんも好きなんですよね! 地雷系!」


 目の前に座る矢見さんは俺の方まで身を乗り出しながら興奮気味に言う。

 す、凄い熱量……。

 矢見さんは目の前にあるカツ丼がどっかに吹っ飛びそうな勢いでグイグイ来る。


「え、えーっとぉ」


 オタク離れしてから分かったけど、昔の俺も好きなアニメ語る時とかこんな感じだったんだよなぁ。


 でも矢見さんって、最初は大人しめなイメージだったけど……意外と情熱的というか、真っ直ぐな人なんだ?

 崎宮さんが好きなことにまっすぐなように、矢見さんもまた自分の"好き"を持っているようだった。


「どうなんですか風切さん!」

「お、俺は地雷系ファッションが好きっていうよりも、地雷系ファッションとかピンクの髪とかが似合ってて可愛い崎宮さんに憧れるというか……」

「可愛い崎宮さんに憧れる……ですか?」

「へ、変かな?」

「全然! 変じゃないです! 私も崎宮さんに憧れてますし!」


 矢見さんはやっと割り箸を割ると、目の前にあるカツ丼にがっついて、リスみたいに頰を膨らませた。

 矢見さんって見た目だけじゃなくて中身もちょっぴり子供っぽい……こんな女子なかなかいないし、なんか崎宮さんと違う意味で可愛いな。


「そうだ! この後、一緒に崎宮さんの働いてるスノー・トップス行ってみませんか?」

「へ?」

「お店は〜、新宿とかですかね?」

「な、なんでそんなことまで分かるの!」


 店舗までは俺すら知らない情報なのに!

 矢見さんってまさか……ストーカー……?


「なんでって……崎宮さんがスノー・トップスで働いているのは今日のゼミの前に教えてもらったInsteのアカウントの投稿を漁ったので知ってますよ?」


 い、Inste!? 崎宮さんってInsteもやってたんだ。

 TwiXではバイト先とかの投稿は無かったと思うし、崎宮さんはInsteの投稿と内容を分けてるのかな?

 俺もInsteやってれば良かった……。


「崎宮さんのFF欄にいる同じバイト先の方の投稿を遡るとバイト先の店舗の構造が分かりまして、その店構えの構造があるのはスノー・トップス新宿3号店なんです。だから崎宮さんはそこでバイトしているかと」


 幼なげな顔して凄い洞察力……というか、ほぼストーカーのそれじゃん。


「とにかく、この後デザートの代わりに一緒にスノトへ行きましょうよ! 私がフラペチーノ奢りますから!」

「ホント!? ……ってダメダメ! 崎宮さんのお仕事の邪魔したくないし」

「邪魔なんてしないです! ちょっと観に行くだけなので!」

「ちょっと……? そもそもどうしてそこまでして行きたいの?」

「崎宮さんの仕事着、観たくないですか?」


 さ、崎宮さんの……仕事着……。


 スノトの制服を着た崎宮さん、か。

 そうだな、例えばこんなシチュエーションはどうだろう……。

 アツアツのコーヒーを淹れながら、額を伝う汗を拭う崎宮さん。

 制服の白いブラウスを着た崎宮さんは、胸元のボタンをプチンと外して、俺の前にコーヒーを差し出し——


『風切くん。熱々のコーヒーと一緒に……わたしも、どうかな?』


「……うん。やっぱ行こっか矢見さん」

「やたー! ノリが良いですね風切さん!」


 べ、別に……仕事で汗を流す崎宮さんに興奮したわけじゃないけど……。


「俺は崎宮さんの色んな姿を見てみたいから」

「もぐもぐ……なんか言いました?」

「な、なんでもない」


 こうしていつの間にかカツ丼を食べ終わっていた矢見さんと一緒に、崎宮さんのバイト先に向かうことになったのだった。

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