16話 新手の可愛いモノ使い


 風切くんと日向さんがねんごろな関係じゃないことが分かり、安堵したのも束の間、日向さんによってまた新しい女の影が……。


 わたしは心の中で舌打ちしながら、風切くんと日向さんの後ろをついていって講義室へ向かう。


「そういえば風切、髪のセットにはもう慣れたみたいだね? 今日も上手にできてるし」

「ほんと!? 日向に褒められると嬉しいな」


 照れくさそうにニヤける風切くん。


 風切くんがわたし以外の女子と話しているのを見ると、気分が悪くなる。

 だってこの前まではわたしのことだけを見ていてくれたのに、急に日向さんとも同じような笑顔で楽しそうに話すから……。


 できれば風切くんには博愛主義者であって欲しくない。

 わたしのことを可愛いと思ってくれているなら、わたしだけに優しくしてくれればいいし、他の女子にまで優しくする必要なんてない。

 それなのにどうして日向さんまで優しくするの?

 女子と話したいならわたしと話せばいいし、それに日向さんよりわたしの方が胸も大きいし、女の子らしい身体つきをしているんだから、わたしの方が色んな意味で風切くんを満足させてあげられる。

 絶対わたしの方がいいのに……なんで日向さんとそんなに仲良く……。

 今の気分は飼い犬が赤の他人からソーセージチラつかされて尻尾振ってる時のようだ。


 なんなのこの感情。

 これまで男子に対してこんな感情を抱いたことがなかったから、違和感でしかない。

 これが……俗に言う『嫉妬』なのかしら。


「なあなあ、今のピンク髪の子、見た目ヤバそうだけど顔可愛いし身体エロくね? 話しかけるか?」

「やめとけやめとけ。あの手の地雷系の服着てる女なんて病んでるし、貢がされて終わりなんだよ。もっとマシな女山ほどいるって」


 移動中、廊下ですれ違った男二人組の話し声が聞こえる。


 はぁ……心から気持ち悪い。

 見た目だけで判断する。これだから男は嫌いだ。

 わたしは地雷系という言葉が嫌い。

 わたしはこの服を可愛いから着ているだけで、この服を馬鹿にした地雷系なんて言葉でわたしの人格まで括って欲しくない。

 

 それにさっきの男たちはやけに上から目線でまるで女を吟味する立場にいるような口振りをしていた。

 男っていう生き物はすぐに女より優位に立ちたがるし、自分は何の努力もしてないのに女子にばかり理想高くて偏見に満ちてる。

 性別が男ってだけでいつも偉そうで、理解できないからって簡単に人の好きなものを馬鹿にする。

 だからわたしは今も男のことが……大嫌い……っ!


「崎宮さん大丈夫? 今の奴ら感じ悪いな。わざと聞こえるように言って」


 そう……を除いて。

 前を歩いていた風切くんは、わたしの隣に来て心配してくれた。

 風切くんだけは……違う。

 男でも、わたしの服の好みを理解してくれて、わたしの全てを肯定してくれる。

 彼は今まで出会った男にはいないタイプの男性。

 こんな人、わたしの人生でもう現れることはないし、彼はわたしの特別。


「風切くん、心配してくれてありがとう。大丈夫だよ?」

「そ、そう? それなら、いいけど」


 周りからどれだけ罵詈雑言を吐かれようが、彼の優しさは一瞬で全てを浄化してくれる。

 彼がいれば、わたしはいつまでも自分を保てるのだ。

 風切くんが……一生側に居てくれれば。


「っと、教室着いたね」


 わたしたちがゼミの教室に到着すると、周りの目がわたしに集中した。

 また地雷系がなんだのと噂されているみたいだった。

 もう周りから見られるのは慣れた。


 地雷系とか目立ちたがり屋とか……周りと好きなものが違うだけで否定される社会。

 日向さんの友達もきっと、その手の人なのだろう。


「こ、こんにちはっ」


 講義室に入ってきたわたしたちを見つけると、真っ先に近づいてきた女子が一人。


 巻き髪ハーフアップの髪と、背が低くナチュラル垂れ目でまつ毛も長いため、中学生くらいの女の子と言われても違和感がない。

 わたしが162cmだからおそらくこの子は150あるかないかくらい。


 白のTシャツに黒のジャンパースカートを着ていて、見るからに男受けの良さそうな容姿をしていた。


「や、矢見日奈子やみひなこ……です。よろしくお願いしますっ」


 少し舌ったらずなロリ声。

 見た目はあざと可愛いぶってる印象があったけど、その話し方からしておそらく自己主張の弱いだけのタイプの女子。

 日向さんとは真逆のタイプだけど……よく友達になれたわね。


「矢見ちゃん、この二人が前に話した風切と崎宮ちゃん」

「えっと、風切裕也です。よろしく矢見さん」

「はいっ。よろしくです風切さんっ」


 風切くんが挨拶すると、矢見さんは柔らかい笑顔で答えた。

 まさか風切くん……この子のことを可愛いとか思ってないでしょうね?


 ……大丈夫。

 風切くんはわたしと同じ趣向の持ち主なわけだし……。


「崎宮さん、だよね? 私、この前のゼミの時から崎宮さんのファッションに——」

「ふっ、わたしの勝ち」

「何が!?」


 単に可愛いだけじゃ、風切くんの興味を引けないに決まっているのだから。


 ✳︎✳︎


 彼女が日向の友達の矢見日奈子さん……か。


「ねえ崎宮さんっ? 何が勝ちなの?」


 小さくて声も高めで……普通に可愛いな。

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