8話 注がれるのはコーヒーと寵愛(崎宮視点からスタート)


 駅で風切くんと待ち合わせして原宿までは電車で移動。

 電車の中は若干混み気味だったのて座れず、わたしたちは吊り革を持って横に並んだ。


 今日の風切くんはワックスで髪をセットしていて、背筋も伸びててどこか自信があるように思える。

 この前まではあんなにしょんぼりしてたのに……。


「どうしたの崎宮さん? もしかして今日の俺ヘン? 髪がはねてたり?」


 わたしが凝視していたからか、風切くんは不思議そうな顔でわたしに話しかけてきた。


「ううん。そんなことないよ」

「なら良かった。またワックスミスったのかと焦ったよー」


 ワックス……そういえばこの前の講義の時に風切くんはあの女からアドバイスを貰っていた。

 わたしは風切くんのワックスが昨日の愚痴女からアドバイスを貰って買ったものだと知っている。

 あの愚痴女……風切くんの髪に何度も何度も何度も何度も触りながらワックスのアドバイスしてて、隣に座りながらわたしはムカついて手が出そうだった。

 風切くんは優しいから何も言わなかったけど、愚痴を聞かされる側の気分も髪を触られる側の気持ちも彼女は分かっていないのか、あの愚痴女は風切くんに対してかなり近いスキンシップをしていた。


 はぁ……またあの愚痴女のこと思い出しちゃった。


 わたしは男という生き物と同じくらい、愚痴を口にする人間が嫌い。

 不平不満を口に出すと言うことは、平然とゲロをぶち撒ける行為とそう変わらないからだ。

 わたしの場合は、愚痴(という名のゲロ)はしっかりSNS(という名のトイレ)にぶち撒けて決して口には出さないようにしている。

 それが人間としての礼儀であり、尚且つそれが大切な人の前ならなおさらだ。

 風切くんはわたしのファッションが理解できる唯一の存在であり、わたしに対して下心が全くない男子なんて、この世で風切くんだけだと思う。

 だから風切くんは……大切な人。


「さ、崎宮さん! あの、今日は遠慮なく何杯でも食べていいからね!」


 話が途切れていたからか、風切くんは焦り気味に話しかけてくれる。


「もー、この前も言ったけど、わたしそんなに大食いじゃないよっ」

「そ、そっか。あはは」


 こうして話していても風切くんはあんまり女子とのデートに慣れていなさそうな印象を受ける。

 話し方からして女子で遊んでそうな雰囲気はないし、かと言ってわたしのことも身体が目当てで近づいできたようには思えない。


 わたしの好きなものに理解がある上に、女性経験が無いなんて、理想的すぎて余計に風切くんが尊い存在に思えてしまう。

 何をしても風切くんにとってわたしが初めて……もちろんデートをするのもわたしが初めてなのだろう。

 もちろん、かく言うわたしも男子と二人でどこかへ行くのなんて初めてのことだ。


 同級生の男子が隣にいる感覚って、こんな感じなんだ……。


 わたしの人生における男は全員ゴミカス以下で、興味を持つこともなかった。

 だからこそ、実に新鮮な感覚。


 中学までは共学だったとはいえ、わたしは彼氏がいたことはない。

 むしろ昔から男子からちょっかいやイジメを受けていて、わたしの学生生活における男という生き物は常に敵でしかなかった。


 だから男と肌を重ねる恋愛なんて——今でも興味が湧かない。

 わたしは自分の大好きな可愛いピンクのものがあれば心が満たされるんだし。


 ……でも、風切くんは特別になった。


 彼は初めて話したあの時から、わたしの大好きなこのコーデを認めてくれたし、今日だってわたしのお気に入りであるピンクのワンピースを褒めてくれた。


 わたしはこれまで、周りに依存した承認欲求を必要としてこなかった。

 他人に認められなくても、自分の好きなものが近くにあればそれが幸せで、わたしがこのファッションや髪を染めたのも自分が好きだからであり他人を意識したものでは全くない。

 

 でも風切くんに出会ってから……風切くんから褒められることが心から嬉しい。

 嬉しい気持ちになるたびに、ニヤケそうになるけど、本人の前でニヤけるのは恥ずかしくてつい顔を逸らしてしまう。


 こんな感情にさせる彼は……やはりわたしにとって特別。

 こんな男子……初めて。


 だからこそ、わたしは彼の全てを知りたい。

 そしていつか、彼の視野にわたしだけが収まるように……じっくりと、彼を……。


 わたしは大好きなピンクへの愛と同じくらいの愛を、徐々に風切くんへ向けてしまいそうだった。


 ✳︎✳︎


 な、なんか電車に乗ってからやけに崎宮さんに見られているような……気のせいかな?

 もしかして既に退屈させちゃってる!?

 もしそうだとしたら、男として話題を提供していかないと。

 デートがつまらないなんて思われたくない!


「そ、そういえば崎宮さんってどこでバイトしてるの?」

「バイト? わたしがバイトしてるのは大学から一駅先にあるスノー・トップスで——」

「スノー・トップス!? すっご!」

「え? 別に凄くないよ? 年も同じ大学生の子ばかりだし」


 いやいや凄いって。

 スノー・トップスって、噂だと顔採用あるって言われてるし、俺みたいなフツメン以下のダメ人間だったら履歴書の写真だけでお断りされるレベルだもんな。


 崎宮さん、可愛いもんな……。

 少し変わったところがあるけど、見た目だけならスノー・トップスでも即採用だろう。

 きっと同僚のイケメン男子大学生とも仲良かったり……はぁ。


「おーい、風切くん? 次原宿だから降りるよっ?」

「えっ……あ、ああ!」


 こんなに好きなものに対して強い気持ちがあって、決してブレない崎宮さんから好かれる男子はきっと幸せなんだろうな。

 ずっと気になってたけど、崎宮さんって彼氏いるのかな……?


 カフェまでの道中、そんなことばかり考えてしまう俺だった。




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