6話 デート前は回想が捗る(side崎宮可憐)
仕事着は緑のキャップ、白のワイシャツ、そして黒のハーフパンツ。そして最後に大好きなピンク色のエプロン。
「店長、先に準備始めまーす」
わたし、崎宮可憐は高校生の頃(3年前)から『スノー・トップス』という大手カフェチェーン店でアルバイトをしている。
バイトに来たら真っ先にコーヒーと材料の仕込みをして、レジ横のフードコーナーにフード商品を並べて業務開始。
「いらっしゃいませー」
自慢の満点スマイルでお客様を迎える。
バイト中はいつもの可愛い服が着れないから嫌だけど、わたしはこの店舗でバイトリーダーを務めており、店長にワガママを言ってこの"ピンクエプロン"を着けさせてもらっている。
わたしはピンク色が大好き。
だってピンク色はヒロインの代名詞だし、女子にとってのトレードマーク。
ピンクが嫌いな女子はいないし、一番可愛いくなるためには必須のカラー。
でも……この世の中にはわたしの大好きなそれを否定する生き物がいる。
「見ろよあの店員。一人だけピンクのエプロンだぜ」
「髪もピンクで無駄に目立ってるし、なんか痛々しいよなー?」
「地雷系ってヤツなんじゃね?」
また地雷系って言われる……うっざ……。
わたしのことをすぐに「地雷系地雷系」と小馬鹿にして来る。わたしがこの世で嫌いなもの。
それは——『男』だ。
レジに並ぶ男子高校生二人組は、接客をするわたしの方を見てコソコソ話をしながら笑っている。
馬鹿にしてくるのはいつも決まって男。
それは昔からそうだった。
あれは小学生の頃、お母さんが作ってくれたピンク色のワンピースを着て学校に行ったら、周りの男子から指を刺されて笑われたことがあった。
何回も男子から「ぶりっ子」と揶揄われ、調子に乗っていると言われ、イジメられた。
服を引っ張られ、事あるごとにちょっかいを出されて……。
無邪気な小学生ならまだしも、中学生になってもわたしの好きなピンクは否定されてしまう。
中学生の時にお気に入りキャラだった【ピンキー・ラビット】というピンク色のクリっとした目が可愛らしいうさぎのストラップをスクールバッグにたくさんつけていたら、ある日、わたしが席を離れた隙に全てクラスの男子によって引きちぎられていた。
担任の教師にそのことを言っても「崎宮さんは可愛いから、男子は揶揄いたいのよ」の一点張りで注意の一つもしてくれず、わたしは男子から執拗な嫌がらせを受けた。
辛かった、悔しかった。
わたしの好きなものが周りに否定されて、自分の"好き"を楽しめない日常。
男という生き物はもはや人間じゃない。
だからわたしは【男は人外】と思って生きてきた。
こうして、男という生き物に嫌悪感を持つようになったわたしは、高校からは女子校に進学した。
できれば大学も女子大に行きたかったけど、お父さんやお母さんから東南大学に入りなさいと言われて、わたしは嫌々この大学へ行くことに。
女子大に行けなかったことへの反抗のつもりでわたしは一人暮らしを始め、長く伸ばした髪も思いっきりピンク色に染めた。
大好きなピンクを最大限に表現できるピンクロリータファッションで大学に通えて、今のわたしは充実した日々を過ごせている。
「崎宮ちゃんお疲れ様ー。もうそろそろ上がっていいよ」
「はいっ、お疲れ様でーす」
バイトが終わり、女性店長の蒲池さんに挨拶をしてから更衣室に戻った。
「あ、通知来てる」
わたしは一人きりの更衣室でスマホを開く。
『風切くん:月曜日は11時に大学前駅に集合でどうかな? パフェのお店は崎宮さんの行きたいところでいいからね! 値段とか気にしないで! ちゃんと奢るよ!』
大嫌いで人外だと思っていた男という生き物。
否——"いた"ではなく今も男は人外だと思っている。
しかし彼だけは……わたしの"好き"を壊すのではなく、守ってくれた。
『せっかくの可愛い服とか! そのメイクとか! 髪だってこんなに綺麗なのに、雨でビショビショになったら台無しじゃないか!』
あの言葉を思い出すたびに身体が震える。
あの時のわたしは自分の好きなものを犠牲にしてまで家へ帰ろうとした。
でも彼はわたし以上にわたしの好きなものを大切に思って、傘をわたしに貸してくれたのだ。
自分は雨であんなに濡れてしまったのに……。
あんな男子——初めて。
いつもの服に着替えたわたしは、肩に掛けたバッグの中にある折り畳み傘を出す。
本来、この傘は風切くんに返すべきだったけど、できればこのまま貰いたいな。
風切くんの温もりを——たった一人の王子様を、常に肌で感じていたいから。
「……お返事、しないと」
わたしは風切くんへの返事を打ち込む。
『崎宮:11時で大丈夫だよっ! デート、楽しみにしてるね?』
「……ふふっ」
わたしはこのデートで風切くんをもっと知ることができる……。
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