3話 感傷と感動


 雨に濡れ、びしょびしょになりながらマンションに帰ると、俺はすぐに風呂へ入った。

 ワックスで固まったカチコチの髪は、洗ってもなかなか直らない。

 風呂場の前にあるスマホで色々調べると、コンディショナーしてからシャンプーをしてみると、上手いこと髪が元に戻るらしい。

 実際にやってみると、すぐに自然な髪に戻った。


 ほんと俺って、何も知らないよな。


 感傷に浸りながら風呂から出ると、さっきまでのことはなんとなく忘れられた。

 もう髪を乾かすのも面倒だ。

 昼飯も食べる気になれないし……。


 俺は室内の干し竿にかかっていたTシャツを着て、適当なハーフパンツを履いたらベッドに身体を投げた。


 本来なら、大学生になってからやりたいことがいっぱいあったはずだ。


 人生の夏休み、モラトリアム。

 そう言われる大学4年間は、絶対に楽しまないと損だ。


 陽キャの集まるサークル入ったり、他の大学とのコンパへ行ったり、カラオケでバカ騒ぎしながら歌ったり、時には講義サボって新宿行ったり。


 でも俺がしたかったその全てに"友達がいる"という前提条件があった。


 それなのに今日の俺は、一人で勝手に空回りして、友達グループを陽キャと陰キャにカテゴライズして、本来自分が話しやすい陰キャグループを避けた。


 結果、大学デビューをミスってぼっち。

 友達ができないのも当たり前だ。


 それなのに周りから話しかけてもらうのを待つなんて……自爆行為もいいところだ。


 その上、俺は……。


『離して!』


 女子に無理やり自分の傘を貸そうとする、お節介変質男になってしまった。

 それもその女子は……変わったファッションの女の子。


「でもさ……傘を貸したことで崎宮さんが用事に間に合ったなら、俺が一生モンの恥をかいた甲斐があったと思うんだ」


 崎宮さんはゼミではその異質な見た目からハブられてたけど……近くで見たら、ピンク色の髪がとても似合う可愛らしい女の子だった。

 色白な肌にシャープで小さな顔立ち。

 細い眉に大きな瞳を縁取る長いまつ毛。

 美しい鼻梁に柔らかそうなピンク色の唇。


 少なくとも地元の女子の中にあんなに可愛い女の子はあまりいなかったし、ピンク髪の女の子なんて初めてだった。

 あ、あと……おっぱいが大きい子も。


 同じゼミで声をかけてくれた日向や他の陽キャ女子グループの子たちも可愛いかったし……。

 今まで栃木の田舎で生きてきた俺だが、こうして東京の大学に来ると、東京にいる女の子のレベルの高さに震える。

 そんな彼女たちとお近づきになれるゼミの陽キャ男子たちが羨ましくて仕方なかった。


 こうやって俺がベッドに寝てる間も、あいつらはキャッキャうふふと楽しげに食事会をしているのだろう。


「……もう、これ以上考えるのやめよう」


 俺はまだ昼過ぎなのにベッドの布団に包まって目を閉じた。


 ✳︎✳︎


 ——翌朝。


 早く寝たことでいつもより早起きした俺は、さっさと朝支度を済ませる。

 リュックは昨日の一件でびしょびしょなので外に干し、中身は黒のキャンパストートに移す。

 朝の9時30分から始まる1限の講義のため、俺は食パンを牛乳で流し込んでから家を出た。


 朝一番の大学は、人が少なく空気も綺麗で、普段から混み合う3号館もまるで俺だけしかいないみたいに静閑としていた。

 1限の講義を取るやつは少ない。

 やはり大学生ってのは夜行性なんだろう。


 そんなことを考えながら、昨日の一件で晴れてぼっちになった俺はだだっ広い講義室に足を踏み入れる。


「まだ誰もいない……か」


 黒板がよく見えて前でも後ろでもないちょうど真ん中くらいの席に座り、俺はスマホを弄った。


 俺は一つ決めたことがある。


 これから暇な時間はソシャゲでもやって、今後のぼっちキャンパスライフを楽しもうと思うんだ。


 俺は友達も彼女も要らない。

 これから俺は、自分の身の丈にあった人生を歩んで行こうと————


 コツン——と講義室の入り口から足音がした。


 どうやら俺以外の生徒もやっと来たのだろう。


 コツン、コツンコツンコツン。


 ソシャゲなんて高校を卒業した時以来だな。

 大学デビューを決めてから、オタク趣味はもう辞めたのだった。


 でもまさか、ここに戻ってくることになるなんてね。


 コツンコツン、コツンコツン——ピタッ。


「……ん?」


 さっきまで遠くで聞こえていた足音が右隣で止まる。


 徐に右を向くと——そこには。


 ピンク地に白のフリルが揺れる地雷系ファッション。

 昨日のジャンパースカートと違ってシンプルな黒のミニスカート。


 甘ったるいけど、ずっと嗅いでいたくなるような香水の匂い。


「…………」


 100人以上座れる広い講義室。

 空席しかないし席は選びたい放題なのに、なぜか崎宮さんは……俺の右隣に座ってきた。


 え……え……っ!?


「しゃっ、崎宮、さんっ?」


「……昨日はありがとう。


 な、ななななななな! 

 なんだこの急展開っ!

 やばいやばい! 崎宮さんが隣に座ってきて急に話しかけてきて、その上俺の名前まで呼ん——って、ん?


 おかしいな。


 どうして俺の名前——知ってんだ?


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