2話 バッドエンドはラブコメの始まり


 崎宮さんに傘を貸すため、俺は一度傘を差すと3号館から2号館へ移動する。


 まだ話したことすらないとはいえ、同じゼミの崎宮さんに傘を貸すくらいできないと、今後の大学生活が上手くいくわけがない。


 それに、これをきっかけにぼっち状態から脱出できるかもしれないし……。


 2号館の入り口にある屋根の下まで来ると傘を閉じ、軽く傘の雨粒を払ってから崎宮さんの方を見る。


 講義室にいた時よりもそのピンク髪が派手に映る。

 ピンクのレースフリル付きブラウスと、黒のジャンパースカート。

 肩にかけた小さな黒光りするバッグは、見るからにブランドもので、お高そうだ。


 こんな派手な女子に俺みたいな人間が声をかけてもいいのかな……なんて。

 同じゼミとはいえ馴れ馴れしいとか思われたら……。

 でも崎宮さんが困ってるぽいし、助けてあげた方がいいに決まって——


「わたしに、何か用?」


「え……?」


 2号館の入り口でモタモタしていたら、崎宮さん本人が声をかけてきた。

 やっべぇ……見過ぎた。


 惹き込まれるようなその大きな瞳と目元の赤味のあるアイシャドウ。

 他の女子にはない特別なオーラを身に纏った彼女は、初対面の俺のことを真っ直ぐに見つめてくる。


「ご、ごめん崎宮さん!」

「どうして謝るの? それに何でわたしの名前」

「えっと、えっと……」


 て、テンパるな俺!

 ここはまず冷静に、最初から順を追って話せばいい。


「名前を、知ってるのはゼミが一緒だからで、さっきまで俺、3号館にいたんだけど、崎宮さんがここで雨宿りしているのが見えて」

「…………」

「い、急いでそうだったから! これを」


 俺はさっき使った折り畳み傘を崎宮さんの方へ差し出す。

 

「良かったら使ってよ。俺は急ぎの用とかないし、最悪すぐそこのコンビニで買えばいいからさ」

「…………」

「崎宮、さん?」

「……別に要らない。これくらいの雨、気にならない」


 こ、断られた……!?


「でも、雨はまだ止みそうにないみたいだし」

「あなたは何が目的なの?」

「へ? 目的?」


 俺が聞き返した瞬間、さっきまでパッチリ開いていた崎宮さんの大きな瞳が、一瞬にして雨雲のように曇る。


「まさか身体? それなら絶対にお断り。わたし、そういうの興味ないし、自分が一番可愛ければそれで十分だから。男とか興味ないの」


 そう言って、崎宮さんは目を細める。

 自分が可愛いければそれで……か。

 やっぱりそっち系の人、だったか。

 でもまずは誤解を解かないと。


「俺は見返りなんて求めてないよっ。ただ、崎宮さんが急いでるみたいだったから傘を——」

「だから!」


 崎宮さんは傘を持っていた俺の手を、パチンと払った。

 払われた手は、少し赤くなる。


「こんな雨、わたしは慣れてるから傘は要らない……さよならっ」


 崎宮さんは激しい雨の中へと、逃げるように走り出そうとする。

 雨足が激しくなってきたのに今から濡れながら帰るなんて……そんなの、


「だ、だめっ!」


 雨の中へ行こうとする彼女の肩を、俺は反射的に掴んでしまった。


「離してっ」

「だ、ダメだよ!」

「離して!」


「せっかくのその可愛い服とか! そのメイクとか! 髪だってこんなに綺麗なのに、雨でビショビショになったら台無しじゃないか!」


「……えっ」


 必死だったから、俺はつい大きな声で言ってしまった。

 崎宮さんが引き気味にこちらを見ていたのが分かった。


「ご、ごめん。急に叫んで……怖がらせるつもりはなかったんだけど」

「…………わたしの、服を、可愛い……」

「え?」

「…………」


 崎宮さんは急に静まり返る。


 やっぱ、き、嫌われた……よな。


 初対面なのに恩着せがましく傘を押し付けて、その上、肩を掴んで声を荒げるなんて。

 お節介すぎるし、よく考えたらヤリ目とか思われてもおかしくない。


 俺……完全に終わったな。


 崎宮さんは何も言わずにこっちを見ていた。


 崎宮さんからしたら俺はただの不審者だ。


 やるせない気持ちになった俺は、唇を強く噛みながら傘を足元に置く。


「……傘、ここに置いていくよ。安物だし、捨ててくれて構わないから。じゃあね」

「ちょ……待っ」


 そこからのことはあまり覚えていない。

 何も上手くいかなくて悔しかった俺は、そのまま雨の中を走り出して、ずぶ濡れになりながら大学近くのマンションへ向かって走り出した。

 悔しくて頬を伝った涙を隠すには、絶好の雨だった。


 こんな俺に彼女なんて……できるわけなかったんだ。


 バッドエンドの文字が頭の中に浮かんでいた……。


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