1章 地雷を踏んだ俺は陰キャ

1話 地雷系との出会い


 教室の一番前にある教壇に、若い女性教師が立つ。

 肩まで伸びた黒髪ストレートで、キリッとした目つきと細い眉。

 黒のタイトスカートと淡い水色のブラウスを着ているその女性教師は、大学の教授というだけあって毅然とした立ち振る舞いで、少し怖めの人に映った。


「初めまして。このゼミを担当する准教授の薄井幸子うすいさちこです。1年間よろしくお願いします」


 先生の簡単な自己紹介が終わると、生徒側からパチパチと拍手が起こった。

 一番前の席に座る俺も後ろの奴らに合わせて手を叩く。


 一番前の席ということもあって、教壇の先生が一番近く見える。

 若くて綺麗な先生だな。

 SM女教師モノに出てきそう……だなんて、つい思ってしまう自分はやっぱキモいな。


「なんかあの先生、女教師モノに出てきそうじゃね?」


 後ろに座る陽キャ男子の話し声がボソッと聞こえてくる。

 うわぁ……同類いたぁ……。


「この基礎ゼミでは皆さんが大学生活を過ごす上で、レポートや論文の書き方であったり、学術書の引用の仕方、さらにグループワークで研究発表などをしてもらいます。ではまず大学内の説明から——」


 そこからは薄井先生による大学の説明が延々と続き、特に浮ついた自己紹介コーナーなどがあるわけでもなかった。

 ちなみに自己紹介は、大学が管理してるゼミ専用のネット掲示板に一人一人書いて貼り付けることになった。


 スタートで陽キャに染まるのを失敗した俺は、自己紹介とかでなんとか挽回しようと企んでいたのだが……完全にそのチャンスすら巡ってこなかった。

 この薄井ゼミはなんかつまんなそうなゼミになる予感がする。

 まあこれからグループワークもあるわけだし、そこでまだ挽回の余地はあるよな。


「チャイムも鳴ったので本日はここまで。また来週」


 12時半までの2限が終わると、薄井先生は荷物をまとめてさっさと帰ってしまう。

 最初から最後までクールな先生だった。


 教室に残された俺たちは、各々帰り支度を始める。

 俺もゼミで渡されたプリントをリュックに押し込んで帰ろうとする。


「おーい! この後メシ行く人ー」

「行く行く!」

「俺もー」


 陽キャ男子たちが群がって昼メシの話を始める。

 とてもじゃないが、俺にはそこに入っていく勇気はない。

 はぁ……スタートダッシュで失敗してなければ俺も……。

 一番後ろにいたオタク男子たちは、廊下でアニメ談義をしながら歩いて行ったのが見えた。

 しまった……オタクグループは俺にとって最後の希望だと思っていたが……結局オタクグループにすら入ることができなかった……。

 陽キャグループを目指して張り切ってここに来たのに、陽キャに入る勇気は無いし、オタクグループという逃げ道にすら入れなかった。

 俺は完全にグループの輪に入るチャンスを逃したんだ……。


「ねーねーあたしらもお昼一緒してもいいー?」

「おっけーおっけー大歓迎! 俺、今から良さげな店予約すっから」


 講義室の真ん中にいた陽キャ男子たちの話に、さっきまで窓際にいた可愛い女子グループが近づいていく。

 もちろんその女子グループの中には、俺に声をかけてくれた日向の姿もあった。


 俺がボーッと隣の芝(陽キャ)の青さを眺めていると、不意に日向と目が合った。


 や、やばっ……見てたのバレたか……?

 俺は咄嗟に目を逸らす。


 日向に変だと思われたかな?

 でも、今さら俺も入れて欲しいなんて……どう考えてもダサい。

 俺は陽キャグループを横目で見ながら、リュックを手に取って椅子から立ち上がる。


「この一年間薄井ゼミで一緒にやる仲間なんだし、親睦会も兼ねて楽しくやろうよ。俺たち男が奢りでいいよなー?」

「「「おけおけー」」」

「うっそ、マジ? ありがとー」


 こうして女子たちの機嫌を取った男子たちは、女子たちを連れてゾロゾロと教室から出ていった。

 残された俺は、大きなため息をこぼしながらリュックを背負う。


 よく考えたらやっぱり無理があったんだ。

 これまでずっと陰キャとしてクラスの隅でオタクたちと話していた俺が、一朝一夕で陽キャたちと絡むとか……現実的じゃない。

 英語が喋れないのにアメリカとかイギリスにホームステイするようなもんだ。

 陽キャの文化、習慣、流暢なコミュ力すらも俺には備わっていない。

 

 確かに身なりだけはなんとかそれっぽくすることができた。


 でも……やっぱり生きてきた環境が違いすぎるんだよ。


 俺は女子に対して、あんなに崩した感じで話せないと思うし、そもそもメシとかに誘うことだって難しい。


「あいつらとは、生きてるステージが違いすぎて——」


 その時だった。

 スッと、俺の目の前を黒い影が横切り、そのまま講義室から出て行く。


 その影からは、甘くてフルーティな女の子の香水の匂いがした。


「今の……」


 目の前を通ったのは——例のピンクロリータ系ファッションの彼女だ。


 あの子、ゼミの教室に来た時からずっと、周りから避けられてたけど……。

 彼女も俺と同じように誰とも話していなかったし、友達もいないと思われる。

 しかし彼女の場合は、友達ができなくてメソメソしている俺とは真逆で、一人なのに堂々としていた。

 その派手なピンク色の髪や、キャピっとした服を着ていても、何の恥じらいも見せない。


「カッコいい……」


 そうだ、あの子の名前!


 俺はスマホでゼミの掲示板を開き、彼女の投稿を探す。


 すると……。


——————

・名前 崎宮可憐さきみやかれん

・趣味 アクセサリー集め、ファッション系の雑誌を読むこと

・好きなもの 可愛いもの、ピンク色

・一言 特になし

——————


 絶対これだろ……。


 あの子、崎宮さんって言うのか。


 地雷系のファッションをした変わり者の女子。

 ゼミ全体ではそんな見られ方をされていて、女子グループはもちろん、男子グループからもハブられていた。


 誰からも声をかけられず、一人でいたら心配になるはず……現に俺がそうだったし。

 それなのに、ぼっちでもあんなに堂々としていられるなんて……そのメンタルが羨ましい。

 そう思いながら、俺は彼女と同じように一人で講義室から出るのだった。


 ✳︎✳︎


 午後は授業ないけど、昼メシは学食で済ませようかな。

 大学生から一人暮らしを始めた俺は、まだ自炊がまともにできないでいる。

 初日こそ張り切っていたが、ミスの連発でいつの間にかコンビニ飯がメインになっていた。


 学食なら安くて健康的なメニューが多いし、これからは講義がなくても大学に来ようかな。

 そんなことを考えながら学食のある4号館に向かっていると、突然、頭上からポツリポツリと雨が降ってくる。


「おいおい雨って……はぁ。今日は絶対厄日か何かだ」


 友達はできない、髪の毛を女子から指摘されて赤っ恥、最後には雨に降られる。

 本当に災難の連続だ。


「いや待て。そういえば折り畳み傘を持って来たよな」


 俺は一旦、近くにあった2号館に入り、屋内の入り口付近にあったベンチに自分のリュックを置いて、折り畳み傘を探した。


「お! あったあった」


 俺は紺色の折り畳み傘を見つけると、それを取り出して再び外へ出た……のだが。


「……ん?」


 2号館の向かい側にある3号館の出入り口付近で雨宿りする地雷系女子の姿があった。


 あれって……崎宮さん、だよな?


 あんな服は彼女以外考えられないので間違いないだろう。

 崎宮さんは3号館出入り口の屋根があるギリギリの場所で雨空を見上げていた。


 あの様子を見るに、傘がなくて困ってるっぽいな。


 さっきから「止まないかなー」と言わんばかりに落ち着かない様子で、黒いブーツの踵を上げたり下げたりしている。

 どうやら急いでいるようだ。


 地雷系ファッションをしたピンク髪女子とはいえ、こうやって真正面から見ると、やっぱり可愛い。(あとおっぱいデカい)


 ゼミの男たちに靡く様子はなかったし……こんなに可愛い顔なんだから、きっともう彼氏とかいるんだろう。

 可愛い女には彼氏がいる、これはこの世の摂理だ。

 きっと崎宮さんも、その彼氏と待ち合わせとかしているのだろう。


 ……なら、ぼっちでこの後も暇な俺なんかより、せめて崎宮さんを助けてあげよう。

 俺はいくら遅くなったとしても、誰とも約束してないし、誰も俺を待ってないもんな。

 ははっ、悲しいもんだ……。


 悲壮感に苛まれながらも、俺は彼女に傘を貸すことを決めた。




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