アフター 『霧』


 魔王討伐後、『霧』の魔女、ナナ・スカーレットは故郷であるゴーフ村へと帰って来た。

 村の外れにある小さな教会で、今もナナは修道女として働いている。


 魔王討伐の結果、周囲を闊歩していた狂暴な魔獣の数も多きく減少し、今はもうほとんど見る事は無い。

 黒い泥も無くなり、結界を張る必要も無くなった。

 ナナもまたそんなストレスの原因だったあれこれから解放され、アルバスたち勇者一行に救われた内の一人だ。

 

 そんなナナは今も変わらず、教会で親が働きに出ている村の小さな子供たちの世話をしていた。

 そんな変わらない日々の中でも、変わった事も有る。


「お姉ちゃん、これここで良い?」

「ええ。ありがとう」


 村の女の子、初めは小さかったこの子も立派に今は十歳くらい。

 そんな彼女はナナの手伝いとして、この教会で働くようになっていた。

 幼い頃世話になった場所だから、とそんな理由らしい。


 小さいながらもしっかりとして子で、ナナは彼女に助けられながら日々を過ごしていた。


「あ、お姉ちゃん。あとね、お手紙が届いてたよ」

「お手紙? 誰からかしら?」

「勇者様かな?」

「ふふっ。もしそうなら、素敵ですね」


 勇者様――アルバスと、そして魔女エル。

 二人はナナにとって恩人であり、大切な友人だ。


 ナナは少し期待に胸躍らせながら、手紙を受け取った。

 

「――って、これ村長さんのとこの荷物も混ざってる! もー!」

「あら。面倒だけど、村長さんの所まで届けてあげてくれます?」

「うん、分かった! 行って来まーす!」


 少女はナナに見送られて、元気よく教会を飛び出して行く。

 ナナはふうと一息つき、一人になった教会を出てその裏へ。


 周囲の様子を窺て、誰も居ない事を確認。

 その後懐から隠し持っていた煙草とマッチを取り出し、火を付けて一服。


「すぅ――……、はぁ――……」


 教会に定められた戒律では、修道女は酒と煙草を禁じられている。

 しかしかつてアルバスに教えられた悪い遊び、“息抜き”と称して、ナナは煙草にハマってしまっていた。

 一度吸ってしまえば止められない、抗いがたい魅力がそこには在った。


「あの子には、絶対に見せられませんからね」


 ナナは独り言つ。

 あの時分を慕ってくれている純真な少女には絶対に見せられない、自分の裏の一面だ。


 実は先程少女が手紙と一緒に持って来てくれていた荷物の中身は、遠くの街から取り寄せた煙草の匂いを誤魔化す為の香水だったりする。

 

「そういえば、お手紙の中身は何だったのでしょうか」


 ナナはもう一度煙草を吹かした後、手紙を見る。

 裏面には差出人が記されており、そこには“ラプ・リエル教、教会本部”と書かれていた。


 それはナナの所属している教会の名前。

 神ラプ・リエル様を唯一神として信仰する、この世界では最も主流となっている信仰。

 そしてここゴーフ村の小さな教会もその支部の一つだ。


「もしかして、私の素行がバレたのでしょうか……? いや、そんなまさか……」


 もしもナナの裏での素行、つまるところ、戒律により禁じられている煙草という嗜好品を嗜んでいた事が協会本部にバレていたとしたら、この手紙はお咎めに当たる物だろう。

 ナナは恐る恐る、その手紙の封を切る。

 

 どうやって言い訳をしようか、嘘を吐いて隠そうか、と相も変わらず擦れてしまった思考を巡らせるナナだったが、手紙の内容を呼んでほっと胸を撫で下ろす。


「良かった。お咎めでは無かったみたいですね。そう言えば、忘れてしました」


 手紙の内容は各支部の者は指定の日時に皆協会本部に集まる様に、とのお達しだった。

 ラプ・リエル教は毎年一度、各地の信者を集めて大きな集会を開き、神ラプ・リエル様への祈りを捧げる習慣が有った。


 最近では信心深さもどこへやら、だるっと気楽にやっていたナナはすっかりその事を忘れていたのだ。

 もっとも、煙草という腹の内に隠した秘密が有った所為で、つい敏感に警戒してしまっていただけという理由も有るが。


「しばらく、村を留守にしなくてはなりませんね。あの子にも、伝えておかないと――」


 教会本部までは片道で馬車を使っても二日はかかる、長旅となるだろう。

 ナナは手紙を懐に仕舞い込み、煙草をゆっくりと吹かす。


 この一本が終われば、あの子を追って村長の元へ行こう。

 そして、手紙の件を伝えよう。


 そう思いつつ、ナナはゆっくりと息を吐く。

 ナナの口から吐き出された白い煙は、天に昇って行く。


「――そうです。リエル様は、お許し下さると、そう言っていましたものね」


 神が許すのだから、教会に見つかり咎められる事なんて有るはずが無い。

 そう思い直し、ナナは天に昇り、神の元へと吸い込まれて行くであろう煙を眺めていた。

 

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