アフター 『支配』
「あー! もう! 全然上手く行かねえ!」
怒りを爆発させたシータは箒を地べたに叩き付け、地団太を踏む。
「もう……。もっと冷静に、集中しなさい」
「って言ってもよ、もう何年同じ事を繰り返してんだよ!」
「まだ三か月くらいよ?」
「それくらい経ってる様に感じてるくらい、やってるって事だよ!」
シータは散々怒りに任せて暴れた後、はあと大きく溜息を吐いてその場に座り込む。
「またそうやって……。はしたないわよ、シータ」
「うるせえ。やっぱオレには無理なんだよ」
「そうやって弱音を吐いて……。わたしは、あなたなら出来ると思って、こうやって今ここに居るのよ?」
「――『支配』のその先。あんたはそう言ったが、オレには先に何も見えやしねえ」
『支配』の魔女、シータは魔王との最終決戦の後、皆の元から姿を消し、一人放浪の旅を続けていた。
しかしどういう訳か『結晶』の魔女、エルに居場所が見つかってしまい、そのままエルを師事してこうやって魔法の修行をする事になったのだ。
シータ自身、自分の『支配』の魔法を磨く事には興味があった。
元々動物しか対象に出来なかったその魔法も、奴隷商の傭兵として働く中で磨かれ魔獣を使役出来るようになり、そして後に獣に近しい人種である亜人、獣人族をも『支配』してしまえる域にまでレベルアップしていた。
魔王との戦いでは“ピーコちゃん”と名付けた大きなカラスの魔獣を使役して見せ、その力は格段に成長していた。
それもこれもまだ若いシータだからこその伸びしろだっただろう。
しかし、ここに来てシータは停滞していた。
そんなタイミングを見計らったかのようにエルが現れたからこそ、こうやって師事を受けて共に修行する事に首を縦に振ったのだ。
だからといって、順調にとんとん拍子で事が進む訳でも無く。
三か月ほど共に旅をしながらの修行の日々。
元々短期で怒りっぽいシータだ、充分に続いた方だと言えるだろう。
しかしそれも爆発寸前、最近ではこうして苛々して途中で切り上げてしまう事も多くなっていた。
「仕方ないわね。それじゃ、食事にしましょうか。あなた、どうせ食べたら機嫌直すでしょう?」
「うるせえな、オレはそんな単純じゃー―」
「――うめえ!!」
単純だ。
エルが作ったのは適当な野菜類を煮込んだポトフの様な物。
かつてアルバスと共に旅をしている中で、度々アルバスが作ってくれた物だ。
エルはそれをいつも見ていたから、見よう見真似である程度の事は出来る様になっていた。
「そう、良かったわね」
「む……」
エルがくすりと笑ってシータの方を見れば、少し不服気な様子を見せるが、食事の魅力には抗えない。
そのまま二度ほどおかわりをして、鍋の中身を綺麗に平らげたのだった。
「それじゃあ、続きと行きましょうか」
と、エルが立ち上がろうとした時。
シータはおもむろに、
「なあ、お前はこんな事してていいのかよ」
「こんな事? それって、どういう?」
「オレに付き合ってずっと、もう三か月だぜ? お前には、大切人が居るだろうに、いいのかよって事だよ!」
「ああ、そういう……」
エルはやっとシータの言わんとする事を理解した。
つまり、
「アルを放置しておいて大丈夫かって事ね」
「そうだよ。お前、勇者様とくっついたんだろ? でも、だからって言って放置しておいて、いつの間にか他の女に盗られてても知らないぜ?」
「アルは浮気したりなんてしないわよ」
「どうだかな。勇者様がそういう奴でも、他の女は放っておかないんじゃないか? 何せ世界を救った英雄だ、誰だって欲しがるだろうよ」
そう言われて、流石のエルも少し不安になったのか黙り込んでしまった。
それを見たシータはこれを好機だと畳みかける。
「だから、オレの事なんか放ってさっさと帰って勇者様に顔見せてやんな」
「そうね。早く帰った方がいいわよね」
「ああ。だから、分かったらさっさと――」
シータがそう言いかける前に、エルは言葉を重ねる。
「だから、もっとびしばし扱いて、一刻も早くあなたの魔法を完成させてしまいましょうか?」
「あれ?」
もう諦めてしまおうと思っていたシータに足して、エルは違っていた。
ただならぬオーラをエルから感じて、シータは後退る。
「『支配』のその先――、叩き込んで上げるわ」
シータの言葉はエルを諦めさせる事は無く、逆にエルの熱意に火を付けるに終わった。
後に、シータは人間をも『支配』する、文字通り本当に『支配』の魔女として名を遺す。
そしてシータはここ西の大陸から東の大陸へと渡り、その道程で多くの人々を助け、そして魔法の発展に貢献して行く。
東の大陸に渡った後、シータはそこで想い人と出会い、結ばれ、姓を得るに至った。
家族を得たシータは一人では無い。
――名を、シータ・クリムゾン。
それが『結晶』の魔女の一番弟子、『支配』の魔女の名だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます