#41 エピローグ 旅の終わり
崩れ行く黒い島。
勇者と魔女の二人は魔王城の大広間で、抱き合っていた。
「――エル~? 勇者~? どこに居るの~?」
アリアが二人を探す声が聞こえて来て、慌てて二人は離れる。
こほんとわざとらしく席をしたり、喉を鳴らしてみてから、
「――じゃあ、なんだ……帰るか」
「ええ、帰りましょう」
二人はなるべくいつもの様に。
でも、ちょっとだけいつもよりも距離が近く、隣で寄り添いながら、魔王城を後にした。
「あ、いたいた! おーい!」
アリアが二人を見つけて、ぶんぶんと手を振る。
「あっ……お二人共、本当にお疲れ様でした」
カラスの魔獣にもたれ掛かり気だるげに煙草を吹かしていたナナが、居住まいを正して照れ臭そうに小さく頭を下げて労いの言葉を述べる。
「おせーぞ、お前ら! ピーコちゃんが腹空かせてるんだ」
シータは少し苛々していた。
きっと腹を空かせているのはピーコちゃんじゃなくてシータ自身なのだろう。
アルバスはそんな仲間たちに軽く手を上げて挨拶代わりとし、エルは「ごめんなさいね、お待たせ」と小さく微笑んだ。
心の機微に疎いシータやアリアなんかは二人の僅かな変化に気付く事は無かった。
それでも、ナナだけはちらりと二人の指に嵌る指輪を見て、頬を緩めたのだった。
――それから。
魔王討伐の一報は瞬く間に西の大陸中を駆け巡った。
王都では祝いの式典が開かれ、アルバスとエルは世界を救った英雄として祭り上げられたのだ。
各地から人々が集まり、王都はお祭り騒ぎだ。
「やれやれ……。人の事を死神だなんだと好き放題言っておいて、調子の良い事だぜ」
「あら、いいじゃない。みんな、幸せそうで」
アルバスはふっと一笑でそれに応え、ワイングラスをエルへと向ける。
そして、
「――俺たちの勝利に」
「――そして、わたしたちの未来に」
「「乾杯!」」
二人はそんな眩い程の式典の光景を肴に、酒を酌み交わす。
「――それで、“それ”どうしましょうか」
“それ”とエルが指すのは、アルバスの腰に携えた勇者の剣だ。
未だ『不死殺し』の魔法の魔力が残ったままで、鞘に納めたままでも強い力を放っている事が分かる。
「そうだなあ。このまま使い続けるには危なっかし過ぎるし、どっか人の手が届かない所に置いとくのが安全だろうな」
何でも殺せる。誰でも殺せる。――必殺、最強の勇者の剣。
誰かに盗み出されでもしたら、堪ったものじゃない。
この魔力が尽きるその時まで、管理し、保管する必要が有るだろう。
「それじゃあ――ねえ、アル。ちょっと抜けださない?」
「おう?」
エルは何かいい案を思いついたのか、悪戯っぽく笑い、そう提案した。
アルバスはよく分からないながらも、エルに手を引かれるまま、魔王討伐祝いの式典を抜け出していった。
「――ここは、あの時の森か」
「ええ。懐かしいでしょう? 奴隷商が隠れ蓑にしていた森。今なら誰も居ないわ」
王都を出てすぐ近くに在る、ズズら亜人種を攫い商品としていた、そしてかつてシータが傭兵として雇われていた、あの奴隷商と対峙した森の中だ。
元々人が入って来る様な場所では無いが、今は皆王都の式典に参加していて、確実に人っ子一人居ない。
二人は共に、その森の奥深くまで入って行く。
森の最奥部。
「この辺りで、いいかしら」
エルがちょいと視線で指すのは、最奥部に在った大きな岩。
つまり、
「ここに、この剣を?」
「ええ。封印するわ。そして、魔法で結界を張るの」
結界と聞き、エルが何をしようとしているのか、アルバスはすぐに理解出来た。
「ああ、分かった」
アルバスは数歩前へ出て、手ごろな大きな岩に向かって、勇者の剣を突き立てた。
カンと高い音と共に、その切先は深く突き刺さる。
そして、エルは杖を振るう。
勇者の剣を中心として、森全体が魔法の淡い光に包まれて行く。
「この森一帯に、『迷い』の魔法をかけたわ。魔力の源はこの勇者の剣。――きっと、永い年月をかけて中の膨大な魔力は森へと流れ出て行くわ」
それは魔王が黒い島を覆っていた結界と同じ物だ。
エルはその魔法を修得していた。
「……森一個潰しちまうなんて、はた迷惑な魔女様だな」
「あら、良いじゃない」
アルバスが呆れた声を漏らすが、エルはころころと笑っていた。
―――――――――
シータは一人、放浪していた。
魔王討伐に協力した魔女だと言って、国からたんまりと報酬を貰ったが、担ぎ上げられるのはあまり好きでは無かった。
勇者たちとも、他の魔女たちともあれっきりだ。
『支配』の魔法も上達した。
大型の魔獣を操るのだってなんのそのだ。
しかし、それ以上の成長を見込めないでもいた。
端的に言えば、伸び悩んでいた。
金には困っていないから、あれ以降悪事に手を貸す事も無かった。
むしろ、旅の道中困っている人が居たら助けて回っているくらいだ。
人を助けてあげれば感謝され、お礼として何か貰える。
そんな打算的な意味も含まれてはいたが、それでもやらない善よりやる偽善だろう。
そうやって、今日もシータは箒にまたがり、ふらふらと飛んでいた。
そんな時。
「ねえ、シータ」
聞き覚えのある声がした。
まあ、気のせいだろう。
そう思い、特に反応をする事も無く、そのまま箒を走らせる。
「ねえ、シータってば。聞いてるの?」
「……はあ?」
隣を見れば、杖に腰掛けて並走している黒髪の魔女が居た。
魔王を討った勇者の、唯一のパーティメンバー。
『結晶』の魔女、エルだった。
「なによ、聞こえてるじゃない」
「なんでこんな所に居るんだよ。オレになんか用か?」
「そろそろ行き詰っている頃かと思って、会いに来たのよ」
「……」
シータは心の内を見通すようなエルの物言いに、顔をしかめた。
実際、シータはこの魔女の言う通り魔法の上達に伸び悩んでいた。
「どう? わたしの弟子になってみる気は無い?」
「嫌だっての。なんでお前なんかの――」
「――『支配』のその先、見てみたくはないかしら?」
エルはシータの否定の言葉を遮り、そう言って不敵に笑う。
「……お前に、出来るのかよ」
「ええ、勿論よ」
「話だけなら、聞いてやるよ」
エルはふふっと微笑む。
二人の魔女は晴れた空の下、ゆっくりと並走して行った。
―――――――――
魔王討伐から数年が経った。
勇者と魔女、二人は故郷の名も無き村へと帰り、共に暮らしていた。
いや、今はもう名も無き村では無い。
世界を救った英雄を排出した村として、その勇者の名前を取って名を“アルヴ”と改められたのだ。
“アルヴ村”――それが二人の暮らす、新しい村の名前だった。
「――ねえ、アル。見てちょうだい」
リビングで何やら物書きをしていたエルが、アルバスを呼ぶ。
「どうした?――ってあれか、ずっと書いてた魔導書か」
それは龍の峡谷で夢の世界から帰って来た後くらいから、エルがずっと創り続けていた魔導書だった。
「ええ、やっと完成したわ」
「俺は見ても分かんねえぞ?」
「良いのよ。誰かに完成を自慢したかっただけだもの」
アルバスはやれやれと言った風に、エルの背後に回って、手元の魔導書を覗き込む。
エルはぱらぱらとそのページを捲って、時折楽し気に解説を入れていた。
アルバスには何のことかさっぱりだったが、エルが楽しそうだったので、それで良かった。
ぱらり、ぱらりと捲り、最後のページ。
「なあ、この魔導書どうするんだ?」
「これはね、未来に託すのよ」
――魔女はそう言って、ぱたんと本を閉じた。
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