#40 『死神』と呼ばれた勇者

「――おらあああぁぁぁっ!!!」

 

 黄金の勇者の剣と、赤紫色の『結晶』の剣。二本の剣を使った回転切り。

 アルバスの一撃はミネルヴァとハデスの幻影の胴を真っ二つに割き、そして――過去を断ち切る。

 セレスという回復役を失った元勇者パーティの幻影は一瞬にして崩壊。

 そのまま三人はボロボロと崩れ落ち、その塵は虚空へと消えた。


「……じゃあな」


 アルバスは小さく呟き、エルの傍へと戻る。


「後は、魔王だけよ」


「ああ、頼む」


 アルバスは右手に持つ勇者の剣をエルの方へと差し出す。

 エルの手の上で剣が浮き上がり、淡い魔法の光に包まれる。


 龍から授かりし魔法、『不死殺し』――その魔法が、勇者の剣に力を与える。

 淡い光が全てその長剣へと吸収されて行くと、刀身は金色の輝きを放ち始め、その光りが魔王の汚れを払う。

 漆黒に包まれていた城内は、瞬く間に光に包まれて行く。


 しかし、それでも魔王は悠然と、堂々たる風格で玉座に座す。

 そして、ゆっくりとその腰を上げ、腰から漆黒の刀を抜き、構える。


 魔王は『不死殺し』の魔法を知らない。

 故に、余裕の態度で、悠々と構える。


「エル、援護頼んだ」


「ええ。存分にその力、振るいなさい」


 アルバスは左手に持っていた『結晶』の剣を地に落とし、両の手で勇者の剣を握り直す。

 一刀入魂の、全力だ。


 エルが更に魔法をかける。

 『身体強化』『治癒』――アルバスの身体は活性化し、この瞬間、人間をも超越する。


「はああぁぁぁ!!」


 瞬く間に魔王との距離を詰め、その『不死殺し』の魔剣と化した勇者の剣を振るう。

 魔王もその一振りを刀で受け、弾く。


 互いに斬り合い、殺し合う。

 幾重にも及ぶ攻防。

 しかし、魔王の振るう漆黒の刃は全て、アルバスのその表皮を掠めるに留まる。

 致命傷には至らない。


 何故なら、アルバスの二つ名は“死神”だ。

 アルバスは死ぬ事は無い。

 

 その鍛え上げられた身体と、積み重ねて来た経験から成る、回避し、受け流し、そして長剣による重い一撃を返す戦闘スタイル。

 その戦闘スタイルに合った軽い装備と、研ぎ澄まされた集中力。

 それこそが、生存への最適解。

 

 “女神は努力した者にしか微笑まない”――それは、かつてエルがアルバスに言った台詞だ。

 身体を鍛え、装備を整え、必死で戦い、足掻く。

 だからこそ、アルバスは生き残る。

 だからそこ、“死神”と呼ばれてきた。

 

『ぎょぉぉぉ!!!』


 金色の剣と漆黒の刃での斬り合いの最中、魔王は背から黒い泥で構成された異形の触手を産み出し、アルバスを貫こうとその手を伸ばすす。

 しかし――、


「『支配』の魔法――その異形は、わたしの支配下よ」


 逆に、エルに利用される。

 魔王の産み出した触手はそのまま軌道を曲げ、魔王自身を拘束した。

 

 その隙に、一閃。

 触手ごと、魔王の身体を切り裂く。

 しかし、魔王は小さなステップで背後へと飛び、致命傷を避ける。

 『不死殺し』の魔法のおかげで、もう魔王はその傷を治す事は出来ない。

 しかし、まだ浅い。


 今度は魔王の反撃だ。

 魔王の刃が闇の弧を描き、アルバスの身体を両断。

 そして、アルバスの身体だったモノは霧散し、ぼんやりと空気へと溶け込んでいく。

 ――かに思えた。


「『霧』の魔法――幻覚よ」


 魔王の渾身の刃は、儚くも空を切る。

 魔王が幻視したアルバスは、霧で構成された偽物だ。


 ただ単純に斬り合っても、剣技ではアルバスが勝る。

 そこに魔王の不死性が介在したのならともかく、今は『不死殺し』の魔剣と化した勇者の剣によって、それも無力化されている。

 その上、後方から『結晶』の魔女エルの魔法支援だ。


 勇者パーティに、死角はない。


 魔王は劣勢とみて、攻撃対象を後方のエルへと切り替える。

 

 片腕を前方へ伸ばし、そこから赤い稲妻放つ。

 甲高い音と共に放たれた稲妻が、真っ直ぐと空間を貫く。

 

 しかし、当然その攻撃はエルに命中する事は無い。


「『転移』の魔法――わたしを捉える事は、出来ないわよ」


 後方に控える魔女にも、隙は無い。

 魔王は、相性最悪の『不死殺し』の魔剣を携えた勇者との戦いを強制される。

 

「――トドメだ」 


 そんなエルに気を取られていた魔王の隙を、アルバスが突く。

 アルバスが“左手”で握った剣を振るい、魔王は咄嗟にそれを漆黒の刃で受ける。


 そして、それもまたアルバスの作戦だった。

 魔王は唯一の得物で、『結晶』の剣を受けた。


 にっ――と、アルバスが不敵に笑う。


 一歩踏み込み、今度は避けられない様に、右手で握った金色の勇者の剣で、魔王の胸を突く。


「「ぎょおおおおおおおおう!!!」」


 魔王が苦痛に悶える絶叫を上げる。

 勇者の剣で貫かれた胸からは黄金の魔法の光がじわじわと魔王の漆黒の肉体を侵食し、そこからボロボロと肉体が崩れ落ちる。


 魔王は苦しみ、悶え、辺りをふらふらと暴れ回る。

 しかし、もう抵抗する力も残されてはいない。

 やがてその光は身体の端まで広がって行き、そのまま不死の魔王は塵と成り、虚空へと消えた。


 ――不死の魔王は、死んだ。

 

「――やった、のね」


「ああ。これで、本当に終わりだ」


 魔法の金色の光に包まれた空間。

 どちらともなく、勇者と魔女は互いに近寄って行く。

 

 どきりと、胸が揺れる。

 それはどちらのものだったか、それともどちらもだったか。


 主を失った黒い島は崩れ、轟音と地鳴りと共に、少しずつ海へと沈んで行く。

 そんな中で、寄り添う二人。

 ぽつり、ぽつりと互いに言葉を紡いでいく。


「――ねえ、アル」

 

「なんだよ」

 

「――全部、終わったわよ」

 

「ああ」

 

「話があるんじゃ、無かったの?」

 

「そうだな」


 ぶっきらぼうに返すアルバスに、エルは少し唇を尖らせる。

 そんなエルの様子を見て、アルバスは頬を緩める。

 

 そして、大きく息を吸い、覚悟を決める。


 

 魔王を討伐した勇者は、共に旅をした魔女へと向き直り、跪く。

 そして、手を差し出して、こう言った。


「今までありがとう。そして、これからもずっと一緒に、同じ時を過ごしてほしい」


 それは、愛の告白だった。


 時には軽口を言い合い、時には背中を預け合い、共に旅をしてきた、大切な――特別な仲間。

 エルは、特別だ。

 そして、その特別の意味は、少しずつ変わって行った。

 

 今、アルバスはどんな顔をしているだろうか。

 それを見られるのは少し気恥ずかしかったが、返事を急く気持ちから、顔を上げる。


 魔女は小さく涙の雫を目元に作りながらも、柔らかく微笑んでいた。

 そして、勇者の差し伸べた手を取り、こう言った。


「ええ。こちらこそ、わたしとずっと一緒にいてください」


 いつもの高飛車な態度とは違い、少し畏まった物言い。

 そんな可愛らしい魔女の指に、勇者はそっと指輪を嵌めた。


 ――永遠を誓い合い、結ばれた二人は、命尽きるその時まで、ずっと一緒に暮らして行く事だろう。

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