#39 『不死』の魔王➂


「――ほらよ、踊れ! 雑魚ども!」


 シータが杖を振るう。

 すると、勇者と魔女たちへと牙を剥いていた異形の内の数体がその肉塊を震わせて、動きを止める。

 そして、ゆっくりと振り返り、味方だったはずの異形を攻撃し始めた。

 異形同士の同士討ちだ。


 シータの『支配』の魔法によって、操られた異形は、次々と連鎖的に同士討ちをし始め、泥で構成された肉塊同士がぶつかり合い、ボロボロと崩れ落ちる。


「あの子、もうあそこまで使いこなせるようになったのね」


 以前よりも格段に腕を上げたシータの魔法に、エルも感嘆の声を漏らす。

 

 もうシータは以前の様に悪事に手を染める事は無い。

 今度は正義の為に、その魔法ちからを振るう。


 

「すぅ――……はぁ」


 ナナは静かに煙草を吹かし辺りには煙が立ち込める。――いや、これは煙では無く、『霧』だ。

 黒い島を覆っていた瘴気はたちまちナナの霧に押し負け、霧散。

 その霧が寄り集まり、次第に帯状を成す。


「――失せなさい」


 そして、冷たく言い放すナナの言葉に呼応し、帯状の霧を構成する水分の粒子が振動。

 その霧の刃が、一閃。

 その帯状の霧の刃の軌道上に居た異形達は、あっという間に切り刻まれ、細かな肉の破片となって、地面へ零れ落ちる。


 ゴーフ村の修道女として“良い子ちゃん”だったナナはどこへやら。

 煙草を吹かし、ゴミを見る様な蔑む瞳で、冷酷に淡々と異形の首を狩って行く。



「よっと! あらよっと! ほいほい!」


 そして、一人間の抜けた掛け声を出すアリア。


 『転移』の魔法で異形達を次々と遥か上空へとワープさせて行く。

 そして、天より重力に則り落下した異形は、黒い島の大地へと叩き付けられ、その衝撃によって肉片が弾け飛ぶ。


 三人の二つ名持ちの魔女の働きによって、あっという間に魔王城までの道が開かれた。


「アル、今の内に」


「ああ。最後の戦いだ」


 勇者アルバス。そして『結晶』の魔女エル。

 二人は再び、魔王城へと足を踏み入れた。

 あの時のリベンジを果たし、今度こそ世界を救う為に。


 

 あの時と同じ様に、大きな扉の前まで来れば、一人でにその扉は開く。

 そして、その大部屋の奥には――魔王。

 玉座に座する、魔王の姿。


 魔王はあの時破壊された鎧をそのまま脱ぎ捨てており、布だけを纏うその姿。

 黒い表皮、黒い装束、黒い刃。

 全てを漆黒で染める、汚れの――そして、不死の魔王。


「よう、久しぶりだな。殺しに来たぜ」


 アルバスは剣を構え、その切先を魔王へと向ける。

 

「……」


 魔王は、何も答えない。

 人ではない――人外の魔王には、何を言っても無駄だろう。

 

 そして、魔王は言葉を返す代わりに、玉座に腰を下ろしたまま、降ろしていた片手をゆっくりと振り上げる。

 すると、辺りから黒い泥が寄り集まり、三つの人型を成す。


「嘘……だろ……」


「アル、どうしたの?」


 黒い泥より産まれた、三つの人型。その正体、それは――。


「あれは、俺の昔の仲間たちだ……」


 盾持ちのハデス。僧侶のセレス。騎士のミネルヴァ。


 かつて、黒い泥の汚れに心を侵され、同士討ちの形で命を落とした、かつての仲間たち。

 そして、アルバスが一度膝を折り、死神と呼ばれるようになった原因。

 

 その仲間たちが今、魔王の手によって蘇る。

 いや、正確には姿形を模しただけの、幻影だ。

 しかし、それでもアルバスの心を惑わすには十分だった。


「……そう。魔王が殺した者たちの幻影……そんな能力まで持っていたのね」


 アルバスの額に汗が滲む。

 剣を握る手が緩む。

 足が、一歩後ずさる。


 そんなアルバスの様子を見たエルは、その背を平手で強く叩く。


「――それで、アル。あなたは、ここで諦めるの? 仲間を殺せない?」


 アルバスははっとして、エルの顔を見る。

 エルの紫紺の瞳は、真っ直ぐと、アルバスの目を見つめていた。

 勇者を信じて、魔女はその背中を押す。


「ふっ……いいや、大丈夫だ。ありがとう」


 三人の幻影を倒さなくては、奥に座す魔王に剣は届かない。

 アルバスは強く剣を握り直す。


 魔王が再び腕を振る。

 それに呼応して、ミネルヴァの幻影が斬りかかって来る。

 アルバスはその一撃を剣で受け止め、弾き返す。


「アル!」


 エルは『結晶』の矢を繰り出す。

 エルの掛け声に合わせて、アルバスは咄嗟に飛び退く。

 『結晶』の矢がアルバスの居た空間を通過し、女騎士の幻影に風穴を空ける。


「悪いわね。アルはもうわたしの物なの」


「おい、今俺を狙わなかったか?」


「あら? ちゃんと避けてって言ったでしょ」


「言ってねえよ」


 ミネルヴァの幻影を倒したかに見えた。

 しかし、後方に控えていた僧侶の女性セレスが魔法を発動。

 ミネルヴァに空いた風穴を、ぐちゅぐちゅと泥が埋めて行く。

 

「なるほどね。まずは、あの後ろの回復役から倒さないといけないみたいね」

 

 そして、盾持ちの男ハデスがミネルヴァを守る様に、前に立ち塞がる。

 前衛にハデス、ミネルヴァ。そして後衛にセレス。

 以前の勇者一行の布陣だ。――そこに、アルバスが居ないという穴を除けば。


 ハデスが相手の攻撃を受け止め、その隙に左右から同時にアルバスとミネルヴァが斬りかかる。

 それが“いつもの”布陣だった。

 しかし、今そこにアルバスは居ない。つまり――、


「エル、片側ががら空きだ」


「ええ。――これ、使いなさい」


 エルは『結晶』で作った剣をアルバスへと手渡す。

 アルバスは「おう」とその剣を受け取り、そのまま真っ直ぐに突っ込んで行く。


 エルはすぐさま『身体強化』の魔法を自分とアルバス、二人にかける。

 筋力を強化されたアルバスは、普段は両手で持つ長剣を右手一本で易々と振るう。


 しかし、その一振りはハデスの幻影の堅い盾に防がれる。

 そして、攻撃を防がれて動きが止まったアルバスに、左側からはミネルヴァの幻影が襲い掛かる。


 ミネルヴァの一閃。

 しかし、ミネルヴァの幻影の剣がアルバスに届く事は無い。

 アルバスはエルから受け取った『結晶』の剣を左手に持ち、ミネルヴァの幻影の剣を受け止める。


 アルバスが一人で二人の相手をし、その後衛に控えた僧侶の女セレスの幻影は無防備だ。


「――悪いわね」


 ズザッ――エルの『結晶』の槍の一突きが、セレスの幻影の胸を貫く。

 セレスの幻影が泥に戻り崩れて行くのを確認して、エルが後方へと飛び退く。

 アルバスもそのタイミングでミネルヴァの幻影の剣を弾き、ハデスの幻影の盾を蹴り飛ばす。

 そして――、

 

 

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