#38 『不死』の魔王②

 ピーコちゃんと名付けられた大型のカラスの魔獣の背に乗って、アルバスたち勇者一行は再び黒い島へと降り立った。


「今回は結界、無かったな」

 

「必要無くなった、という事なのかしらね」

 

 あの時の『霧』による島を覆い隠す結界は張られておらず、侵入を阻害する『迷い』の結界も無い。

 結界が無いという事はつまり、必要が無いという事なのだろう。


「つまり?」


「考えてごらんなさい。どうして今まで魔王は世界に汚れの泥を撒き散らすなんて事をしていたんだと思う?」


「そりゃあれだろ、嫌がらせとか」


「アル?」


「いや分かってるよ。つまり、力を蓄えていたって事だろ」


 そう。なぜ今まで魔王本体が動き出さなかったのか。

 それは力を蓄えていたから。

 どうやって? もちろん黒い泥を利用して、だ。


 結界で自身を覆って守り、自分の代わりに黒い泥を手足として世界中に放ち、殺した人や寄生した魔獣から少しずつ力を奪って我が物として行った。

 そして、駄目押しとして、最初に俺たちがこの黒い島に降り立ったあの時。

 エルから魔力を吸い上げて、完全に活動を開始した。

 と、いう訳なのだろう。


 結界の存在、そしてこれまで鳴りを潜めていて、今このタイミングで動き出したという事実。

 それらから導き出せる、アルバスでも分かる結論だ。


「ええ。全く、自分のせいで魔王の覚醒を早めてしまっただなんて、嫌になるわ……」


「なあに、今からその魔王を倒すんだ。帰ったら俺たちは英雄だ」


「ええ、そうね。誰ももう、あなたの事を“死神”だなんて呼ばせないわ」


 

 ピーコちゃんの背を降り、魔王城を目指す。

 しかし、勿論タダで通してくれるはずもない。


「――出やがったな」


 異形。

 黒いタール状の泥が寄り集まり、形を成した怪物。

 以前にもアルバスたちの前に立ち塞がった、魔王の使役する化身。


 しかし、今回はその数が桁違いだ。

 地面や岩の隙間、ありとあらゆる場所から這い出て来る汚れがぐちゅぐちゅと嫌な音を立てて、黒い島の大地を覆う程の異形が産み出されて行く。

 アルバスとエルの前に、圧倒的物量によって構成される、肉の壁が幾重にも作り出される。


「これを倒して、魔王城までの道を作るとなると……骨が折れるわね」


「だが、やるしかねえよな」


 アルバスとは腰に差した長剣を抜き、エルは杖を構える。

 

 この剣も、思えば長い間共に戦った相棒だ。

 王都で王より授かった初期装備の中の、唯一の生き残り。

 死んでいった仲間たちと、そして今も隣で共に戦ってくれている仲間、何よりアルバス自身の思いが詰まった、勇者の剣だ。


「はぁぁぁっ――!!」


 エルは『結晶』の矢を放ち、数体の異形の頭部が射抜かれる。


「おらぁぁぁっ!!」


 アルバスも剣を振るい、異形の大群を薙ぎ払う。

 泥で構成されたその怪物の身体はいとも簡単に切り裂かれ、崩れ落ちる。

 しかし――、


「……はぁ、はぁ。――ったく、切りがねえな」


「これじゃあ、魔王の元まで辿り着けないわ」

 

 倒しても、倒しても、同じ様に泥が湧き出て、寄り集まり、再び異形が産まれる。

 今のところは何とか倒すスピードが異形の再構成のスピードに追い付いているが、このまま続けていても疲弊し、やがて異形を倒し尽くす前に、二人が倒れてしまうだろう。


 もはやこれまでか。そう二人の心が折れかけていた、その時――。


 ばさり、ばさり。

 空から、翼の羽ばたく音。

 しかも、その音は一つではない。


「――おう、待たせたな! 手伝いに来てやったぜ!」


 その声は、ついさっき聞いた声。


「シータ!?」


 見れば、ピーコちゃんとは違う大型のカラスの魔獣に乗り、更に他の小さなカラスの魔獣を何匹も従えたシータが空から加勢に来てくれた様だ。


 シータの乗った大型のカラスは黒い島へと降り立ち、小さなカラスの魔獣たちは異形へと襲い掛かる。

 カラスに肉を啄まれた異形は崩れ落ち、次々とその数を減らしていく。

 

「オレだけじゃねえぜ」


 シータの言葉に呼応する様に、更に大型のカラスが二匹、黒い島へと降り立つ。

 

「お久しぶりです。勇者様、エルさん。ご恩を返しに参りました」


 ぷはぁと煙草の煙を吹かして、『霧』の魔女ナナ・スカーレットはカラスの背から飛び降りる。

 

「やっほ! エル! みんなまとめて、『転移』させて来たよ! 里から出るのなんて何年振りかな~」


 光を透かす羽をひらひらとさせながら、『転移』の魔女アリアもまた、カラスの背からゆっくりと降り、地に降り立つ。


 旅の道程で出会った三人の魔女が、勇者一行を助ける為にこの場に集結した。

 

「お前ら、どうしてここに?」


 アルバスは驚きに目を見開く。


「なんかよ、オレの夢に龍? が出て来て、助けに来いって言いやがるんだ」


「私も彼女と同じくです。龍が勇者様たちのピンチだから、と」


「それで、あたしがお友達をみーんなまとめて、連れて来たの!」


 龍――つまり、真実の目の権能を以て、アルバスたちの窮地に先回りして、あの峡谷の龍が手を打っていたのだ。

 『不死殺し』の魔法によって魔王を討つ事は叶うかもしれない。しかし、現勇者一行のメンバーはたった二人。

 アルバスたちが数の差で躓く可能性すらも未来視して、魔女たちに助けを求めていたのだ。

 そして、アリアが『転移』の魔法で各地を飛び回り、勇者一行に縁の有る魔女たちに声を掛けて行き、ここに集った。


「あの子……やってくれたわね」


 龍からのサプライズに、エルも頬を薄く綻ばせる。


「あん? いや、オレはお前らのお友達じゃねえよ」


「ふふっ。じゃあ、今日からお友達になりましょう?」


 シータがアリアに噛みつき、それをナナが穏やかに仲裁に入る。


「は? いや、ええ……。ていうか、何でお前は修道女なのに煙草吹かしてんだよ」


 今度はナナに喰いかかろうとしたシータだったが、すぐに出鼻をくじかれて、眉を顰めた。

 その穏やかな物腰と、修道服姿に対して、手に持つ煙草があまりにもミスマッチだった為だ。


「ふふっ。私、悪い子ですから」


 そんなシータの反応を見たナナは、ころころと笑い、また煙草を吸って、ぷはあと煙を吐き出す。

 そんな様子を見たアルバスは、余計な事を教えてしまったと内心少しの罪悪感に駆られる。


「うんうん。みんな仲良しね! それじゃあ勇者! エル! “あたしたち”が道を切り開くわ!」


「おうよ。“オレ”に任せな!」

 

「お二人とも、ご武運を」


 アリアの音頭に、シータとナナも続く。

 

「お前ら……ああ、行ってくる!」


「――ありがとう。必ず、魔王を討つわ」

 

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