#37 『不死』の魔王①
峡谷で真実の目を持つ龍から貰った魔法――『不死殺し』。
魔王に届きうる刃を得た勇者一行の二人――勇者アルバスと魔女エルは、再び黒い島へと向かった。
以前と同じ様に商船を頼ろうと、港まで来た二人。
しかし、どうやら今回は様子が違う。
港に居る人々がざわざわと騒がしく、物々しい雰囲気だ。
「ちょっといいかい」
港で以前にも船に乗せてくれた商船の一団の一人の、髭面の男を見つけたので、声を掛けてみた。
「よう、勇者さん。あんた生きてたんだな。流石の“死神”も魔王にやられちまったんじゃねえかって噂だったぜ」
「まさか、俺が死ぬかよ。――それで、何があったんだ?」
「丁度あんたらがあの黒い島へ乗り込んだ後だよ。海がずっと荒れてるもんで、どの船も停泊してんだ」
見れば、波は荒く立ち、空にも暗雲が立ち込めていた。
「あら。じゃあ、今日は黒い島まで船は出せないの?」
「馬鹿言うんじゃねえ。この海で出航したら沈んじまう、勘弁してくれ」
そう言って、髭面の男は手をひらひらと振って、「あっちへ行け」という仕草で二人を追い払った。
二人は渋々その場を後にする。
「なあ、エル。もしかして、今のこの状況って――」
「ええ。十中八九、わたしたちが魔王を刺激したからでしょうね」
勇者一行が魔王に敗れた事で、今まで大人しくしていた魔王は力を強めていたのだ。
いや、大人しくしていたのは魔王本体だけであり、その使役する汚れは常に世界を蝕んでいたのだが。
それでも、魔王本体が活動を開始したという事は、タイムリミットという事だ。
ここで討たなければ、世界の全てが汚れの黒い泥に呑まれ、滅びるだろう。
「はぁ……しかし、船が出せないとなると、どうするか――」
アルバスは考え込み、煙草に火を付ける。
すると、聞き覚えのある声が後ろから投げかけられる。
「よう、また会ったな。何か困ってんのか?」
銀髪ロングの魔女。『支配』の魔女シータだ。
少しだけ丸くなっただろうか。
丸くなったというのは性格面もそうだが、体形もそうだ。
前は痩せて細い印象を受けたが、今は肉付きが良くなったように見える。
それに、今日は腹を満たしているのか、苛々していない様子だ。
「あら、シータ。久しぶりね」
「おう」
エルが挨拶すれば、シータは軽く手を上げる。
そんな不遜な態度にもエルは特に気を悪くした様子も無く、まるで娘を見るかの様に優しく微笑む。
「お前こそ、何やってんだよ、こんなとこで」
「あー……まあ、オレの事は良いだろ。それよりもお前らだよ。魔王討伐だって息巻いてたじゃねえか」
アルバスとエルは顔を見合わせて、ひそひそとシータに聞こえない様に話す。
(なあ、こいつ訳知りだよな)
(ええ。よく分からないけれど……でも、頼れそうよ)
何故か分からないが、シータはアルバス達が黒い島へ行こうとしている事、そして船が出なくて困っている事を知っている様だ。
そして、その態度からどうやら手助けをしてくれるつもりだと察せられる。
「じゃあよ、俺たち黒い島まで行きたいんだが」
「ふっ……そうだろうそうだろう。いいぜ! オレの“ピーコちゃん”に乗せてやるよ!」
そう言って、真新しい杖を取り出したシータは、そのままそれを振り下ろす。
杖がぶんと空を切った後、上空から突風と共に、黒いカラスーーというには、少し大きすぎる。
峡谷で見た龍と殆ど同じくらいの巨体をした、黒いカラスが現れた。
どう見ても、それは魔獣だ。
シータは巨大な魔獣を『支配』の魔法で使役するまでに、成長していた。
しかし、港のど真ん中でそんな魔獣を呼び出してしまった所為で、ここら中大騒ぎだ。
船乗りや港町の人々は阿鼻叫喚でその場を逃げ出して行く。
その内兵士や他の冒険者を呼ばれて討伐されてしまいそうな勢いだ。
「おいおい……」
「シータ……あなたねえ……」
「うん? どうした? オレの新しい使い魔だ! すげえだろ?」
アルバスとエルも頭を抱えているが、対照的にシータは自分の実力を示せて嬉しそうだ。
港町は地獄の様相を呈しているが、しかしこれで勇者一行の黒い島までの移動手段は確保された訳だ。
「――ああ、すげえすげえ。この際何でも良い。そのピーコちゃんに乗せて、黒い島まで連れて行ってくれるか」
早くこの場を去らねば、更に場を混乱させるだけだろう。
「おう! オレに任せな!」
シータの杖から魔法の淡い光が放たれ、ピーコちゃんへと命令が発される。
「これでこいつはお前らの言う事も聞いてくれるぜ」
そう言って、シータはアルバスたちへと背を向ける。
「あら、シータは来てくれないの?」
「あん? まあ、あれだ。ちょっと“野暮用”が有るんでな」
何やら訳知りのシータは、そう言って意味あり気ににやりと笑って見せる。
「そうかい。まあ、ありがとよ」
「おう! またな」
アルバスとエルは急いでカラスの魔獣――ピーコちゃんの背に乗る。
手を振るシータに見送られながら、二人は海上を跳んで黒い島へと向かった。
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