#36 『真実』の龍④

 リーンの提案の元、勇者一行は龍の峡谷へと向かった。

 発案者のリーン自身は戦う術を持たないので、もしもの事を考えて村でお留守番だ。

 

 龍の峡谷は故郷の村からすぐ近くにあり、谷間には綺麗な水が流れ、緑の自然が豊かな場所だ。


「それで、その龍ってのはどこに居るんだ」


「分からないわ」


「じゃあ、なんで俺は船を漕いでるんだ」


「知らないわ」


 アルバスとエルは小舟に乗って、ゆったりと峡谷の谷間を流れる川を進んでいた。

 やれやれと思いつつも、アルバスは船を漕ぐ手を動かしている。


「リーンは夢に見たってだけだし。まあ、元々期待はしてねえからな。今日は息抜き程度の思っておくか」


 景色は良いし、空気は美味いし、水は綺麗だし、風は気持ちい。

 エルも病み上がりだ。リフレッシュにはもってこいの場所だろう。

 

 そんなこんなで、船に揺られたり、持参した弁当を食べたりしていると、陽が暮れて来た。

 帰路に付く頃には完全に日も落ちてしまうだろう、という事で、洞窟で一晩野宿する事にした。

 というか、エルは元々半分はそのつもりで色々と準備してきていた。

 手際よく『空間』から寝袋やらを出したり、『光源』で洞窟内を薄く照らしたりして寝支度を済ませて、さっさと包まって横になる。

 

「俺たち、何しに来たんだっけな……」


「良いじゃない。楽しかったわよ」


「こうしている間にも、魔王の泥は世界に排泄され続けてるって言うのにな」


「魔王を倒す為にも、わたしたちが英気を養うのも大切なのよ……ふわぁ……」


 エルは言葉を返しつつも、もうすっかり睡魔に呑まれていた。

 次第にすうすうと穏やかな寝息が聞こえて来たのを確認してから、アルバスも床に就く。



 ――――



「うん? ……俺は、眠っていたはずだが」


 アルバスはいつの間にか目を覚ましていた。

 しかし、どうやら辺りの様子が少し違う。

 

 洞窟の中は『光源』の薄い灯りでじんわりと照らされていた暗い空間だったが、今はどういう訳か明るく、視界が明瞭だ。


「あら、アルもここに来たのね」


 気づけば先に目を覚ましていたエルが洞窟の入り口辺りに居た。


「おう、おはよう。――って、“ここ”にって、どこに?」


「こっちよ。見て」

 

 エルに手招きされるまま、アルバスは洞窟を出る。

 洞窟の外も、夜だと言うのに、明るく視界が明瞭。

 月明りだけでこうも明るくはならないだろう。不思議で、幻想的な空間だ。


「すげえな。なんて言うか、まるで夢の中みたいだ」


「あら、アル。意外と鋭いわね」


「って言うと、まさか――」


 アルバスがそう言いかけた、その時。


 ばさり、ばさり。空から、大きな音。


 吹き荒れる突風と共に、眼前に現れた、大きな影。

 そして、ゆっくりと二人の前に降り立つ。


 大きな翼。美しい純白の鱗。両の真紅の瞳。

 その姿は、まさに、語り継がれるおとぎ話に出て来るそれに相違ない。


「――そう。ここは、龍の作り出す夢の世界よ」


「まさか、本当に真実の目を持つ龍に出会えるとはな」


「帰ったらリーンにお礼を言わないとね」


 そして、頭の中に響く、心へと語りかけて来る、龍の声。


『――真実の目を求める者よ。貴様の問いに、一つだけ答えよう』

 

 アルバスは一歩前へと踏み出し、そして龍へと答える。


「俺たちは、不死身の魔王を倒す術を探している。もしも、お前がそれを持っているのなら、それを教えて欲しい」


『――良かろう。真実を、与えよう』


 再び龍の声が頭の中に響けば、目の前には魔法の淡い光に包まれた、一冊の本が現れた。

 アルバスがその本を手に取ると、魔法の光はゆっくりと薄くなり、本へと収まって行く。


「これが、魔王を倒す為の――」


「それ、魔導書ね。中身、見せて貰える?」


 エルがアルバスの手元を覗き込んで来た。


「ああ。ほらよ、俺には分からん」


 エルに魔導書をぽいと投げ渡す。

 そして、ぱらぱらと捲った後、エルはその内容をすぐに理解した。


「『不死殺し』――まさに、打って付けの魔法ね」

 

 そして、ぱたんと本を閉じた後、エルは龍へと向き直る。

 すると、龍は先程と同じ言葉を頭に直接語り掛けて来た。

 

『――真実の目を求める者よ。貴様の問いに、一つだけ答えよう』


「一人につき一つ。――わたしにも、その権利は有る様ね」

 

「良かったな、エルも適当に何か貰っとけよ」


「あのねえ……」


 アルの適当な物言いに、エルはため息を吐く。

 しかし、どうしようか。とエルは思案する。

 

 それにしても、二人にそれぞれ一度ずつの権利が有るのならば、アルバスは自分の私欲の為に龍に何かを願おうとは思わなかったのだろうか。

 ちらり、とアルバスを横目で見る。

 すると、アルバスは何かを察してくれたのか。


「うん? 席外すか?」


 と言って、エルの答えも聞かないまま、手をひらひらとさせながら、すたすたと洞窟の中へと戻って行った。


「――相変わらず、不器用だけれど、優しい人ね」


 アルバスの姿が見えなくなったのを確認して、エルは独り言つ。

 

 私欲の為に龍の権能を使おうなどと、微塵も思っていない。

 普段の軽薄で粗雑な態度の裏に有る、確固たる正義。

 アルバス・ヴァイオレットは間違いなく、勇者だった。

 

 まあ、エル自身としてはどちらでも良かったが、一人にしてくれると言うのなら、それはそれで都合が良かった。


 そして、エルは龍と、夢の世界で二人きり。


『――お久しゅうございます』


「久しぶりね。と言っても、千年以上も前にあなたの夢にたった一度お邪魔しただけなのだけれど」


『――貴方は何を、求めますか。全ての者に等しく、一度だけ。この目で真実を得る権利が有ります』


「そうね、なら――“未来”を。今のわたしは何の権能ちからも持っていないわ。でも、この世界の内に居るうちに出来る事が有るのなら、やっておきたいの。だから、わたしたちの、そしてこの世界の、未来が知りたいわ」


 エルはそう言って、龍へと手を差し伸べる。


『――畏まりました』


 龍は頭を下げ、魔女の手の甲へとそっと鼻先を触れた。



 そして、次の朝。

 

 「――ふわぁ……よく寝たな」


 アルバスは大きく伸びをし、その後隣へと視線を向ける。

 そこには空の寝袋が有る。

 つまり、エルは先に起きていた。


 洞窟を出て、エルを探しに行くアルバス。

 既に日は上っていて、明るい朝日が照り付けて、川の水に反射しキラキラと輝いていた。

 そんな川辺で、エルは宙に浮いた本に、これまた宙に浮いたペンを走らせていた。


「よう。何やってんだ」


 声を掛けて、隣へと立つ。


「あら、おはよう、アル。ちょっと、魔導書を書いていたのよ」


「魔導書? 新しい魔法って事か?」


「そう。まだ全然完成の目途も付いていないのだけれどね。ゆっくりと創って行くわ」


 エルは書きかけの魔導書をぱたんと閉じ、『空間』へと仕舞い込む。

 

「へえ、そうかい」


 魔法の事はよく分からないアルバスは適当に流す。


「昨日のアレーー『不死殺し』の魔法だったか。あれは、もう使えるのか」


「勿論よ。わたしを誰だと思っているの?」


「じゃあ、行くか」


「ええ。今度こそ、終わりにするわよ」


 

 アルバスの故郷、名も無き村。


 二人は準備を整える為に、再びリーンの待つ村へと戻って来た。


「お帰りなさい。兄さま、魔女様。龍には会えましたか?」


「ええ。あなたの言った通り、本当に会えたわよ」


 エルがそう答えれば、リーンは得意げにアルバスの方を見る。

 

「ふふん。どうですか兄さま。私の言った通りだったではないですか」


「あーあーあー、そうだな。俺の負けだよ」


 アルバスはわざとらしく手を挙げて降参のポーズを取る。

 そうしていると、先程まで得意げだったリーンの表情は少し暗くなり、今までのそれは空元気だった事が分かる。


「――兄さまたちは、すぐに発たれるのですか?」

 

「そうだな。準備が出来たら、すぐに」


「一刻でも早く、魔王を討たなければ、どんどん被害は広がって行くわ。手札は揃ったわ、急ぎましょう」


「リーンのおかげで、世界を救うことが出来るんだ。ありがとな」


 アルバスはリーンの頭をわしわしと乱雑に撫でつける。



 そして、その日の晩。

 アルバスは数年ぶりに“じいさん”の部屋へと入った。

 育ての親のじいさんに気を使ってか、それとも思春期だったからか、あまり入った記憶の無い部屋だ。


 それは戦いへ赴く前に背中を押してもらおうと思ったのか、勇気を貰おうとしたのか。

 アルバス自身も自分の気持ちは分からない。


 部屋の中は整頓されていたが、机の上には手紙が残されていた。

 どうやら一度開封された後の様だったが、おそらくリーンが確認したのだろう。

 丁寧に便せんが戻されていた。


 中には一枚の手紙と、そして二つのシルバーの指輪が入っていた。

 その指輪はアルバスが会った事も無い、昔亡くなったじいさんの奥さんとの形見として、じいさんがいつも大切に首から下げていた物だ。


「じいさん……」


 アルバスは手紙を開く。

 身体には気を付けろだとか、お前は愛想が無いだとか、そんな小言がつらつら綴られた後に、最後にこう書かれていた。


『お前がどう呼ばれているかは知っている。でも、私は勇者となったお前の事を誇りに思っている。私の自慢の“息子”だ』


 アルバスは、小さく肩を震わせる。

 そして、“父親”から“息子”へ譲り渡された、形見の指輪を握りしめた。

 

 

 ――そして、一晩を村で過ごし、準備を整えた後。

 勇者一行は再び、あの黒い島へと向かう。


「兄さま、魔女様。――必ず、無事に帰って来てくださいね」


「ああ、当たり前だ。俺は、勇者だからな」


「行ってくるわね」

 

 今度こそ、あの不死の魔王を討つ為に。

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