#34 『真実』の龍②


 アルバスが暮らした家は、小さなボロ小屋だ。

 強い風でも吹けば吹き飛んでしまいそうなその実家と呼べる家は、幸いまだ記憶の中と同じ姿で、そこにあった。


 両腕は未だ眠るエルを抱きかかえて塞がっていた為、ドアをリーンに開けてもらい、中へ入る。

 中は少し埃っぽい気がしたが、気にしている場合ではない。

 そのまま寝室のベッドまで運び、エルを寝かせる。


 そして、悪いなとは思いつつも来ていた服をはだけさせて、傷の様子を見る。

 貫かれた胸の傷を中心として、腕や頬まで亀裂の様な傷が走っている。

 心臓は動いているが、どうしてこれで死んでいないのか不思議なくらいだった。


「兄さま……」


 そうしていると、寝室の扉をリーンが開けて、背後から声を掛けて来た。


「ああ。この村に医者……は居ねえか。取り敢えず、薬と包帯を用意して欲しい」


「分かりました」


 実際のところ、現状傷自体は塞がっている。時期に目を覚ますだろう。

 今の彼女に対してどういった処置が必要なのか、それとも必要ないのかすら分からなかったが、何もしないよりはマシだろうという判断からだった。

 そして何より、何もせずに待っているという事が、アルバスには耐えられなかった。


 少し待てば、リーンが薬と包帯、そして水とパンを持ってきてくれた。

 その簡単な食事は三人分用意されている。


 エルの着替えと処置をリーンに任せている間、アルバスは部屋の外に出て、リビングにある食卓に座る。

 こんな時でも腹は減るらしい。

 本能のまま、パンに齧り付き、コップ一杯の水を一気に飲み干す。

 

「はぁ……」


 少し落ち着いたアルバスは、家の中の様子を眺める。

 物の配置は記憶の中のそれと殆ど変わっておらず――というか、直近で振れられたような形跡がない。

 綺麗に片づけられ過ぎていて、何も変わらなさ過ぎていて、違和感を覚えた。


 程なくして、リーンが寝室から出て来て、アルバスの対面に座った。


 もしかして――と、アルバスの脳裏を嫌な予感が過り、恐る恐る目の前に座る妹分へと尋ねる。


「なあ、リーン。――じいさんは、まだ帰って来ないのか?」


「――数か月前に、亡くなりました」

 

「あぁ……」


 やはり。そんな気はしていた、家の玄関には鍵がかかっていなかったし、空気は少し埃っぽく、直近で人が生活していた形跡が感じられなかった。


「ごめんなさい。兄さまにもっと早くお伝えしたかったんですけど、どこに居るのかも分からなくて……」


「いいや。村を出てから一度も帰らなかった俺が悪い。――残念だ、じいさんの拳骨食らうのを覚悟――期待してたんだがな。はははっ……」


 アルバスはリーンを安心させようと乾いた笑いを発して見せるが、上手く表情を作れていない事を自分でも理解していた。

 すぐにその表情は崩れ、手のひらで顔を抑えて、小さく肩を震わせる。

 リーンはそんな兄さまの様子を、何も言わずに、じっと見守っていた。


 

 ――目を覚ます。

 アルバスはしばらく眠ってしまっていたらしい。

 食卓の机に突っ伏す形で寝ていたアルバスは身体を起こし、寝室のエルの様子を見に行こうと立ち上がる。


 寝室の扉の前に立ち、ドアノブに手を伸ばす。

 すると、中から話し声が聞こえて来た。

 それは、目が覚めるのを心待ちにしていた、大切な仲間の声だ。

 アルバスは急く胸の内を抑えて、扉を開いた。


「――あら? おはよう、アル」


「何がおはようだよ……。どれだけ心配したと、思ってんだ……」


「ごめんなさい。でも、もう大丈夫よ」


 いつもの様に軽口を返す余裕も無い。

 ただただ、彼女が目を覚ました事を喜び、溢れた思いは、そのまま――、


「ちょ、ちょっと!? アル!?」


 黒髪の魔女を、大切な仲間を――強く、強く、抱きしめた。

 妹分のリーンが見ていようが、関係ない。

 恥も外聞も無く、ただ、心の底から湧き出る温かい感情の赴くままに。


「良かった。本当に、良かった……」


 

 落ち着いてから、改めてエルと話をした。

 リーンは「わたし、兄さまたちのお話が終わるまで、待ってるね」と部屋の外に出て行ってしまった。

 その横顔が少し寂し気に見えたのは、気のせいだろうか。


「本当に、生きててくれてよかった」


「わたしが死ぬ訳無いでしょう。もうあなたを、死神だなんて呼ばせないわ」


「ああ。――それ、治るのか?」

 

 エルの白い肌には、あの結晶の亀裂が入ったままだ。

 それでも問題なく動いている様だが、美しいその容姿に傷が付いてしまった、とアルバスは悔いていた。


「あなたから貰った魔力を使って、常に『治癒』の魔法をかけ続けているわ。傷も次第に小さくなるでしょう」


「そんな事が、出来たのか」


「初めてよ。自分の『結晶』を魔石の代わりとして、そこに『治癒』の魔法式を刻んだのよ。どう? 凄いでしょう?」


「……そうか」


 アルバスが同意とも否定とも取れない、曖昧な返事を返すと、エルは少し詰まらなさそうに唇を尖らせる。


「ま、それよりも、あの魔王よ。確かに矢が貫いて、殺したはずよ」

 

「ああ。あいつ、不死身なのか」


「その様ね。でも、それなら、どうすれば――」


 どうやったら、殺せるのか。


「エルの魔法に、なんか対処法は無いのか」


「そんな物有ったら、あの時使ってるわよ」


「そりゃそうか……」

 

 今の勇者一行に、手札は無い。

 どちらにせよ、エルの傷が完全に塞がるまで、動き出すことも出来ない。

 しばらくの間、二人はアルバスの故郷の村で、束の間の休息を取る事となった。



 村に滞在している間に、アルバスはじいさんの墓を参る事にした。

 エルはまだ休ませておきたかったので、リーンに案内を頼んで二人で向かう。

 村の外れの墓地に作られた、簡単な墓石。

 その下に、アルバスの育ての親は眠っている。


 二人その前で目を瞑り、手を合わせる。


(悪いな、じいさん。遅くなった)


 魔王に敗れ、のこのこと帰って来てしまった。

 故郷に手紙の一つも寄越さず、死に目にも遭えなかった。

 多くの仲間を殺し、その屍を越えてきた。


 後悔は多い。

 きっと、じいさんが生きていれば幾らでも説教してくれた事だろう。

 しかし、それはもう叶わない。もう飛んでくる事のないじいさんの拳骨。


 そうやって、アルバスが感傷に浸っていると――、


「えいっ」


 ぽかり、と後ろからリーンが小さな拳を、アルバスの頭頂部に叩き付けていた。

 いや、あまりに力が無く、叩き付けてというよりは置いたという方が適切かもしれない。

 それでも、可愛い妹分のその行動の意味するところは、アルバスにも理解出来た。


「――ありがとよ」


 じいさんの代わりに可愛い拳骨を貰ったアルバスは、頬を緩ませていた。


「えへへっ」


 アルバスが礼を言えば、リーンもだらしなく笑って見せる。

 

「なあ、リーン」


「なんですか? 兄さま?」


「じいさんの家、お前が掃除してくれてたのか」


「はい。兄さまがいつ帰ってきても良いように、偶にですが」


 アルバスはリーンの頭をぐしゃぐしゃと乱雑に撫でる。


「もう、髪が崩れてしまいます」


「――さて、エルも待たせているし、そろそろ戻るか」


「はい、兄さま」

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